オレとボク

 オレは赤司征十郎。オレはこの間まで、意識の底に沈んでいた。
 オレというのは、本来の『赤司征十郎』。もう一人のオレは飽くなき勝利への執着の権化。一人称は僕。
 オレはもう一人の『赤司』はそんなに好きになれなかった。できの悪い弟のようで。
 でも、愛していた。――オレが愛さなかったら、誰が『僕』を愛するんだ?
「征ちゃん、変わったわね」
 部室に花を活けにきた実渕玲央が言った。無冠の五将。なかなかに気の付くオレよりひとつ年上の青年だ。女っぽいところもある、いわゆるオネェである為、彼、いや、彼女の同級生葉山小太郎からは『レオ姉』と呼ばれている。
「君にもわかるか?」
「あのさぁ、馬鹿にしないでよね。アタシ、征ちゃんのことずっと見てたんだから」
「そうか――悪い」
「征ちゃん……優しくなったよね」
「そんなことはないさ」
 そう、そんなことはない。本来の自分に戻っただけだ。オレは優しくない。その証拠に、自分自身である僕にすら優しくできない。
「WCの敗北がそんなにショックだった?」
「それもあるけど……そうだな。きっかけはWC……いや、黒子だったな」
「黒子君? あの可愛い子?」
 玲央が笑う。玲央は相変わらずだ。オレも笑う。
「ああ。本来のオレが出てくるきっかけとなってくれた」
「征ちゃん、前は『オレ』なんて言わなかったもんね」
「昔はそう言ってたんだよ。もう一人の『赤司征十郎』が出てくるまでは」
「――征ちゃんてもしかして二重人格?」
「ああ。そんなようなもんだったよ」
「――ねぇ、征ちゃん。アタシには話してくれる? キセキの人達より前に。征ちゃんに何があったか」
「ああ――」

 オレと僕が入れ替わったのは、中学の頃――。
 僕というもうひとつの人格を作ったのはオレの弱さだ。
 けれど――僕が負ければ、僕という人格は消える。
 オレはずっと、僕を消して欲しかった。僕を倒すに十分な好敵手に会いたかった。もしかしたら緑間がそうなるかと思ったが、緑間は『僕』の前に敗退した。
 でも、オレは信じていた。
 黒子なら――。
 彼なら必ずオレを引きずり出してくれると。
 黒子テツヤ。元帝光中の幻のシックスマン。
 彼は、僕を倒してくれた。
 僕――出来の悪い弟。でも、いつもそばにいてくれた。オレは――僕がいなかったら支えを失って狂っていたかもしれない。半ば狂っていたのかもしれないが。
 オレは兄弟がいなかったから、僕が兄弟みたいなものだったのかもしれない。
 WCの後、オレは実家に帰って母の仏壇に挨拶してから、父に言った。
「父さん――今日の試合、負けたよ」
 自分でも驚くぐらい淡々と。
「そうか――」
 と父さん。
「でも、次は勝ちます」
 すると、父さんが微笑んだ。母を亡くして以来、厳格一筋で優しいところなど滅多に見せなかった父が。
「ああ。頑張れよ」
「父さん――」
 昔のように無邪気に抱き付きたかった。でも、オレだってもう高校生なのだ。母にだったら抱き付いたかもしれないけれど。
 こんないい笑顔の父さんは見たことがなかった。
「頑張ります」
 がんばってね。征十郎――。
 母の声が聞こえた気がした。
 ありがとう、父さん。母さん。
 そして、ありがとう。みんな。
 ありがとう――僕。
 もういいんだ。敗北したことで、オレは強くなった。
 だから、いつか会える日まで、休んでいてくれ。――僕。もう一人の赤司征十郎。
 オレは、消えてしまったもう一人の赤司の為に、心の中でそっと涙を流した。
 今度会う時には、みんなに祝福される形で会いたいものだな。
 オレは、バスケをやっててよかった。
 最高に熱い男達に会えたのだから。そして、君にも――もう一人のオレ。
 母には感謝だ。バスケットボールに出会わせてくれたのだから。
 父は、オレに嫉妬していたのかな? 母はオレのことを愛してくれた。オレも父も母が好きだった。大好きだった。
 父は言った。
「征十郎。私はおまえに無理をさせ過ぎたかな?」
「いいえ」
「おまえはやればできる子だった。有能過ぎて――それがおまえにとって不幸だったのかもしれない」
 不幸? どうして? このオレが?
 不幸なのはもう一人の赤司の方だ。ヤツは敗北を知って消えてしまった。
「父さんの血をひいたんですよ」
「おまえは母さんの血もひいている」
「――ありがとうございます」
 ああ――。
 こんな風に、もっと早く父と話し合うことができれば。
 満身創痍になったあの子をもっと愛せたかもしれない。
 父さん。オレは二人いました。敗北を喫した僕は消えてしまいました。
 けれど、どこかで見守っているに違いない。もう一人の――僕。
 それは、母のいる天国でかもしれない。
「通してくれ。征十郎」
「あ、はい……」
 父は母の仏壇の鐘を鳴らした。父が寂しそうに見えた。父がほんの少し、小さく見えた。
 父は強い人だから――もう一人の自分の存在なんていらなかったんだ。けれど、だからこそ苦労も大きかったに違いない。
 オレも、いつかは父の跡を継ぐ。
「父さん。今回は負けましたが、何かを掴んだような気がします」
「征十郎――」
 父がまた微笑んだ。
「大きくなったな。それに一回り、逞しくなったようだ」
「それは――」
 もう一人のオレがいたからだ。それを言おうか言うまいか考えあぐねていると、父がポン、とオレの肩に手を置いた。
 何も言わなくてもいいという合図だった。だから、僕は何も言わなかった。
 そして黒子――オマエのおかげで、オレは父に初めて認められた気がする。また、バスケをやろうな。
 黒子達とやるバスケは楽しかった。今度は火神も連れておいで。また彼のダンクが見たい。
 黒子テツヤ。おまえはオレを救った。僕はどう思っているかしらないけれど――きっと、心のどこかではほっとしていたと思う。それほど勝利へのプレッシャーというのは強いものだから。

「征ちゃん……」
 話を聞いていた玲央が泣いていた。
「どうした? 実渕――」
「だって、征ちゃんが可哀想で――もう一人の人格を作らざるを得なかったほど追いつめられていた征ちゃんが……消えてしまったもう一人の征ちゃんが」
「心配はいらない。もう一人のオレのことはオレがしっかり覚えてるから……それで充分だと思う」
「征ちゃん……アタシね、今の征ちゃんも好きだけど、征ちゃんの言う『もう一人の赤司征十郎』も大好きだったから――」
 オレは――それを聞いてとても優しい気持ちになれた。おまえの存在は、無駄ではなかったよ――僕。おまえの為に泣いてくれた乙女がいた。男だけど。
 オレは実渕に、そしてもう一人のオレに対して呟いた。
「ありがとう――」

後書き
赤司様誕生日おめでとう!
オレ司とボク司の話を書かせていただきました! ちょっと実→赤ちっく?
2014.12.20

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