黒バス小説『赤司もラノベマニア?』

「黛――林檎たんは可愛いな」
 黛千尋は、赤司征十郎のその言葉に吹き出した。
 赤司が林檎『たん』って何か違和感あるんだけど――。
「だが、この本では林檎たんの魅力が書ききれていない気がする」
「でも、これ一応原作だけど」
「僕に書かかせたら林檎たんの魅力を余すところができるのに――」
「……赤司はさ、コミケで本出さねぇの?」
「何だ? そのコミケとは」
「コミケも知らねぇのかよ。今時」
「変な仮装パーティーかと思ってました」
「お前ね……コスプレイヤーの皆さん方に失礼だろ。薄くて高い本も売っていることがあるぞ」
「そこに行けば林檎たんの本も読めると?」
「まぁね――でも、お坊ちゃまにはあそこは刺激が強過ぎるか?」
「そんなことありません。僕も伊達に赤司グループの会長の跡継ぎであるわけではないのですよ」
「自慢か、それは。まぁいい。言って確かめて来い。そうだ。俺がナビゲートしてやろうか?」
「――ありがとうございます」
 赤司が言った。
 ちなみに林檎たんとは、『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹』のヒロインである。
 ――後に黛と行った、赤司にとっては初めてのイベントでの感想はというと。
「大体の傾向はわかりました。いろんな林檎たんがいるけど――僕が考えている以上の本には出会えませんでしたね」
 赤司は林檎たんの本を書くことになるんだろうな、と黛はうっすらと思った。

 黛にとって高校最後の春休み。
「どうですか?」
 赤司から見せられた林檎本(小説)について感想を訊かれた時――。
(こいつ――上手過ぎじゃね?!)
 黛は芯から驚いていた。
 確かに赤司は天才だ。バスケでもその才能は遺憾なく発揮されている。
 しかし、この分野でも特異な才を秘めていようとは――。
 こいつはすぐに、間違いなく大手になる。
「赤司、俺はこんな名作に出会ったことがなかったよ」
 赤司の口元が僅かに緩んだ。
「では成功、ということかな」
「ああ! これなら売れる! 絶対売れる! ――ところで、表紙も上手いけど誰が描いたんだ?」
「僕が描いた」
 ああ――納得。
「大切な林檎たんの絵を他の凡百のイラストレーターなんかに任せてなぞおけないからね」
 その凡百のイラストレーター達だって日々苦労して鍛錬してるというのに。
 赤司のヤツ、ぬけぬけと言うんだもんなぁ。
 才能に愛が加われば百人力!
 春のオンリーイベントでは即完売になった。
「あんなに刷ったのに……」
 黛は呆然。赤司は当然のような顔で済ましていた。

 天というのは、何と不公平な配剤をするのでしょう……。
 赤司は――才能にも地位にも恵まれている。
 全てにおいて完璧だった。
 黛は高校を卒業してからも、何となく赤司のところへ遊びに行っていた。赤司の元に、『時計仕掛けの~』の作者の手紙が来たらしい。
「作者に認めてもらえるのは嬉しいが……認めて貰う為に書いたわけじゃないからな。僕は理想の林檎たんを書けただけで幸せなのに――」
 黛は心の底から、「リア充爆発しろ!」と念じずにはいられなかった。

 そして、行楽のGW――。
「黛、スーパーコミックシティにも行っていいだろうか」
 赤司はすっかり同人誌の事情に詳しくなっていた。黛にスーパーコミックシティのことを話したのには大して意味はないであろう。
「勝手に行けよ」
「売り子が足りなくなってる。来てくれないか?」
「悪いが俺は便利屋じゃないんでね」
「僕の恋人も来るよ」
 な、に――?
 黛の目がカッと開いた。
 赤司に恋人が――?!
 そう。赤司の恋人。これが謎だった。
 何でもわかって何でもできて――そんなパーフェクト過ぎる男、赤司は、本当に他人に恋などできるのだろうか。
「え? あの、林檎たんのコスプレイヤー?」
「違うよ。残念なことにね。あ、でも、林檎たんのコスプレさせるのも面白いかもなぁ……」
 赤司は真剣に検討している。
 どこの誰だかわからないけど、ご愁傷様――黛はどこの誰とも知らない赤司の恋人に手を合わせた。

 イベント当日――。
 黛と赤司は東京駅に着いた。黛はそわそわしていた。
 こんな赤司の恋人になる女だったら、それはいい女だろう。純情で可憐で美人で――お嬢様で。
 そんな女性をイベントに連れて行っていいのだろうか――。黛がやっぱり止めよう、と言おうとした時だった。
「やぁ、光樹」
「は、あの赤司――さん?」
「やだなぁ。赤司さんなんて。赤司でいいと言ったのに」
 まさか、でも、いや、もしかして――。
 WCのチワワ少年――?
 今日も何だか体が震えてるけど。
「電話で来いっていうから来たんだけど――」
「流石にお迎えは断られたんだよね。いいよ。光樹。君が無事ならそれで」
 そう言うと、赤司は光樹に抱擁した。
「げーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
「何だ。煩いぞ。黛」
 赤司が黛に対して一喝した。金と赤のオッドアイが光る。
「赤司の恋人ってもしかして――」
「いえ、オレは友達っす。ただの」
「何を言ってるんだ。僕達は立派に恋人同士じゃないか。ねぇ」
「いえ、あの――それ、赤司さんの誤解だよ」
「クリスマスも一緒に祝ったよね」
「赤司がサンタクロースの格好で来るとは思わなかったから……」
「黛。降旗光樹だ。――光樹。こっち黛千尋。WCで対戦したよね」
「黛です。宜しく」
 黛は笑いを噛み殺していた。
 天は案外公平なのかもな――と思いながら。

「光樹。僕の本は読んでくれたかい? 原作も送ったけど」
「はい! 赤司もラノベマニアだったんですね!」
 二人からほんの少し離れて歩いている黛は、その会話を聞いて吹き出したくなった。
 ラノベマニアか。そうに違いない。お前なんだかんだ言って怖いもの知らずだな。降旗。
 ――ちなみに赤司の本は再版も含めて午前中に完売した。

BACK/HOME