ワンナイト・ラブ

 紫原敦は、超甘い炭酸ジュースを飲んでいた。コーヒーは嫌い。苦いから。
 それに、ある人を思い出すから。――木吉を。
「木吉ぃ……」
 紫原は歯を食いしばる。
「よぉ、遅くなってごめん」
 縦も横も大きなバスケ部の選手――木吉鉄平が来た。
「遅いよ。あんま人を待たせるもんじゃないよ」
「アツシも人を待たせる方なんじゃないか?」
 紫原はちっ、と舌打ちする。
「どうしてわかんの~?」
「何となく、そんなタイプのような気がしたから」
「まぁね~。律儀に時間通りに来る黒ちんとかの方がオレには理解に苦しむし~」
「あれ?」
 木吉がきょとんとする。
「な~に~?」
「お前、結構頭いいんじゃないか?」
「何それ。バカにしてんの?」
「いやぁ、やっぱりイメージと違うなぁ、と思ってさ」
 そう言って木吉は能天気に笑う。
(やっぱ、コイツ嫌い……)
 でも、体の相性はバツグンだし……木吉は紫原を嫌っていない。むしろ、好意すら覚えているらしい。
(物好きな、変わったヤツ……)
 しかし、紫原も、木吉に会う為に秋田から東京まで来ているのだから、充分物好きと言えよう。陽泉高校バスケ部の監督、荒木雅子にがみがみ言われながら。
(雅子ちん、すごい怒ってたなぁ……まぁ、ムリもないけど)
 木吉に会いに東京まで行くと言ったら、監督は怒るどころか呆れるであろう。
「バカだよねぇ……」
 このオレが――。
 紫原が口でも心の中でも独りごちた。
「大丈夫。お前はバカじゃない!」
 木吉は親指を立てた。
「アンタのことだよ。バーカ」
「そっかぁ。日向にも言われてんだ。オレのこと、素でバカなのか確信犯なのかわかんないって」
 日向――誠凛高校バスケ部のキャプテン。意外と人のことをよく見てる。
 オレにも、こいつは確信犯に見える。
「バーカ……」
「――どうする? 前に行ったとこ行くか?」
「そうだね……」
 二人とも、何をしにこの街に来たかわかっている。紫原と木吉は以前行ったホテルへ向かった。

「あ……あう……」
 木吉が艶めいた声で喘ぐ。
「あ…つし……」
「ん……」
 紫原にも余裕がない。久しぶりなのだ。誰かを抱くのは。ここ数日オナニーもしていない。
 ――木吉以外、誰かを抱いたこともない。
「木吉、動いて」
「あ、ああ……」
 木吉は意外と抱かれるのが上手い。だから――。
(オレも、ほんと、バカだよねぇ……)
 バスケは嫌い。でも続けてる。
 木吉は嫌い。でも抱いている。
 紫原の中では、バスケも木吉も同類項である。
 こんなベッドの上で絡み合っている大男二人を見たら、それぞれのチームメイトは何て言うだろうか。過去の自分は? 未来の自分は?
(こんなもの、遊びでしかないんだよ)
 遊びでしかない。そう思いながらも、紫原は木吉の体を貪るのに、夢中になっている。
 誰かと体液を交換するのがこんなに気持ちいいとは思わなかったから――。
 行為の最中に木吉が言った。
「アツシ……」
「なに?」
「お誕生日、おめでとう」
 紫原が目を見開いた。電流が見ぬちを走る。
「な……!」
「言うの、遅かったか? ごめんな」
 いや、違う、そうじゃなくて、そうじゃなくて――。
「アンタ、オレの誕生日知ってたの?」
「うん。月バスの特集でやってたから――ぬいぐるみ買ってきた。アツシそっくりなヤツ」
「ふん。だから、アンタは嫌いなんだよ。ぬいぐるみなんて、ガキじゃん」
「オレはお前のこと、好きだけどな。ほんとはバッシュ買いたかったけど、サイズ知らなくてさ」
 足のサイズ、月バスに載ってなかったっけ? 記憶にはないけど。
「誕生日覚えててくれるなんて――室ちんみたい」
「それは嬉しいな。氷室君は何かくれたかい?」
「お菓子をね、たくさん」
 木吉が紫原の体の下で笑った。紫原が訊いた。
「――何がおかしいの?」
「いや、オレもお菓子の方が良かったかな~って、思ってたとこなんだ。安上がりだし」
「でも、オレ、室ちん嫌いになった」
「どうして? 誕生日にお菓子くれたんだろ?」
「でも、室ちんは女の人の方が好きだから……」
「ああ、それはねぇ……やっぱそっちの方が大多数なんじゃないかなぁ、うん」
 木吉は汗の浮き出た頬をぽりぽり掻いた。
「室ちんは、アレックスの方が好きなん――ん?!」
 木吉の方から体を起こしてぐいっと紫原の巨体を引っ張って来て、唇にキスをした。木吉はなかなか離してくれなかった。紫原は呻きながらじたばたと両腕を動かし――ぷはっと息を吐いた。
「――何すんだよ!」
「紫原敦。お前の気持ちはよくわかる」
 紫原のことをフルネームで呼んだ木吉は大人の笑みを浮かべていた。
「何で? アンタ、オレじゃないのに、どうしてオレの気持ちがわかるんだよ」
「オレも同じだからさ――」
「アンタの好きな人って?」
 もしかして男? もしかして――オレの知ってるヤツ?
 木吉は黙って微笑んでいる。
 紫原は腹が立った。どうしてこんな男に振り回されているのか。どうしてこんなヤツに見透かされているのか。
 木吉にだって好きな相手ぐらいいるだろう。なのにどうして――こんなに頭に来るのか。
「死んじゃえばいい! お前も、お前の好きなヤツも――」
「おいおい、物騒だな! うっ!」
「お前なんて壊れてしまえ――壊れてしまえ!」
 最後は涙声になった。悲しみもある時点まで来ると快感に変わる。紫原は木吉の中にどくどくと精を放った。心の傷と共に流して。紫原の悲しみはほんの僅か、薄らいだ。

「木吉――アンタ、他に好きなヤツいるのに、どうしてオレに抱かれんの?」
「ん……オレの恋は、多分一生叶わないことに気付いてる。だからさ」
「ふぅん」
 紫原は気の抜けた返事をした。
 オレノコイハイッショウカナワナイ――。
(同じだね、お前もオレも――)
 紫原は、初めて木吉が愛しいと思った。それは同志愛のようなものなのだろうか。
 紫原の最高で最悪な誕生日が過ぎようとしている。木吉からのぬいぐるみはゴジラをかたどったものだった。一応、捨てずに取っておくか、と紫原は思った。

後書き
ムッくん誕生日おめでとうございます。
紫原×木吉なんてここだけでしょう。
ワンナイト・ラブというのは風魔の杏里さんの書き込みから取りました。
2014.10.9

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