オリオンをなぞる4 ※捏造設定ものです。それでもいいという方、どうぞ。 「ただいまー」 誰もいない家に、自分の声が空しく木霊する。 これで、家族と一緒にいたらいたで、いろいろうるさいんだろうなぁ。 (お帰り、お父さん!) (無茶しなかったかい、虎徹) (虎徹、いっぱい飲もうぜ) 楓、母ちゃん、兄貴――。 俺、ヒーロー辞めようかどうか迷っている。 あのバニ―ちゃんのせいだ。 (僕は許しませんからね。あなたがヒーロー辞めるなんて) バニ―ちゃんの切羽詰まった声。 そしてキス。 「…………」 キスのことについては触れないつもりだけど……これってかなり気にしてるってことだよなぁ、バニ―ちゃんのこと。 「なぁ、友恵、どうすればいい?」 俺は亡き妻の遺影に話しかけた。 それに楓――楓はバニ―……バーナビーの大ファンだと言うのに。 楓ごめん! 俺、おまえの憧れの君とキスしちまったよ! 楓からすれば、俺ら二人とも変態なんだろうなぁ……俺はまだ心臓ばくばく言ってるし。 それって、俺、バニ―ちゃんが好きだってこと? いやいや。それはないって。 俺は――ノーマルだもん。 でも、バニ―のキスを思い返すと、頭がぼうっとしてくる。 (楓ー。お父さんを助けてよ) 自分でも情けねぇと思いつつ、ついつい娘に助けを求めてしまう。 バニ―ちゃんのことについては――あのオリオンが理性を狂わせたとしか思えない。 怖いもんだな。 レジェンド……。 能力減退してたんだってな……さぞかし辛かったろうな……。 レジェンドは気高いヒーローだから、八百長なんて真似、自分でも許せなかったろうな……誰だ、レジェンドに八百長押しつけた奴! ハンドレッドパワーが途中で切れても、目茶目茶に切り裂いてやりたい! ああ、それにしてもなー。 俺のヒーロー。俺がヒーローになったきっかけを作ってくれた人。 能力が減退していたなんて……俺も同じ運命を辿るのかな。皮肉な話だ。 でも、俺には家族がいる。ヒーロー辞めても、温かく迎え入れてくれるだろう。 問題はバニ―ちゃんだ。 どうしたら説得できるかなぁ。 俺の見たところ、バニ―ちゃんは俺に疑似恋愛している。 だって、有り得ないっしょ。俺、くたびれたおっさんだし、バニ―ちゃんだって最初は俺のこと『おじさん』と呼んでいたぐらいだし。 バニ―ちゃぁん……。 俺は心の中で呼んでみた。 あんまり俺の中に入って来ないでよ。このまんまだと、俺怖いんだよ。自分がどうにかなりそうで。 バニ―ちゃんは美男子だ。そりゃ、バニ―よりハンサムな奴もいるだろう。けれど、俺にとっては、貴重なバディで――。 ここ十ヶ月ほどでバニ―ちゃんのことがだんだんわかってきた。 前はツンツンしてたけど、本当は優しいこと、笑うとあどけなくなること、そして―― 心に傷を負っていること。 こればっかりは、マ―ベリックさんでも、どうしようもなかったらしい。 バニ―は一人で、苦しんで、苦しんで――。 だから、うっかりバニ―の内面に入ってきてしまった俺に拒絶反応を示したのは無理もなかった。 けど、その後は、『虎徹さん、虎徹さん』と俺に懐いてきて――そして――。 「…………」 …………ふぅ。 態度がずいぶん軟化したと思ったが、これほどまでとは思わなかった。 バニ―はウロボロス、という存在に対して敵意を抱いている。そりゃそうだろうなぁ……親の敵だもんなぁ。 学校でも、あいつは外面がいいから何とかやってこれたんだろうけど、心の中じゃ寂しかったんだろうなぁ……。 でも――何で俺? ブルーローズとか、年は若過ぎるけど、ドラゴンキッドとか、似合いの相手はいっぱいいるじゃん! ネイサンは……まぁ、あいつのことは置いておく。 俺、もうこの年で禁断の愛とか知りたくないよ。 バニ―ちゃんならやるかもしれない、と思わせるところが恐ろしい。 本気の野獣の目だったもんな。 よかったらその目は他の誰かに向けてくれ。俺ではなく。女性じゃなくとも、美少年でもいいぞ。俺、ゲイだからって差別しないから。 でも、自分相手と来るとねぇ……。 俺はいい気になってるんだろうか。あんな綺麗で強い青年に恋されて。 でも、俺には友恵がいる。楓がいる。家族がある。 言えんわなぁ、こんなこと……。 バニ―ちゃんは家族が殺されて可哀想だとは思うけれど……。 そのもらい損ねた分の愛情、俺に求めないで欲しい。 俺は、さ。能力減退してきただけで、ヒーローを辞めようとする愚か者であるからさ。 能力が無くなっても、ヒーローとして生きる道って、あるんだろうか。今度斉藤さんに訊いてみよう。 斉藤さんは、変な人だけど、腕は確かだからさ。 俺には仲間もいるし、ヒーロー辞めたくない。 ああ、でも、この想いに気付いてしまった。 俺、本当はバニ―ちゃんに妬いている。 KOHの呼び声も高いバニ―。一般人も助けられなかった俺。 栄光への道と、凋落への下り坂。 バニ―ちゃんはすごいよ。レジェンドのような八百長でなく、実力でKOHを勝ち取っちまったんだからなぁ。 俺は、眠れそうになくて、体の熱をどうにかしたくて、立ち上がった。 ウィスキーに氷を入れる。このウィスキーは兄貴からもらったやつだ。 バニ―ちゃん、どこまで行く気だい? そんなバニ―ちゃんに必要とされて、誇らしくないと言ったら嘘になる。 だけどよぉ……これが潮時かもしれないんだぜ、鏑木虎徹。 「友恵、ごめんよ」 おまえはいつも俺の応援してくれてたよな。 心が迷っていて、ごめんよ。 正直、バニ―に心惹かれる部分もある。だから……ごめんよ。俺にはそうとしか言えない。 俺は酒を呷った。 バニ―。許してくれ。 俺、このままだとヒーロー続けられそうにない。 いろいろと……考えることがあるんだ。 俺がヒーロー辞めたら、楓と一緒にいられる。母ちゃんや兄貴とも。 特に、楓と一緒にいられるってのが嬉しい。 ごめんな、楓。いろいろいっぱい辛いことあったろ。全部パパに話していいんだぞ。 これからは――そう遠くない未来には、楓といつも共に暮らすことができるようになると思うから。 だから、それまでは……。 氷が溶けて、グラスにぶつかり、からんと鳴った。 ロイズさんには何て言おうかな。せっかく、ワイルドタイガ―とバーナビー・ブルックス・Jrのコンビで売れ出してほくほくしてるだろう彼に。 それから、ユーリさんにも、いろいろ世話になったなぁ。俺は壊し屋だから。 アントニオもなんだかんだうるさそうだしなぁ……あいつにも迷惑ばかしかけたなぁ……。 何だか、ヒーローを続けたい気持ちと、続けられないというおじ惑った気持ちがせめぎ合っているようだ。今だけは、いい夢を見たい。 後書き 虎徹視点の話です。 2011.12.15 |