オレにはキミしか見えない

「あ、アレックスの乗っている機が来たよ」
「タツヤ、お前は本当にアレックスに夢中だなぁ」
 オレの弟分のタイガが呆れたように言った。ちょっとからかい気味のニュアンスを持った言い方だったが、オレは気にしない。
 アレックスに会える。もうすぐ会える。そんなことを考えると胸がどきどきして他の余計なことなんか全て忘れてしまう。
 タイガのことも今は眼中になかった。
 オレは子供の時のように胸をときめかせていた。
 やがて、アレックスの姿が見えた。
「タツヤ! タイガ! 会いたかったぞ!」
 男言葉で話すこの金髪美女がアレックス。本名アレクサンドラ=ガルシア。オレ達のバスケの師匠である。
 そして――オレの初恋の人。今でも好きだ。
 オレは氷室辰也。今年高校を卒業する。少しはアレックスに相応しい大人の男になれただろうか。
「タツヤ~!」
 アレックスはまずオレのところに来てキスの雨を降らす。嬉しい嬉しい。嬉しくて仕方がない。
「あははは。アレックス、アレックス」
 オレも笑う。
「タイガ!」
 アレックスはタイガの方にも行く。キスは一回。
 アレックスはオレの方が好きなのかな。以前告白した時にも、憎からず思っていたようだったし。
 アレックス、好きだよ。オレには君しかいない。子供の頃から……。
「出迎えてくれてありがとな」
「おう。じゃ、後は二人で」
「待てよ。タイガ、帰るのか?」
「ああ、オレがいちゃ邪魔だろ?」
 タイガの気遣いに、オレとアレックスは顔を見合わせた。タイガも大人になったらしい。
「んじゃ、二人でデートとしゃれこもうか?」
 アレックスがするりとオレの腕を組んだ。胸が当たる……!
「そうだね」
 少しは女性の扱いに長けていると自負しているオレだけれど、アレックス相手だと初心な少年みたいな気持ちになってしまう。
 不思議だ。オレの運命の人。
 ――そう思うだけで歯が浮くけど。
「元気そうだな。タツヤ」
「ん、ああ。おかげ様でね」
 本当はこんなことを話したいんじゃない。オレは言った。
「アレックス、今のオレを見てどう思う?」
「おう。前より大人になったじゃないか。タツヤ」
「まさか、昨日電話が来るとは思わなかったよ。突然『日本に行くからな』なんて」
「迷惑だったか?」
「とんでもない! むしろ嬉しいよ! タイガだってそうじゃないかな」
「ありがとな――突然なのにタツヤもタイガも迎えに来てくれて。タツヤは男らしくなったな」
「アレックスは昔から男みたいだったけど」
「何だと? このう!」
 ――でも、そんな君が好きだよ。
「本当はね、オレ、卒業したらアメリカに行く予定だったんだ。君を迎えに」
「おー。それ口説いてんのか?」
「かもね」
「でも、私は黙って男に口説かれるのは性に合わん。言い寄ってくる男もいたけど、全部跳ね返してやった。どうしてだと思う?」
 アレックスのピンク色の縁の眼鏡から覗く青い目の中に謎が見える。
 ――もしかして、オレがいたから?
 ちょっと不遜な気がしてオレが黙っていると、
「お前がいたからだよ、タツヤ」
 と言われた。
 オレは嬉しくなって、今度は自分の方からキスを仕掛けた。アレックスは受け入れてくれた。
 周りがざわざわしてきた。オレ達は目立つらしい。
「行こうか――アレックス」
 もっと見せつけてやりたい気もしたけど。
「――そうだな」
 アレックスは大人しく従った。
「オレの家へ行こう。アレックス」
「ん。そうだな。なぁ、タツヤ。――タイガにも彼女はできたか?」
「ああ――彼女ね。まぁ、恋人はできたようだよ」
「何だ? その反応は。相手は男か?」
「黒子……」
「ええー?! あの一見弱っちそうなヤツか! タイガの家で会ったことあるけど。――ま、試合の時はすごかったがな」
「黒子はああ見えて男前だよ。家に行く前にどこかに寄ってく?」
「パフェ! でっかいパフェが食べたい!」
「はいはい」
「でも、日本のパフェは小さくて物足りないんだよ」
「だと思って、とっておきの店を見つけてきました」
 オレ達はある喫茶店へ入った。
 出てきたパフェを見るなり、アレックスは興奮した。
「わお! すごいおっきいパフェだな! アメリカのにもひけを取らないね!」
「良かった。気に入ってもらえて」
「なぁ……タツヤ。本当に私のこと好きか?」
 ――食べるのと喋るのとどちらかにして欲しいな。
「ああ。その気持ちは今でも変わらない」
「ん、私もだ」
 そう言ってアレックスはもぐもぐと口を動かす。
「ついてるよ、アレックス」
 そう言ってオレはアレックスの口元についたクリームを指で取って舐める。アレックスが照れくさそうに俯く。
 ――恥じらうアレックスなんて初めて見た。
「どうしたの、アレックス」
「不意をつくな――タツヤ」
「いっつも不意をつくのは君じゃないか!」
「そう言われても――私のは別なんだ」
 何だそれ。理不尽な意見だな。それとも――もしかして意識されてる?
 アレックスがこちらをじーっと見ている。
「ははっ、参った。降参だ」
「――は?」
「タツヤ……いい男に育ったな。前から好きだったけど……今はもっと大好きだ。しばらく距離があったからかな。男に言い寄られる度、お前のことばかり考えてたよ」
 ――おお、アレックス!
「君は――相変わらずいい女で……オレの好きなアレックスのままだ」
「何だぁ? それって私が成長してないみたいじゃないか」
「そういうわけじゃないんだけど……」
 オレがちょっと困っていると、
「ごめんな。タツヤ。お前のことは子供の頃から知ってるから、ちょっとからかってみたくなっただけだ。年月の経つのは早いな」
「――アレックス。付き合って欲しいんだ」
「もちろん!」
「――え?」
 断られるとは思っていなかったが、そんな風にあっさり承諾されると拍子抜けする。けれど、オレは続けた。
「オレが言ってるのは、結婚を前提にして、ってことだよ」
「私もそのつもりだ――卒業まで待とうと思う。あ、でも、タツヤは大学へ行くのか?」
「その予定だけど……。――ねぇ、アレックス、もう結婚できる年齢なんだよ。オレ」
「そうだな――タツヤももうそんな年なんだよな」
 アレックスは窓の外の景色を見た。彼女は何を見ているんだろう。
「まぁ、ゆっくり考えようじゃないか。ご馳走様」
 アレックスは大食漢なのに全く太らない。栄養が胸に行っているんだろうか。
「オレが払うよ」
「サンクス」
 アレックスは短く言うと席を立って外に出た。会計を済ませたオレが後をついて出てくると、アレックスがまたオレの腕を取った。
「さっきの話、私もタツヤと結婚したい――大事にしてくれるか?」
「ああ。君のことはオレが一生大切にするよ」
「タツヤ!」
 アレックスが背伸びをしてオレの頬にキスをした。
「タツヤ、お前のことは私が絶対幸せにしてやるからな!」
 それはオレの台詞だよ。アレックス。オレは苦笑交じりにそう思う。
 正式にプロポーズする時はアレックスの誕生石の指輪を買おうと決めた。

後書き
氷室とアレックス。web拍手の方に「お付き合いが始まった二人も読んでみたい」とのリクエストがあったので、書かせてもらいました。
読んでもらえると嬉しいな。
男前なアレックスは書いてて楽しかったです。氷室も好きだけど。
2014.5.4


BACK/HOME