オリオンをなぞる2

「バニ―ちゃ~ん」
「あ、虎徹さん」
「今日もサイドカーでドライブ行かね?」
「いいですね」
 虎徹が誘うと、バーナビーも喜んでついていくことが多くなった。
「なぁんか、怪しいわね、あの二人」
 ネイサンがしなを作りながら考えるポーズをとった。
「いいじゃないか! 彼らもコンビとして仲良くなってきた証拠だよ! 素晴らしい!」
「はい、そうですね」
 スカイハイの言葉に、皆から『折紙』と呼ばれているイワンが同意した。彼らも仲が良い。
「ねぇ、ブルーローズ。うかうかしてると、ハンサムに虎徹取られちゃうわよ」
「わ、私は別に……あんなおじさんのことなんか……」
「そ~お。意地張ってると、後で泣くことになるわよ」
「……ネイサンは、そんな経験があるの?」
「まぁねぇ……昔はいろいろあったから」
 ネイサンは身をくねらせる。
「虎徹はバーナビーには靡かんよ」
 アントニオがトレーニングしながら口を挟んだ。
「虎徹は完全にノーマルだからな」
「あら~、ノンケほど、後でどんでん来やすいのよ」
「俺はそうは思わんがな」
「ロックバイソン……いえ、アントニオ、あたしと素敵な夢見ない?」
「見ない」
 ネイサンに対してきっぱりと断るアントニオであった。
「あたしは、おじさんのことなんか何とも思ってないんだから!」
 ムキになってブルーローズ――今は素顔の高校生、カリ―ナ・ライルが叫んでいた。

「いい天気ですね」
「そうだな。星もよく見えるしな」
 サイドカーを走らせながら、二人は風を感じていた。
 この感覚がいい、とバーナビーは思った。隣には虎徹がいて。
 バーナビーの横には、いつも虎徹がいるようになった。彼らがそれぞれ自分の家に帰るまでは。
「いい風だなぁ」
 虎徹が感に堪えたように言う。
 このまま、朝まで走っていたい、と、バーナビーは思った。
 一人は寂しい。
 孤独を感じるようになったのは、虎徹が現われてからだ。
 いつまでも虎徹と一緒にいたい。それは我儘だろうか。無理な注文だろうか。
 サイドカーが止まる。
 この丘からはシュテルンビルトが一望できる。人工的な灯りと、秘めている事件の萌芽。
 だが、バーナビーも虎徹も、この街が大好きだった。
「おー、オリオン座だ」
 虎徹が天を指さした。バーナビーもつられてそちらを見遣る。
「綺麗ですね」
「そうだな。オリオン座ってわかるか? バニ―」
「ええ。ギリシャ神話の海の神のポセイドンの息子の名から取ったんでしょう?」
「へぇ……そうなんだ」
「オリオンは乱暴者だったらしいですね。大地母神ガイアにさそりで刺殺されたんです」
「よく知ってんなぁ、おまえ」
「ネットからの知識ですよ。それに別の神話もありますし、別の説もあります。ちょっと調べればおじさんでもわかりますよ。わからないならまたレクチャーしてあげても構いませんけど」
「いいんだけど、何かちょっと言い方が可愛くねぇからな。バニ―は」
「こういう性格なんです」
 バーナビーが微笑んだ。虎徹は少し驚いた顔をした。
「で、さそり座が現われると、オリオン座はこそこそと逃げるようです。可愛いですね」
「や。それはいいんだけど、おまえ笑ってない?」
「昔はよく笑う子供だったんですよ、僕は」
 笑わなくなったのは、両親が殺されてからだな……と、バーナビーは思った。
 今だって、両親の復讐のことを忘れたことは一度だってない。ウロボロスのことについても。
 けれど、今は――
 虎徹が傍にいる。それだけで、何か暖かい暖炉の傍にいるようだ。
(虎徹さんは僕を温めている)
 虎徹は父親みたいだ。バーナビーが彼に抱いているのは、それだけの感情ではなく、様々な想いが交錯しているのだが。
 例えば、恋情なんかも。
 虎徹を抱きたいと想う夜もある。
(らしくありませんね。この僕が)
 バーナビーが自嘲の想いで心の中で呟いた。
 虎徹は十以上も年上で、もうそろそろ思春期にさしかかっている娘もいるというのに。きっと、まだ死んだ奥さんのことも愛しているであろう。
 取り敢えず、現在は、虎徹とオリオンをなぞっているだけでいい。
 虎徹とは喧嘩もした。心を閉ざしたこともあった。けれど、今では最高のバディだ。
 虎徹は皆の前では自分のことをあまり良く喋らないのだが。
 ヒーロー仲間も、若者達は虎徹が既に結婚して、子供がいることを知らなかったみたいだ。ブルーローズも動揺していた。
 これからどうなるかわからない。けれど、今は――この気安さに心を預けてみよう。
「おまえが笑えるようになってよかったよ」
 虎徹も上機嫌だ。
「あなたはあまり笑わないでください」
「ちっ、可愛げのないやつ」
 違うんです。
 貴方の笑顔を見てると、心がときめいてしまうから。
 両親が死んだ後、凍ってしまった僕の心が溶けてしまいそうになるから。
 バーナビーはそう脳裏で独白した。
「シュテルンビルトは今日も綺麗だな」
「ええ。本当に」
「でも、俺は星も好きだな」
「僕もです」
 特にオリオン座が。
 星が好きだなんて、同じ意見の人がいて嬉しい。特に、相手が想い人の場合は。
(好きです――オリオンをなぞるのが)
 虎徹と一緒にオリオンをなぞるのが。
 いつまでもコンビでいたい。いつか別れの日が来ても。
(その時は――この風景を思い出します)
「表情が柔らかくなってきたな、バニ―は」
「ええ。多分、皆さんのおかげです」
 虎徹だけではない。ヒーロー仲間は皆優しい。恋敵のブルーローズさえも。
 今が一番、生きていて楽しい。両親が殺されて以来のことだ。両親が健在だった頃も幸せだったけれど。
 父も母も可愛がってくれた。でも、彼らが死んだことで、失ったものも大きい。
 自分の半生は、復讐に費やされてきた。そのことで、孤独を紛らわせていたのだと思う。
 それが変わったのは、虎徹が現われてから。
 大したことでなくても、泣いたり笑ったり。
 そんなおじさんを見ていると、つい微笑ましくなってしまう。最初は、鬱陶しいおじさんとしか思っていなかったのに。
(馬鹿にしてすみませんでした)
 過去を前ほどひきずらなくなったのは、虎徹達のおかげだ。そして、自分をヒーローとして認めてくれて、応援してくれるこの街の人々の。

2011.9.30

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