オレがバスケ部を辞めた訳

「お~い、虹村サ~ン」
「おう、灰崎」
 虹村が灰崎に向かって片手を上げた。
「オレ、バスケ部退部してきたわ」
「そうか……俺はオマエのバスケ、嫌いじゃなかったんだけどな」
「つか、退部させられたんだよ。あのくそ生意気な赤司の野郎に」
 そう、赤司に切られた。灰崎はぎりっと歯噛みした。虹村はそれには何も答えなかった。
「まぁ、せいせいしたっていうか? あいつらの顔見なくて済むかと思うと」
「灰崎!」
「んだよ」
「オマエは……バスケが好きではないのか」
「好き……だったよ。でもあいつらの顔見てみろよ。勝つことしか頭にないんだぜ」
「仕方ないだろう、それが帝光中のバスケなんだから」
「だとしたら、オレは好きになれないね。アンタはどうなんだ。アンタもバスケが好きなんだろ?」
「親父が……危なくてな……」
「オレにはわかんねぇな。家族の心配なんて」
 灰崎の家族にはろくな者がいなかった。素行が悪くなったのもひとえにそれがある。
「むしろくたばってくれた方がせいせいするというかさ」
「灰崎!」
「おっと……睨むなよ。アンタの親父さんのことじゃないぜぇ」
「わかってる……冗談でも自分の家族をそんな風に言うんじゃねぇ!」
「アンタには……わかんねぇだろうさ」
 本当は――灰崎には言いたいことはいっぱいある。この虹村に対しては。
 何で主将を辞めたのか、今のバスケ部をどう思っているのか、自分が去っていくのを何とも思わないのか。
 そして――どうしてあんなに自分のことを気にかけてくれたのか。
 虹村は、厳しい時は厳しいが、技をきめた時には本当に、心の底から喜んでくれているようだった。まるで我がことのように。
(やったな! 灰崎!)
(今日はオレのおごりだ! ガッツリ食え!)
 灰崎にとって、虹村は血こそ繋がっていないが兄貴分みたいな存在だった。だから――虹村が主将を辞めた時には、こっそり泣いた。
(虹村サン……アンタ優し過ぎるんだよ。ばーか……)
 赤司なんつーくそちびより数倍好きだった。気づいた時には遅かった。
(オレを小突いたのだって――愛情表現だったんだろうな)
「なぁ――退部させられてもバスケ辞めるわけじゃねんだろ?」
 と、虹村が訊く。灰崎は深く重い溜息を吐いた。
「バッシュ……焼いてきたわ。次にオレがバスケやるときゃ、きっと復讐の為だろうな」
 虹村は灰崎に近づいて――どごっと力任せに頬を殴った。重いパンチだった。
「それで、いいのかよ。バスケ、好きなんじゃなかったのかよ」
 ふっ、虹村サンならそう言うと思ってましたよ。パンチは些か計算外だったが。灰崎は熱を持つ腫れた頬を撫でた。
「へん。バスケなんてくだらねぇさ。何がチームメイトだよ。あれじゃ、今にみんなてんでばらばらになるぜ」
「それでも――誰か止めてくれるヤツとかいなかったのか?」
「いないね――あ、そういや一人いたか」
「誰だ、そいつは」
「テツヤ……」
 いつも影のうっすい妙なヤツ。でも、バスケには人一倍熱心に打ち込んでいた……らしい。らしいというのは、灰崎にも実際のところはよくわからないからだ。
「あいつは……バスケが好きなんだろうな。可哀想に思うぜ」
「同情か。灰崎」
 虹村は灰崎の頭をくしゃりと撫でた。そんなんじゃねーよ、と、灰崎は憎まれ口を叩く。同情なんつーもんは嫌いだ。腹の足しにもなりゃしねぇ。
「優しいんだな」
「は?」
 優しいなんて言われたことは生まれて初めてだった。
「だってよぉ、虹村サン。オレは素行が悪くて暴れん坊で……」
「そう。だから、弟みてぇでほっとけなかったんだよな」
 灰崎は――
 虹村に会うまで自分のことが嫌いだった。でも――
「オマエはそのまんまでいい。その代わり、オレもオマエに容赦はしない」
 そう言ってくれる存在がいる。対等に見てくれている人がここにいる、というのはなかなか悪くなかった。道を外しても止めてくれる――虹村はそんな人間だった。
「今だから言うけどさ、オレ、アンタのこと、身近に感じてたんだ……」
 灰崎がぼそっと呟いた。
「他のメンバーは……まるっきり自分のことしか考えていなくて……オレはほとほと嫌気がさしてたんだ。でも、アンタと黒子は――別だよ」
「――ん」
 虹村は笑顔を灰崎に向けた。灰崎は言った。
「親父さんによろしくな」
「灰崎……オマエ、やっぱり優しいな」
「だからぁ、オレは……」
 やべぇな。どうも調子が狂う。優しいなんて言われ慣れてないし、それに――
(虹村サンは人がいいからなぁ)
 それが懸念材料でもある。
 帝光中はこれから赤司の独裁体制になるだろう。赤司は勝利の申し子だ。勝利以外、許さない。
 そして――これからは灰崎が最も嫌う男、黄瀬涼太がスタメンに入るだろう。灰崎は黄瀬に一回も負けたことがない。その男が何故。理由は簡単。赤司が選んだからだ。
 黒子も赤司が選んだ男だ。だから――オレは、黒子には恨みはないが、嫌いだ。
 虹村が目を合わせて訊く。
「オマエは、何を憎んでる? 今のオマエからは荒んだ空気が迸ってる。何がオマエをそうさせた?」
 そんなの、決まってるだろ――。
「全部だよ」
 吐き捨てるように言う。勝利しか認めないヤツ、オレを捨てたヤツ、拾いもしないのに親切ごかしするヤツ、そして――
「アンタもだよ。虹村サン」
 灰崎はぎっと睨んだ。
 虹村も結局、バスケよりも、オレよりも家族を選んだ。オレは――選ばれなかった。
「そうか……だったら、恨んでくれて構わない」
「バスケなんて……くだらねぇ」
「はぁ、オマエは、今、何てい・い・ま・し・た?」
「バスケがくだらねぇと言いました」
「あぁん? おめぇ、また一発殴られてぇか? これでも我慢してんだぞ」
 我慢してる? 既に一発重いのをお見舞いしてくれたアンタが何言うか。それに、自分自身のことはどうでもよさげなのに、バスケをけなした途端これだ。バスケより父親を選んだくせに。――まぁ、普通バスケと肉親では重みが違うのは灰崎にもわかることではある。
「そのくだらねぇバスケとオマエはどのぐらい付き合ってきたんだ? オマエがヤッて捨てた女達よりかは好きだったはずだろ?」
 虹村の口から『ヤッて捨てた』という台詞を聞くと、自分がとんでもなく厭らしいことをしている気分になる。実際その通りだが。
「……ここに来て、嫌になりました。でも、アンタが主将だった時は――」
 ちょっとは、楽しかったかもしれない。喉元まで来たその台詞を飲み込んだ。
「オマエ、頭に来ると口調が変わるんだな」
 虹村は機嫌を直したようだった。きしし、と笑い声を立てる。
「そっか……やっぱしさっき言った通り、バスケ、好きだったんだな。でも、バスケを復讐の道具に使うな。でないと――バスケの女神に見放されんぞ」
「バスケの女神って……」
「俺達男なんだぜ。やっぱ男なら女神の方が好きだろ? きっとバスケの女神はものすごい美人に違いないぜ!」
「ヤれるかな」
「アホ」
「先にアホなこと言ったのそっちじゃん!」
「――だな」
 虹村は灰崎の頬を撫でながら、オマエも大変なのに殴ってごめんな、と言った。
 いつも散々殴っていたくせに何言ってんだ、と灰崎が反論する。
 でも、虹村の手の触れている頬が何故かくすぐったく――そして気持ちが良かった。

後書き
私が初めて書いた本格的な虹灰小説です。
虹灰のとても上手いサイト様がいまして、インスパイアされました。
2014.2.5


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