レイジの恋

 つい先程までリカルド・フェリーニの肢体に組み敷かれていたレイジは、相手に後ろを向けたまま、服を着る。
「おーい。もう一戦やらねぇ?」
 濃いイタリア男の容貌を持ったリカルドの誘いをレイジは、
「やだよ。アンタの相手、疲れるもん」
 と、あっさり断った。
「つれないねぇ。……もっとも、それがいいとこなんだけどさ」
 まだベッドで寝そべってぐずぐずしているリカルドを置いて、レイジはさっさと部屋を出た。
「あの……お代……」
 気弱そうなホテルの女将にレイジは言った。
「ツレがいただろ。そいつが払ってくれるんじゃねーの?」
「……何で、疑問形なんですか?」
「あいつのことはどうでもいいんだよ」
 初めてここへ来た時にはいろいろ失敗したレイジだったが、今ではかなり慣れて、この世界ではどう振る舞えばいいかも掴めてきた。
(セイのおかげだ)
 イオリ・セイ。中学生ながら、ガンプラ職人だ。
 セイと組んで世界大会で優勝する。レイジが、セイの造ったガンプラを操って。
 絶対勝つ!
 だって、それはセイの悲願であり、いつしかレイジも彼に感化されるようになったからだ。
 リカルドもライバルだ。
 練習に付き合う代わりにリカルドとベッドを共にする。それが、リカルドから提示された条件だった。
(……たく、かなわねぇな)
 王子として何不自由なく暮らしていたレイジ。知識としては知っていたが、まさか自分の体が代償になる、そんな世界があるなんて思いもよらなかった。
(……セイ)
 レイジは思うともなくセイのことを思う。
 セイがこのレイジの状況を知ったら、どう思うであろうか。
 一緒に寝たからといって、リカルドには手心を加える気持ちは全くないらしい。それはレイジにとっても納得のいく取引だった。
 あんな痛い思いをしたのだ。世界大会では――特に、あいつとユウキだけには負けたくない。
 それに――セイを勝たせたい。というのは――。
 レイジは白い息を吐いた。
「……さむ」
 レイジは襟元を押さえた。
 コン、という音が聞こえた。
 見ると、リカルドだった。
「――リカルド!」
「よっ」
「――もう用はねぇだろ」
「ちょっとアンタと話がしたくてな。ほれ」
 リカルドは缶コーヒーを投げて寄越した。レイジはそれをキャッチした。温かい。
 リカルドは自分の缶のプルトップを開けて旨そうに飲む。
「……ありがと」
 レイジは一応礼を言った。ぶっきらぼうながらも、育ちの良さが現れている。
「なぁ。レイジ」
「ん?」
 レイジは中身を口に含んでいた。
「おまえ、セイのこと好きだろ」
 レイジは中身を盛大に噴き出した。執事がいたらたしなめることであろう。
「どっ、どっ、どうして!」
「そりゃ、わかるよ。俺といる時とセイといる時では、態度がまるで違うから、さ」
「セイは友達だ」
「友達ねぇ……俺だって夜だけの友達はたくさんいるぞ」
「セイはアンタとは違う」
 そしてオレとも――レイジは自嘲気味に口角を上げた。セイは、リカルドや己のような人種とは違うのだ。
 セイの母親譲りの青い髪、ガンプラのことを話す時の輝く目。
 あれは何と遠いのだろう……最初は興味なかったレイジまでをも、ガンプラの世界に引きずり込んだ。もちろん、ユウキタツヤの存在も大きいが。
 ガンプラ。それはレイジの知らない世界だった。大の大人が玩具を創るのに、そして、それで戦い競い合うことに力を注いでいる。だが、その気持ちが、今ではレイジにも伝播している。
 勿論、セイの存在もあるけれど。
(――セイ)
 レイジはセイに会いたくなった。
「リカルド。コーヒーご馳走様。でも、試合では容赦しないぜ」
 リカルドはふっと笑った。
「そうでなくちゃな」
 リカルドと別れたレイジが公園の近くを歩いていると、青い髪の少年が。
「セイ!」
「あ、レイジ」
「どうしたんだよ。こんな時間にふらふらして」
「ちょっと……散歩。頭を冷やすために」
 セイが考えていることといったら、ひとつしかない。
「――ガンプラか」
「うん」
 セイがガンプラの百分の一程度でもオレのことを考えてくれたら――とレイジは歯痒くてならない。
 セイが公園の銀のゲートに座った。
「星、キレイだね」
「セイ、帰った方がいいぜ」
「大丈夫だよ」
 セイがあどけない笑顔を見せる。その笑顔にレイジは惚れたのだった。
(セイ――ここは危ない。リカルドみたいな狼に捕まったらどうすんだ)
 そして、自分が狼の一人であることに気付いて苦笑した。まだ幼い、大人に組み敷かれるのがお似合いな子供の狼だったとしても、狼には違いない。
「? どうしたの? レイジ。笑ったりして」
「……何でもねぇよ」
「今日、家来るだろ?」
「え……ああ……」
 レイジは歯切れが悪い。セイの家にいたんじゃ、悶々として眠れないのではないだろうか。そう考えていても、寝床に横になると数秒で眠れてしまうのがレイジという少年なのだが。
「セイ……オレ、オマエのこと好きだよ」
「うん。僕もレイジのこと好きだよ」
「そうじゃなくてだなぁ……」
 言葉で説明するのは難しい。言葉とはどんなに相手に対して気持ちを伝えるのに不自由な道具であるかということをレイジは今知った。
「オレな、本当に、オマエのこと好きなんだ」
 ガンプラを創っているオマエ、笑っているオマエ、共にガンプラバトルで戦っている時のオマエ。
 戦友であり、片思いの相手。
「えー? どうしたんだよ、急に」
「あー! もう、このニブチン!」
 レイジはセイの唇を奪った。
「こういうことだよ!」
「レイジ……」
「わぁってるよ。オマエに好きな子いるぐらい。でも……キスくらいなら構わねぇだろ?」
 セイの顔が至近距離にある。何だか泣きそうになっているセイの顔が電灯に照らされる。答えに窮しているのか。
「オレ、ラルさん達と戦ってくる」
 レイジはそんなセイを見ているのがしのびなくて、背を向けた。
「レイジー! 僕、君のこと好きだよ! 恋人としてじゃないけど、大切な友達だと思っているから!」
 友達……ね。
(恋する男にそれがどんな残酷な言葉か、わかっているのか? セイ)
 けれど、レイジもリカルドにはさっき、「セイは友達だ」と言ったのだった。
 いつからだろう。友達以上の感情をセイに対して持つようになったのは。少なくとも、ここ最近だ。
 リカルドは油断のならないヤツだ。色恋沙汰に対しても勘が鋭い。その嗅覚でレイジがセイに対して持っている淡い恋心を嗅ぎ取ったのだ。
 リカルドにあんなことを言われなければ、セイにキスなどしなかった。下手したら、お互いの関係にひびが入るところだ。
 セイに口づけた唇が熱い。心臓がばくばくいう。セイにキスした瞬間がリフレインする。レイジは深呼吸をした。
 レイジをぴしゃりとはねのけなかったのはセイの優しさだろう。
(そうだな。セイ……しばらくはオマエの友達ごっこに付き合ってやるよ。でも、いつかもっとちゃんとした答えを聞かせてくれよ)
 レイジには、リカルドの気持ちが少しわかった気がした。そして、レイジは再び夜の街中へと姿を消した。

後書き
ビルドファイターズのレイセイです。リカレイもぷまいです。
でも、セイチナも好きなんですよねぇ……。
それにしても、杏里さんが言った通り、またコンテンツが増えてしまった……どーしよ(笑)。
2013.12.13

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