折紙の恋2 「折紙くん、どうしたんだい?」 スカイハイさんが心配そうに覗き込む。きらきらと彼の周りがきらめいているように見えるのは僕の気のせいだろうか。 彼の黄金色の髪のせいかもしれない。僕も金髪だけど、彼のより色素が薄い。 スカイハイさんは笑うとアメリカのヒ―ロ―ものの主人公のように爽やかになるのだ。アメリカと日本。僕にとってはどちらも憧れの国だ。 僕は笑おうとした。僕の笑顔はさぞぎこちなかったであろう。 「いえ……何でもありません」 「疲れたのかい? 無理はしない方がいい」 「いえ……本当に……」 胸がどきどきと高鳴る。このトレーニングルームで僕とスカイハイさんは二人きりだ。 そして――僕はスカイハイさんに恋している。 男が男に――なんて気持ち悪いかもしれないし、スカイハイさんだって僕の想いを知ったら、嫌悪感を持って離れていくかもしれない。 でも、好きなんだ。 勇気を持って、告白しよう。 まず一歩、踏み出さなければ何も始まらない。 「スカイハイさん。僕、あなたに話があるのですが……」 「そうか……もう遅いから、私の行きつけの店で話さないか?」 スカイハイさんの行きつけの店……。 それはデートというのでは……。 なんて、違うよね。スカイハイさんはこの間女性と恋をして失恋したばかりだというのに。 僕を誘ったのだって、他意はないんだよね。……僕ってば、他意があった方が嬉しいなんて、何考えてるんだ。 それにしても、スカイハイさんの行きつけの店なんて知らなかった……僕がどんなにスカイハイさんのことを知らなかったの一例だ。 僕達はトレパンから普段着に着替えて、『ゴールデンレトリBAR』という酒場に着いた。 「いいとこだろう? ここは犬猫同伴なんだ」 「はぁ……」 そういえば、ご主人様のいるところできちんと座ったり、機嫌のよい客に撫でられたりしている大型犬達もいる。 一匹の犬が近付いて来た。 「やぁコディ。元気かい?」 コディ、という犬はハッハッと息をしながら尻尾をぶんぶん振っている。ずいぶんスカイハイさんに懐いているようだ。 いいなぁ……。 「やぁ、キース」 マスターらしき男性が声をかけた。 スカイハイさんの本名はキース・グッドマンと言う。 「ジョンはどうしてる?」 「ああ。とても元気さ」 「今日は連れてきてないのかい?」 「ジョンはお留守番さ。――イワンくん」 僕は本名を呼ばれてぎくっとなった。 「ここの店のマスターでコディの飼い主さ。コディはジョンと同じゴールデンレトリバーでね。大の仲良しなんだ」 「そうなんですか……」 「悪いね、コディ。今日はジョンを連れてきてなくて」 「ワホン!」 コディは退く様子を見せない。マスターがスカイハイさんに訊く。 「この坊やはキース、アンタの友達かい?」 「いや違う。仲間だ。そう、仲間だ」 仲間か……。 少なくとも、友達よりは近い関係だよね。危地を共に乗り越えたこともあったし。 「坊や、何飲む?」 「ええと……何がありますか?」 「バニラ味のソフトドリンクなんてどうだい? いけるよ」 「じゃあ、それにします」 「キースはいつものな」 「ああ」 スカイハイさんがいつも飲んでるのって何だろ。僕は悲しいまでにスカイハイさんの好みを知らない。 僕の前にはソフトドリンクを。そして、スカイハイさんの前には水色のカクテルが。 マスターはグラスを綺麗に拭いている。静かな曲が流れている。犬達は躾がなされているのか全然騒がしくしない。むしろ、とても落ち着いている。 「ところで、話って?」 スカイハイさんはくいっとカクテルグラスを傾ける。 「はぁ、あの……」 僕の舌は凍りついてしまった。 言うんだ、言うんだイワン。 その為に来たんじゃないか。 スカイハイさんと目と目が合った。僕は恥ずかしさをかなぐり捨てて言った。 「好きです! スカイハイさん!」 ついヒ―ロ―名で呼んでしまった。スカイハイさんの表情に嫌悪の色が現われるのを見たくなくて、僕はぎゅっと目をつぶった。 「イワンくん」 優しい声で呼ばれて、僕は瞼を開いた。スカイハイさんの顔はいつも通りだった。 「嬉しいよ。私も君が好きだ」 そう言って、笑顔を浮かべる。 「ほ……ほんとですか」 「ああ、ほんとだとも」 スカイハイさんは僕をぎゅっと抱きしめてくれた。 あ、でも、スカイハイさんは、僕のことを仲間として好きでいてくれたのでは……。 そうだよね。ちゃんと女の子が好きだよね。スカイハイさんは。僕なんかより――。 僕は真正面からスカイハイさんに向き直った。 「スカイハイ――キースさんは、女の子が好きなんですよね」 「うん」 「僕は……キースさんに恋してるんです」 「恋……?」 スカイハイさんもようやく気付いたらしい。僕がどんな目でスカイハイさんを見ているか。 スカイハイさん! 僕を見捨てないでください! だが……僕を見つめるスカイハイさんの瞳は限りなく優しかった。 「そうか……イワンくんの気持ちは嬉しいよ。ただ――私は失恋からまだ立ち直っていないから――」 そうだよね……男と恋を語るなんて、スカイハイさんには似合わないからね。 「ただ……もし、もっとあの恋の記憶が薄れて来たら――君のことも考えるよ。君にとっては失礼な話かもしれないけど」 そ、そんな――失礼だなんて……。 僕は、スカイハイさんに告白できた。スカイハイさんは嫌がらなかった。それだけで良かったのに。 「待ってます。いつまでも、待ってます」 「イワンくん――」 「あなたが他の人を好きになっても、待ってます」 「イワンくん」 スカイハイさんが、がしっと両手を握った。大きい手。 「ありがとう。そして、ありがとう」 その時だった。店中の人達が、わーっと拍手した。 「おめでとう。イワンくん。めでたいからソフトドリンクはタダにしてあげよう」 マスターが言った。 「あ、ありがとうございます……」 涙が滲んだ。 「キース、この少年をふったら私が許さんからな」 マスターがスカイハイさんに小声で囁いた。 「いえ……僕は告白できただけでいいんです。それよりキースさんを束縛したくないんです」 「見てごらん。いい子じゃないか。良かったな。キース」 「はい……」 スカイハイさんがはにかみながら笑った。そんな笑顔も好きだ。 僕達はいっぱい話をした。グラスを空にすると、僕とスカイハイさんは立ち上がった。 「君はゆっくりしていっていいんだよ、折紙くん。いや、イワンくん」 「いえ。僕ももう――」 「またおいで、今度は私特製の御馳走も振る舞ってあげる」 とマスターも僕に笑いかけてくれた。 スカイハイさんはこれから街のパトロールへ行く。それも毎日。スカイハイさんのおかげで街の平和は守られている。スカイハイさんが救った命も数多くある。 やっぱり僕はスカイハイさんの地味なパトロールも欠かさない真面目なところも好きだ。 後書き スカイハイも折紙も一般市民には正体を明かしてません。自分達のせいで災難に巻き込まれたら困るというの理由ですが。 けれど『ゴールデンレトリBAR』のマスターは薄々気がついている――という設定です。 2012.11.28 |