素敵な男達

 モルジアナは腹を立てていた。
(アリババさんが……あんなに女好きだなんて……まぁ、予想はしてましたけど……)
 いや、アリババがモテるのは悪くない、悪くないのだが――。
 面白くない。
 心のもやもやを晴らす為に、モルジアナは人気のないところで大声を上げた。
「アリババさんの馬鹿ーーーーーー!!!!」
 鳥がびっくりしてばたばたと飛び立つ。それと同時に、どさっと大きな物が木から落ちてきた。
「きゃっ」
 モルジアナは声を上げる。
「――ってぇ」
 それは人間だった。ここには誰もいないと思っていたのに。
「誰だよ。大きな声出しやがって。せっかく気持ちよく寝てたってのによぉ……」
 木の上で寝てた? というか、この私が人の気配に気づかなかったなんて……。やはりアリババさんのことでイラついていたから注意力が散漫になっていたんでしょうか――。
 モルジアナはぐるぐると思考を巡らした。しかし、まずとりあえずは謝ることにした。
「す、すみません……」
「あ? ああ。いいってことよ」
 モルジアナはじっと相手を見つめた。はっきり言って夜目はきく方だ。それに、今日は満月も空に輝いている。灯りもまだところどころについている。
 簡素な麻の服を腰紐で縛っている。奇妙な形の茶色の髪。そして――。
「俺はナット。これでも女だ」
 二つの胸の膨らみはモルジアナのそれより大きい。
 彼女のおかげでモルジアナはかえって冷静になれた。
「ん? おまえ、変わった顔立ちしてんなぁ」
 ナットも夜目がきくらしい。
「ええ。まぁ……」
「でも、美人だぜ」
「ありがとう……ございます」
「あ、そういえば、アンタの名前訊いてなかったな」
「モルジアナです」
「アリババってヤツはおまえの恋人か?」
「いいえ! 違います!」
「でもおまえ……モテるだろ。可愛いもんな。アリババの他にも男はいねぇのか?」
「そ……それは……!」
 モルジアナは練白龍のことを思い出していた。
「ははぁん。いるんだな」
「はぁ……今日、プロポーズされました」
「ひょー! やるじゃねぇか! そいつ!」
「…………」
「もしかして、アリババとかいうヤツよりいい男なんじゃね?」
 ナットの言う通りかもしれない、とモルジアナは思った。
 白龍は、こんな自分を、強く優しく美しいと言ってくれた。白龍の方こそ、強くて優しいと思うのに。
 やはり、白龍の方がいい男かもしれない。真っ直ぐで、真剣で。
 奴隷だった自分を妃に迎えたいと言ってくれた。
 その気持ちはありがたい。けれど、自分の初恋はやはりアリババで――。
「ね、なんてプロポーズされたんだ? そいつに!」
 ナットは早く話すよう促す。
「私を妃にしたい――と」
「妃? そいつ、何て名だ?」
「練――白龍と」
「練白龍?! もしかしてそいつ、煌帝国の皇子か?」
「はぁ……はい……」
 そして、プロポーズされた後、唇を奪われたのだ。
 まさか白龍があんなに大胆な行動に出るとは思わなかったから驚いた。
 だけど――それはナットに言う訳にはいかない。アリババやアラジンにも。
 このことは――私と白龍さんだけの秘密。
「おまえ、そいつと結婚した方がいいんでない?」
「はぁ……でも……」
 自分を置いてアラジンと女遊びに行ったアリババ。女に囲まれていい気になっているアリババ。アリババのことばかり責められない自分であるのはわかりきっているけれど――。
 女にでれでれしているアリババを思い出して、いらいらしてきたモルジアナは近くの木を蹴り倒す。
「……っぶねー!!」
「あ、すみません。つい……」
「おまえ、結構馬鹿力だな!」
「私の一族は力が強いんです」
「でも、男の前でそんなことしてみろよ。引かれるぜ。アリババや白龍とかにもフラれるぜ」
「わかってます」
 けれど、白龍はそんなモルジアナを好きだと言ってくれた。
(私には……過ぎた言葉です)
 それに、初恋はあくまでもアリババだ。
 彼は領主ジャミルから自分を救ってくれた。そして、ゴルタスも――。
「…………」
 ゴルタスとアリババは、モルジアナの恩人なのだ。
 それに――やはり自分はアリババが好きなのだ。
(アリババさん……)
 どんなに女好きでも、巨乳好きで、自分なんか眼中になくとも――。
(私は……あなたが好きです)
 白龍も好きだけれど、アリババに対する好きとは違うような気がする。白龍は諦めないと言ってくれたけれど――。
(白龍さんも、私がアリババさんを好きなことを知っている――)
 何となく、そんな気がした。
 アリババと過ごした時間は、どんな時間も宝物だ。
 ナットが口を開いた。
「すまね。言い過ぎた。でもおまえ……やっぱりアリババのことが好きなんだな」
「……えっ?!」
「だって、そうでなかったらこんな木なんかに八つ当たりしねぇもん。そいつ、浮気したのか?」
「浮気したわけじゃ……! だって、アリババさんはもともと私の恋人でも何でもありませんし……」
「ああ。そういや恋人じゃねぇって言ってたな。片思いなのか?」
「片思いというか……」
 モルジアナは頬に血が上るのを自覚した。
「アリババとかいうヤツ、おまえを彼女にしないなんてもったいねぇの。モルジアナ、おまえこんなに可愛いのにな。俺が男だったらおまえのこと口説くぜ。怪力だって気にしないかんな。それで――んじゃ、そいつ、女遊びしたのか?」
「……はい」
「女遊びは男の楽しみ――とかほざいているヤツもいるけれど……おまえ、アリババがそんなヤツでも好きなのか?」
「好き……」
 モルジアナはじっと考え込んだ。
 ナットはさっき怪力の女からは男が遠ざかるみたいなことを言っていたけれど、アリババと白龍の二人もその怪力がかえって自分の魅力だと捉えてくれているようだし。
 何より、彼らは冒険を共にした仲間なのだ。
「……好きです」
 アリババさん――そして白龍さんも。
 それぞれ、好きの種類は違うけれど――。
「ああ見えてアリババさんも……私に気を使ってくれていますし。確かに、白龍さんのように真面目ではありませんけれど」
「そうかそうか……ほんとは白龍にもぐらっと来てるんだな?」
「ナットさん!」
「わはは。否定しない否定しない。いいんだよ。いい男に言い寄られるのはいい女の特権、な。白龍もキスまでしたんだ。そう簡単には諦めねぇだろ。ん? 諦めるヤツもいるか」
「白龍さんは諦めないと言っていました」
「じゃあ、そいつもキープしとけ。ま、あんまり思いつめるなよ」
「思いつめてなどいませんが……ナットさんに話を聞いてもらえたから、心の整理がつきました」
「うん? 俺が役に立つんなら、いつでも話聞いてやるぜ」
「はい。でも私、故郷に行く予定ですから――帰ってきたらまた会いましょう」
「そうだな。よし、俺は穴ぐらに戻るとするか」
「木の上で寝るのではないのですか?」
「こう見えても住処があるんんだよ、俺には。木の上ではちょっと午睡を楽しんでたら夜になっちまっただけで。――じゃあな。機会があったらまた会おうぜ」
「はい」
 ナットは帰って行った。モルジアナは気持ちがすっきりしたことを改めて実感した。
 彼女も新しい友達ですね――モルジアナはそう思った。

後書き
去年書いた話です。今まで発表する機会がありませんでした。
アリババに練白龍。モルジアナはどちらを選ぶのでしょうか。
アリモルも好きなので、アリババといい仲になってくれたらいいなぁと思ったり。
ナットはこの話の為のモブ子です。彼女の性格が気に入っています。モルさんの恋心を面白がっているようです。彼女は白モル推しのようですが(笑)。
2014.4.23

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