オリオンをなぞる6

 暗い……真っ暗だ……。
 ここはどこだ……?
 ああ、父さん。母さん。サマンサおばさん……。
 そして――。
「……バニ―ちゃん……」
 この声は……。
「僕の名前はバニ―じゃありません。バーナビーです」
 突然、黒い霧が晴れた。僕の目の前には、虎徹さんが。
「虎徹さん……?」
 僕は何をしていたのだろう。ヒーロースーツなんか着て。
「バニ―ちゃーん!」
 虎徹さんが僕に抱きついてきた。
 スーツを着ていて良かった。でないと、僕の鼓動が聞こえてしまうかもしれないから。
 全く、この人は心臓に悪い。
「ど、どうしたんですか? 虎徹さん!」
 そういえば、マ―ベリックは?!
 僕は全てを思い出した。
 僕はマ―ベリックに操られていたんだ。今まで……。信じていたのに……。
「バニ―ちゃん、バニ―ちゃん……」
 ああ、でも、虎徹さんは大丈夫だ。
 トップ屋くずれの傍若無人なあの男は、
『鏑木虎徹を信じるな』
 と言ってたけど、僕にはあいつの方が信じられない。
 ここに虎徹さんがいる。それだけで、僕の心は満たされた。
 しかし――

 ヒーロー達と楓ちゃんが捕まり、僕達はアンドロイドと戦うことになった。
 そこには、僕の両親の研究を悪用した男がいた。
 確かにアンドロイドの偽ワイルドタイガ―は強かった。
 けれど、ブルーローズが、僕達を信用してくれた。
 虎徹さんが偽タイガ―を羽交い締めにした。
「撃て! バニ―! その銃で!」
 それは偽タイガ―の持っていた銃だった。
「けれど、それでは虎徹さんが!」
「――俺は、当たる直前に逃げるからよ」
 虎徹さんの能力が減退していると言っても、どのぐらいそれが進んでいるのかわからない。
 でも、撃たなければ……。
 僕は、虎徹さんを信じると決めたんだから。
 撃たなきゃ、虎徹さんを信じていないことになる。虎徹さんは本気だ。
「くっ……」
 僕は心の引き金を引いた。実際の銃の引き金と同時に。
 大音響が響いた。この手に反動が伝わる。僕は無意識のうちに叫んでいた。
 偽タイガーは敗れた。――虎徹さんのおかげで。
 しかし……虎徹さんも大怪我をした。
「虎徹さん……虎徹さん! 虎徹さん!」
 彼の能力はもう既に四分持たないのだと言う。
 他のヒーロー達は楓ちゃんのおかげで助かった。
「お父さん、お父さん!」
 楓ちゃんも泣いていた。僕も泣いた。
「何死にそうになっているんですか! 元気だけが取り柄でしょうが!」
 溢れる涙が止まらなかった。
 僕は、虎徹さんが死ぬんだと思っていた。お父さんや、お母さんのように。
 だが、彼は死ななかった。
「地獄の底からよみがえってきたぜ!」
 虎徹さん……!
 僕は心底嬉しかった。しかし――人騒がせな人だ。
 そう思っても、顔が嬉しさで綻ぶのを止められない。
 しかし、ただ気絶してただけなんて……どれだけ丈夫なんだ、この人!
 何かこの人だけは不死身なような気がした。
 そして――虎徹さんはヒーローを辞めることになった。能力減退を理由に。
 僕も、ヒーローを辞めることにした。
 虎徹さんがいなければ、ヒーローをやっている意味がない。だって――虎徹さんは僕の相棒だから。
 でも、その前に、ひとつだけ。
「虎徹さん。ヒーローを辞める前に、もう一度ドライブに行きませんか?」
「ああ、いいぜ」
 そして――僕達は今、ダブルチェイサ―で道路を走っている。
 ああ、懐かしい……。何故かそんな気がした。
 僕達は、オリオンをなぞっているのだ。
 星空は今日も輝く。
「綺麗だな。シュテルンビルト」
「そうですね」
 僕は、嬉しいような、寂しいような気分になった。
 僕はこれから、一人で自分の行く道を探すのだ。
 虎徹さんと別れて――
「今まで――ありがとな」
 虎徹さんが柄にもなく、しおらしく言った。
「また会おうな」
「ええ」
 オリオンが僕達を見守ってくれていた。
 このおじさんとオリオンをなぞるのも、これで最後かな。
 そう思うと、急に切なくなった。
 僕は、虎徹さんに恋をしている。恋をしていた。
 けれど――自分探しの旅をしてみたい。それは、僕の悲願だった。
 もう、マ―ベリックはいないのだから……。
 だけど……このままじゃ僕の恋心は報われない。報われなくてもいいから、せめて――
「虎徹さん」
「何だ?」
 振り返った彼と唇を重ねた。
「な……おまえ、いきなり過ぎ!」
 虎徹さんは動揺しているようだ。可愛い……。
 もう一度、会うことがあったら……また一緒にオリオンをなぞりたい。

 そして一年後――。
 ワイルドタイガ―こと鏑木虎徹は、二部リーグのヒーローとして帰ってきた。ファンはさぞかし喜んだことであろう。
 でもですね……でもですよ。
 どうして僕に言ってくれないんですか!
 虎徹さんのヒーロー復帰はアニエスさん経由で知ったんですからね!
 一人ぐらいかっこ悪いヒーローがいたっていいだろって……そうですね。あなたは世界一かっこ悪くて――世界一かっこいいヒーローですよ!
 僕は、貴方の相棒であることを誇りに思っています!

後書き
『オリオンをなぞる』シリーズは、これで一段落です。原作のシーンも取り入れました。でも、記憶を頼りに書いているので、原作そのままではありません。
そして、例によって捏造設定もあります。
2012.1.5

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