教えて! 渚せんせー!

「あー、春だなぁ」
 僕はつい声に出してしまった。花や草木の匂いがしてくるようだ。日差しも暖かい。頬も緩んでくる。
「渚先生……」
「やぁ、辻本君」
 辻本恭平君は、僕の担当のクラスの生徒だ。悪い子じゃないんだけど、ちょっと見た目が弱々しくて――昔の僕に似ている。
 僕は潮田渚。極楽高校3-5の担任だ。この極楽高校は、ちょっと柄の悪い生徒が通っている。その中でも、辻本君みたいなタイプは珍しい。
 僕は生徒達から渚と呼ばれている。別段馬鹿にされてる訳でもいじめられてる訳でもない。彼らなりの親愛の証なのだ。
「隣いいですか?」
「どうぞ」
 そして、しばらく僕達は風に当たっていた。
「――俺、渚先生に訊きたいことがあったんだけど……」
「何だい?」
「渚先生――どうして先生になったんですか?」
「うーん……」
 僕は考え込んだ。やっぱりあの思い出が心にあったから……かなぁ。
「どうして、先生なんかに――いつもいつも馬鹿にされて……」
 そうかぁ。辻本君にはそう見えるかぁ……。
「僕はね、中学生の頃、とっても素敵な先生に出会ったんだ――僕は、いや、僕達はその先生から多くを学んだんだよ。その先生は決して困っている生徒の手を離さない先生だったんだ」
「ふぅん」
 ――今、どうしてるかなぁ。殺せんせー。雪村先生と仲良くやってるかな。
「俺もさ――いじめられてる訳じゃないんだけど、なんとなくクラスで浮いちゃってるからなぁ……先生はそんなことなかった?」
「いたとしても、先生やクラスの皆で乗り越えて来たよ」
「うん。――あのね、先生。俺の高校、持ち上がりで三年間同じクラスメイト達なんだけど、先生が来てから変わった気がする」
「へぇ……どんなところが?」
「ちょっと空気があったかくなったような気がする」
「そっか。嬉しいな」
「渚先生って――すごいね」
「どうも」
「渚先生、ひょろっこくて、背だって俺とあんま違わないのに、俺のクラスメイト黙らせちゃって――すごいよ! 『殺す』って脅されても笑顔だったし」
「そ……そうかな……」
「そういう度胸って、渚先生の先生から教わったの?」
「先生だけじゃなく、周りの人にも恵まれて来たから、かな」
「……いつもは馬鹿にされてるようにしか見えないのにね。渚先生、怒るとすっごい怖いよね」
 僕は笑った。
 極楽高校の生徒達は突っ張ってはいるが、皆いい子達だ。僕は、すぐ、数名のクラスメイトと仲良くなった。――時々怒られるけど。
「俺ね――渚先生に会ってから、学校って楽しいな、と思うようになったんだ。俺、皆のこと好きなのに、皆、俺のこと馬鹿にして――それが悔しかったんだけど」
 僕は衝動に突き上げられるままに、辻本君の頭を撫でた。
「君はいい子だよ。皆にも伝わるよ」
「うん……」
 そうだよね。殺せんせー。殺せんせーに出会う前の僕も、ちょうどこんな感じだった。
「君はね、昔の僕に似てるんだ。自分をあまり大事にしなかった。君も、あまり自分のこと、大事にして来なかったんじゃないかい?」
「……はい」
「自分を――殺そうとしてたんじゃないかい?」
「……僕は自殺なんて考えてません」
「自分を殺すと言うのは、何も死ぬことだけじゃないんだよ。自分の気持ちを殺すこと――それも立派な罪なんだよ」
「うん。でも、俺にはソラ君がいたから――」
「ああ、ソラ君」
 僕は頷いた。ソラ君――相田奏良君のことを考えていた。僕が来た頃、よくケンカを売って来た少年だ。怖いと生徒達も言うし、決して品行方正な生徒じゃないけど、本当は優しい子だ。僕もよく世話になっている。
 辻本君はソラ君と仲がいい。
 ――その時、タイミングバッチリでソラ君の声が聞こえた。ソラ君はこのクラスでは割と僕の近くにいる方だ。まめに面倒も見てくれるので、僕はすごく助かっている。僕が不甲斐ないから自然にそうなったんだろうけど。
「何だよ。渚。キョウと女子会かよ」
「ち……違うよっ!」
 辻本君は焦ったように叫ぶ。昔の僕を見たようで、僕は吹き出した。
「何だよー。渚先生だって女子って言われたんだよー。嫌じゃないのー。もう、ソラ君も笑わないでよー」
「だってさー、渚とキョウじゃ女子にしか見えねぇって」
「――もう!」
 辻本君はぶすくれた。
「わりわり。――でも、渚やキョウって俺達の心のオアシスなんだぜ。ほら、ここって男子校で潤いが少ねぇからよう。――でも、二人一緒なの見たのは初めてだな」
 ソラ君は実は頭がいい。もっといい高校も入れる成績だって聞いた。今は――見た目不良だけど。
「渚先生がどうして先生になったか聞いてたんだよ」
「へぇー。俺も興味あるな」
「いい先生に恵まれたからだって」
「んじゃー、俺達とおんなじだな。キョウ」
 ソラ君がにやりと笑った。え? それって――。
「いやいや、僕、いい先生じゃないよ! 今だって、全然あの先生に近づけた気しないし!」
「アンタの担任さー、タコ先生だったんだろ? 殺せんせーとかいうモンスターだったんだろ?」
「う……どうして知ってんの……」
「わりぃな。渚。アンタのこと、ちょっと調べさせてもらった。いい大学に入ったのに何でこんな辺鄙な高校に赴任してきたのかをね。――俺、殺せんせーってヤツに憧れてたんだー、ガキの頃。悪く言うヤツも多かったけど、モンスターが先生って、さいっこうにイケてんじゃん!」
 ソラ君はにかっと笑った。辻本君も笑った。
「な? キョウも毎日ニュース見てた口だったろ?」
「うん! 渚先生って、もしかして殺せんせーの授業受けてたの?」
「受けてたよ。とても楽しい一年間だったなぁ……」
 ――ヌルフフフ、と嬉しそうな笑い声が聴こえた。僕の幻聴だったのかもしれない。でも、僕は幸せだった。これで、良かったのかなぁ、殺せんせー。
「ねぇ、渚先生。俺のことはキョウって呼んでよ――俺ね、こんな風に渚先生やソラ君といろんな話をするのに憧れてたんだ」
「んじゃ、僕のことは渚で」
「えー、先生のことを呼び捨て出来ないよぉ……」
「いいんだよ。こんなチビのことは渚で。――なぁ、渚」
 う……やっぱり僕って馬鹿にされてるのかもしれない。でも、悪い気はしなかった。ソラ君の目も辻本君――キョウの目も澄み切っていたから。
「わかったよ。ソラ君。キョウ」
「俺のこともソラでいいって――」
 ソラもキョウも笑っていた。ソラが僕達の肩を抱いた。
「渚、あれ教えてくれよ。――ぱぁんと弾ける音の爆弾!」
「――ソラ君、喧嘩で使う気でしょ」
「ええ? いいじゃんかよ、キョウ。かてぇこと言いっこなし!」
「そうだね――あれは、君が喧嘩で使わないことを約束したら、教えてあげる」
「ちぇー。渚まで頭かてぇんだ」
「僕も必要があって身につけた技だからね……でも、いつか教えてあげるから絶対喧嘩には使わないこと」
「ちぇっ」
 ソラは舌打ちをした。
「じゃあさ、キョウを守る為ってのはどうだい」
「――え?」
「キョウだけじゃなく、弱い者を守る為にその技身につけたいって言ったらどうよ」
「うーん……」
 僕は考えた。僕はここに来てからまだ日も浅い。ソラが優しい子だと言うのはよくわかる。だからこそ――道を誤らせたくなかった。
「強い技にはリスクが伴うんだよ」
「――わかってるよ」
「じゃあさ、こうしよう。君が決してこの技を悪用しないと僕に信じさせることが出来たら、その時教えよう」
「今の俺じゃ、渚の信用は得られねぇって訳か――上等じゃん。俺がどんなにいい人間か、渚に思い知らせてやるよ」
 ――尤も、あれはロヴロ先生から教わった技で、殺せんせーが考え出した訳じゃないんだけどね。猫だましも極めると武器になることはロヴロ先生から教わった。他にも僕が密かに編み出した技はあるのだけれど、今は隠しておく。
 そして、極楽高校の始業のベルは今日も鳴る。

後書き
暗殺教室の二次創作。
極楽高校の先生になった渚の話です。渚クン、ちゃんと先生してる……!
ソラやキョウはオリキャラです。なかなかお気に入りです。
2018.01.14

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