OVER THE TROUBLE2

 フランシス達がマシューのところに向かう数時間前――。
「マシュー・ウィリアムズはどこだ! 言え!」
 流暢なキングス・イングリッシュで凄むのは――イギリスの『国』、アーサー・カークランドだった。
 彼が銃を突きつけているのは、テログループ『赤い三月』の幹部の一人である。
「――そんなこけおどしで、私が吐くとでも?」
「こけおどしかどうか――」
 アーサーは凄絶な笑みを浮かべた。
「試してみるか? 菊」
 名前を呼ばれて、菊が妙な器具を持って現われた。
「これは日本で改良されたものなんだがな――どういうものか、お宅らはよーく知ってるだろう。これを使ったら発狂するかもしれないぜ」
『赤い三月』の幹部の顔が、さっと青ざめた。
「わかった。――白状しよう。あの男は、アボット農場の近くの小屋に閉じ込めてある」
「そうか。ずいぶん思い切りがいいな」
「――言われても嬉しくない台詞だな」
「自分の為なら仲間も売る。大した上司だな。ま、尤も――」
 銃声が轟いた。外では、夕闇に鳥達がバサバサと飛び去った。
「見逃してやろうとは思わねぇけどな」
 血を流した男の頭ががくっと垂れ下った。
「――悪い人ですね。アーサーさんも」
「ヤツはマシューに手を出した。これぐらいでも足りないぐらいさ。発狂させた方がよかったか?」
「いえ……」
(アルフレッドさん……あなたの恋人は、おっかない方です……)
 菊は、心の中でこっそり呟いた。
「ハワード。ご苦労だった」
「え? じゃあ、お給料上げてくれませんか?」
「――MI6に相談しろ」
 MI6。英国軍情報部第6課。
 イギリスも以前はその存在を隠していたが、今では新聞で求人広告を載せている。
 アルフレッドに、
「MI6は全然スパイらしくないんだぞ。こんなに大っぴらでさ」
 とからかわれたところ、アーサーは、
「これを見て、野に下っている優秀な人材が集まってくるかもしれないだろ」
 と返したらしい。
(ハワードさんも、優秀な人材ですか……)
 しかし、アーサーのイタリア脱出劇をサポートしたり、『赤い三月』の本部の場所を突き止めたりと、どうしてどうして、その活躍ぶりは目覚ましい。
「じゃあ、僕は先に帰ってますね」
「ああ」
 ――本当に優秀かどうかは謎であるが。アーサーにとってもそうであろう。
「さあて、それでは、この忌々しい建物を焼き払ってやるか」
「わかりました!」

 こちらは、森から辛くも逃げ出してきたマシュー達――。
「まずいな」
 アルフレッドが舌打ちした。
「フランシスがちんたらやってるから、こんなことになるんだぞ」
「えっ?! お兄さんのせい?」
「フランシスさんのせいじゃありませんよ」
「仲がいいんだぞ。お二人さん」
「だから、僕達はそんな関係じゃ――」
「黙って」
 アルフレッドがマシューを制した。
「追手が来てる。――フランシス、マシューは任せた」
「りょうっかい!」
「え? フランシスさん、どこへ……」
 マシューが言うが早いか、フランシスが彼を担ぎあげた。
「せいぜいがんばれよ。ひよっ子」
「ひよっ子じゃない」
 フランシスの言葉に、アルフレッドは口を尖らせた。
「さーてと、お楽しみタイムだ」
 アルフレッドは木の上から降りた。その時、一人の頭を踏んづけた。体勢を立て直す。相手はのびた。――残るは三人。
「えやーっ!」
「とうっ!」
 二人を回し蹴りで倒す。後一人。
「なかなか強いな。だが俺はそうは――」
「ジャンピング二ーキーック!」
 皆まで言わせず、男の顔面に膝頭をぶつけた。結局全員のしてしまった。

 一方、こちらはフランシス達――。
「フランシスさん、こっちの方が近道じゃありませんか?」
「馬鹿ッ! これでよく見てみろ」
 フランシスがマシューにスコープを渡した。これも、日本で改良されたものである。
「わっ。なんなんですか? あの赤い光」
「おまえも暢気だねぇ。あれに触れれば、即お陀仏よ」
「おだぶつ?」
「なんか、菊がそんなこと言ってた」
 フランシスがぽりぽりと頭を掻く。
「そんなことはいい。早くここから離れよう」
「どこへ行く気ですか?」
「ついてくればわかる!」
 ザッ……!
 フランシス達は雑草の生い茂る草むらを分けた。
「ちゃおー」
 聞こえて来たのは――おそろしくこの状況には似つかわしくない声。
「ふ……フェリシアーノさん?!」
 マシューが眼鏡の奥の瞳を白黒させている。
「助けに来たよー」
 真っ赤なオープンカーで。
「おまえなぁ……もうちょっと緊迫感のある声は出せんのかい」
 フランシスは呆れている。
「緊迫感? 俺それ食べたことないんだよね」
「あ……こいつとこんなやり取りしてても時間のムダだ。マシュー、乗れ!」
「はい!」
「さぁ、行くぞ」
 フランシスがバタンと助手席の扉を閉めた。
「待ってください! アルフレッドが……」
「ああ? ヤツなら自力で戻ってくるだろ」
「え、ええ、でも――」
「しようがねぇな」
 フランスが腕時計を出した。
「一分間だけ待ってやる」
(アルフレッド、早く来て)
 マシューは祈った。
「5……4……3……」
 その時、「あ~ああ~」と言う胴間声が聴こえた。
「2……1……」
 ドサッ!
「ゼロ!」
「あ、アルフレッド……」
「ははは。さすがだなぁ。時間ぴったりに来た」
 アルフレッドが、車の中に落ちて来たのだ。びっくりするところだが、フランシスは動じない。
 どうやら、アルフレッドは敵をやっつけた後、木の蔓をターザンのようにぶら下がりながら来たらしい。
「おまえはアホか……」
 フランシスは、本気で頭を抱えた。
「ちゃんと勝って来たんだぞ。アホ呼ばわりされる覚えはないと思うな」
「わかったわかった。えらいえらい――フェリ、運転頼む」
「オッケー」
 エンジン音が快くうなる。
「GO!」
 車が走り出した。目立つ。かなり目立つ。
 しかし、マシューは別のことが気にかかっていた。
「あの……フランシスさん。フェリシアーノさんは大丈夫でしょうか」
「だいじょぶだいじょぶ。フェリのドラテクは超一流だから。それよりおまえさん、自分の心配をした方がいいぜ」
「え……?」
 スピードが上がった。
「う……うわあああああああ!」
 フェリシアーノがスピード狂なんて、知らなかった。詐欺だ。
 アルフレッドも、「ヤッホー!」なんて言ってはしゃいでいる。ジェットコースターにでも乗っている感覚なのだろう。
 スピードに狂った『国』が二人……。
 マシューは吐き気を催した。
「な、だから言ったろ。自分の心配した方がいいって」
「う……」
「まぁ、なんだな。その辺にでも吐いとけ」
 それでもマシューが懸命に我慢していると――。
 黒い車が現われた。しかも数台。敵だ。ヘッドライトが彼らを照らす。
「ちっ。また現われたか!」
 男達が、赤いオープンカーを狙ってマシンガンで機銃掃射する。フェリシアーノは、それを器用にかわす。
「頭下げてな、マシュー」
「うっうっ……」
「なに泣いてんだ」
「だって、僕、何も悪いことしてないのに――『国』だからって、命まで狙われて――」
「あー、それは当然だと思うぞ」
 アルフレッドの声がした。
「たとえば俺なんか、殺されそうになったこと、何度もあるんだぞ。『アメリカ』を白眼視している国は多いからさ――」
 え……?
 アルフレッドにとってこれは、日常茶飯事だとでもいうのかい?
 まさか、そんな……だって、こんな異常なこと……。
「だから、俺は何でもして強くなろうって心に決めた。アーサーにも言われた。『強くなれ』って」
 ああ、アルフレッドの強さの源は、アーサーから来ているのかい。だから、君はそんなに強いのかい。
「だから、マシューも、強くなれ!」
 わかったよ。僕、今度のことではずいぶん強くなった気がしたけど……これからはもっともっと強くならなきゃ……カナダに来てくれるアジアの人々や、クマ太郎さんの為に……(クマ二郎です!)
「フェリ、銃よこせ――わぁっ、たたた……かすった……」
「大丈夫ですか?――いや、大丈夫じゃないですよね」
「ふん。こんなことで、お兄さん負けないもん!」
 フランシスの台詞には、時々女っぽい響きの言葉が混じる。
 敵の攻撃は後を絶たない。
「とは言ったけど……限界かもな」
 その時、大きなトラックが夜闇にぬっと現出した。
「わっ、なになに?!」
「気に食わないヤツだけど、いいところへ来てくれたんだぞ」
 トラックがクラクションを鳴らす。
「マシュー!」
 アルフレッドがマシューを抱え上げる。
「『アメリカ生花店』から、カナダの花束をお届けに上がりました」
「おう。こっちに渡せ」
 トラックの運転席のドアが開いて――キューバが顔を出した。
「き……キューバさん?!」
「しっかり受け取れよ! そうら!」
 マシューの体重は軽い。アルフレッドが投げた彼を、キューバは難なく受け止めた。
「また何かありましたら、『アメリカ生花店』までご連絡を~」
「もう用はねぇよ! バーカ!」
 キューバは唾を吐き出して、ドアを閉める。そして、マシューを隣に座らせた。
「あの……キューバさん。どうしてここに?」
「ああ、アルフレッドのヤツから電話があってよ。それが一言、『マシューがさらわれた』とな。気になって、方々調べてみた甲斐があったな」
 キューバとアルフレッドの国『アメリカ』は、はっきり言って仲が悪い。アルフレッドがそのキューバに連絡したというのだから、マシューは驚いた。
 何故この二国の仲が悪いのか、マシューはあまり正確なところは掴んでいないが――
(きっと、いろいろあるんだな)
 自分達は、国や国民が、一人の人間の形を取った存在である。
 キューバは人名ではない。だが、今回はキューバと呼ばせてもらう。彼の、人としての名前がわからないからだ。
(僕達の国の人は、何をやっているんだろう)
 どうも、他の国に助けられてばかりで、カナダ人が見当たらない。マシューがさらわれたことも、知らないのだろうか。
 事件が起きたのがアメリカだということもあって、情報が遅れているのかもしれないが――フランシスもフェリシアーノも、ちゃんと来てくれた。
 ちなみに、マシューは仕事でアメリカに来ていたのだ。あと、アルフレッドと遊ぶ予定も入っていたのだが。
「キューバさん。どうして僕を助けに来てくれたのです?」
「ダチの危機に駆けつけないようじゃ、真の漢とは言えないだろ。――おい、敵さん、人数増やしたぞ」
 中の一台が、キューバのトラックに追いついた。明りでキューバの精悍な横顔が照らし出される。相手方のライフルがトラックを撃つ。
「これじゃ、二手に分かれた意味がねぇぞ――弱ったな」
 言葉のわりには、そう困った様子を見せないキューバだった。
「よし、舌噛まないように口閉じてろ。今から飛ぶ!」
 マシューに疑問を差し挟ませず、キューバはトラックの速度を上げた。
 そして――
 トラックは宙に浮いた。
 もちろん、それは一瞬のこと。
 あとは、バウンドしながら――落ちて行く、落ちて行く……。
「うわああああああああ!」
 キューバの忠告も空しく、マシューは思い切り金切り声を上げていた。その後――彼は気絶した。
 海から水飛沫が上がった。
「あいつら……崖から海に飛び込んだぞ」
 車を止めた男達は、少なからず動揺したようであった。
「まだ生きているかもしれん。万一ということもある」
 何人かは車から降り、高い崖を伝って海へと向かった。
「――俺達はボスに報告する!」
「ああ、頼む」
 だが、彼らは知らなかった。自分達のボスが、ルートヴィヒ達の手によって捕らえられたことを。

「ふぅ」
 長い間、息を止めていたキューバは、海面から顔を出すと深く呼吸をした。ぐったりしたマシューを抱えながら。
「もう少しだぞ。マシュー。もう少しで岸に着くからな」
 聞いているかいないかわからないが、キューバはそう言って、意識のないマシューを励ました。
 キューバのトラックは、もう海の底だ。

「ん……」
 マシューが気がつくと、そこは病室のベッドの上だった。
「マシュー」
 自分を呼ぶ声がする――ああ、そうだ、この声は……。
「アルフレッド……」
「おはよう。お姫様」
 フランシスもいる。
「キューバさんは……?」
「俺の顔を見たくないと言って、帰ったんだぞ」
 アルフレッドは、失礼なヤツだ、とぽこぽこ怒っている。
「あ……」
 マシューは、手を顔の上にあげて、じっと手の甲に見入った。
「僕……生きてる……」
「当たり前だろ。俺達が必死で助けてやったんだから」
「まぁまぁ、アルフレッド」
 フランシスが、青年の肩を軽く叩いてやる。
「あ、僕達の国のみんなは?」
「ちょっと静かにしてもらおうと思って……待合室でみんな待ってる」
「フェリシアーノさんは?」
「疲れて寝てる」
「別室で休んでるんだよ。ルートと一緒に」
「そっか……フランシスさんもアルフレッドも、わざわざありがとう」
「いやいや」
「ヒーローだから、当然のことなんだぞ」
「でも……世話になったよ。ありがとう」
 感謝の言葉は、どんなに述べても述べ足りない。フェリシアーノ達にも起きたら伝えておこうと思った。
「『赤い三月』は事実上壊滅したよ――よくがんばったな。アーサー達にも、お礼言っとけよ」
 フランシスが、マシューの頭を撫でながら言った。その目には、優しさが点っていた。
 残党は部下達が一網打尽にしたとのことである。
「まだ疲れは取れないか?」
「――……ゆっくり寝たから」
「そうか」
「でも、もう少し寝ていたいな」
「ああ」
 フランシスは顔に柔らかな笑みを浮かべている。しかもどこか男らしい。これが本当の彼の顔だと、マシューは思った。
 窓際には誰が飾ったのか知らないサボテンの花。
 開いた窓から心地よい風が入り、カーテンがはためく。陽だまりの中、マシューは穏やかな気持ちで瞼を閉じた。

後書き
楽しかったー。書いてる時、映画見ているようでしたよ。ノッて書きましたが、見返すと……。まぁ、今後に期待してください。
パクリな部分も多かったですね。その点については反省(反省だけなら猿でもできる!)
途中キュカナっぽかったですが、最後はフランシス兄さんが持って行きましたね。
ところどころおかしなところがあるかもしれませんが、そこは脳内補完していただけたら。
ハワードくん、出しました。スパイっぽくないところがいいんですよね。しかも優秀……だったらいいな(希望)。
それにしてもアーサー……アンタは鬼だ。
2010.6.14

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