思い出のペンダント

「あ、あの……」
 青峰大輝は一人の女生徒に話しかけられた。少し太めだが、総合すればなかなかいい女だ。
「灰崎祥吾さんて、知りませんか?」
「ああ?」
 青峰の声がつい不機嫌なものになった。
 あいつ、この女とヤッたんじゃねーだろーな。しょうもないヤツだ。
 だが――次の女の子の言葉は、青峰をぶっ飛ばした。
「私、灰崎さんにお礼が言いたいんです」
「――はぁ?」
 この女、騙されてるんじゃないだろうな?
「灰崎に何の用だよ」
「あ、あの……私のこと許してくれたんです。そして、ママの形見もこの通り――」
 女の子は黒いチェーンのペンダントを取り出した。
 要領を得ない説明からわかったことは、女の子の名前は中原君子。去年母を亡くしている。母親が彼女のたった一人の家族だった。
 ペンダントは母の形見だった。
 それを福田総合のライバル校のバスケ部員に取られてしまい、返して欲しければ灰崎祥吾を呼び出して来い、と命令されたのだそうだ。
 何よりも大切な母の形見。返して欲しくて、灰崎を罠にかけた。
(まぁ、あいつの普段の素行からすれば、罠にかけられても仕方ねーよーな気もすんだけどな……)
 青峰が一人呆れていると、君子が言い募った。
「灰崎さん……不良だって言うし、確かに怖い外見だけど、悪い人じゃありません! 今日、WCに出場したって言うから来てみたんです!」
 私のペンダントも取り返してくれましたし――そう言って君子はチェーンをちゃらちゃら鳴らす。
「…………」
 まさかその灰崎をたった今オレがのしてきました、とはさすがの青峰にも言えない。
 ただ――
 いいとこあったんだな。アイツ。
 密かに感心もしていた。
「あー、あいつ、今会える状態じゃないんだわ……会ったら伝えとく」
「ほんとですかっ?!」
 君子がぱっと顔を上げた。
「お願いします! 宜しくお願いします!」
「おいおい……」
「私も、会ったらお礼言いたいんです。あ、これ、私の焼いたケーキです!」
「お、おう……ちょっと来な」
 そう言って、青峰はまだのびている灰崎のところへ案内した。
「だっ、誰がこんな……酷い。不良達をあっという間にやっつけてしまった彼なのに……誰ですか?」
 君子の台詞に怒りが点った。
 こいつ……もしかして灰崎に気があるのか?
「誰ですか! こんな酷い! 灰崎さんに暴力振るうだなんて!」
「あー、それ、オレだよ」
「ええっ?!」
 君子が青峰を険しく睨んだ。
「あなたはいい人だと思ってたのに――本当は悪い人だったんですね」
「まぁ聞けよ。こいつはお前の思っているようなヤツじゃない。お前を助けたのだって、きっと気紛れ――」
「気紛れでいいんです。このペンダントは、大事なものですから。それを取り返してくれたんだから――」
 君子はほう……とまたペンダントをちゃりちゃり鳴らした。
 黄瀬、すまねぇ。灰崎を憎むこと、オレにはどうしてもできねぇ。
 昔っからそうだった。アイツは自分から悪役を買って出ていた。
 中学の頃、集団エスケープをした時も、アイツは自分から泥をかぶった。
「それ」
 青峰は灰崎を指差した。
「起きたら礼でも言っとくんだな」
 そう言った青峰は笑顔だった。

「えー、そんなことがあったの? どーして言ってくんなかったのよ、もー」
「さつきぃ、うるせぇぞ」
 屋上の高台。青峰は幼馴染で同校の桃井さつきに気だるげに言った。
「今まで忘れてたんだよ」
「信じらんない! そしたら灰崎君のことも見直してあげたのに!」
「お前に見直されてもどうしようもねぇだろ」
「うーん。でも、灰崎君てやっぱりいい人だったんだね」
 いい人……か。ヤツが一番嫌がる言葉だろうな。
 悪目立ちでもいいから目立ちたいってヤツだもんなぁ……灰崎は。
 あんな妙な髪型にしやがって。修造サンいたら泣くぞ、ホント。
 そういえば、修造サンとはどうなったかなぁ。アイツ。アイツのこと本気で叱ってたのって、修造サンだけだったからなー……他はみんな諦めてたし。
 青峰はつらつらと考える。
 いつもよりは実のある考えだったと思う。
「ねぇ、灰崎君ともさ、バスケできるといいね」
「ああ! ムリだろ」
「でも、ちょっと夢見ちゃうんだよね。帝光中のバスケ部、楽しかったから! 最後は変な風になっちゃったけど」
「ああ……」
 赤司の変貌のせいかもな、と思う。けれど、それだけじゃない。
 みんな孤独の中を生き抜いている。『キセキの世代』という名の重さを背負いながら。
 コイツはきっと一生、ついて回る。キセキの世代の呼び名は。
 その名の呪縛から逃れている火神が羨ましいと、ちょっと青峰は思う。
 灰崎は本当にこんな肩書きが欲しいのだろうか。技だけでなく、黄瀬からキセキの名をも奪おうとした男。それとも――
 アイツ……君子とか言う女の為か。
 アイツにも義憤はあったんだなぁ。さつきじゃないけど、少々見直したのは確かだ。
「えー? 灰崎いたの?」
「いたいた。マジ」
「この近くじゃん。そのコート。こえーよ。コート使えなくなんじゃん」
「大人しく自分の学校の近くでやりゃいいのに」
「虹村サンがいるからかなぁ」
 会話をしているのは元帝光中の連中のものらしかった。
「こえーのは青峰だけでたくさんだよ」
「おい!」
 高台からジャンプして飛び降りた青峰が彼らを突き飛ばした。バランスを崩した二人は転んだ。
「オレのことはいくら悪く言ってもいい。それだけのことはしてんだからな。でも、灰崎の悪口は許さねぇ」
「え――?」
「あ、青峰君……ちょっと」
「オレもアイツにヒデェことした。だから、ちょっと罪滅ぼしってヤツがしてぇんだ」
「灰崎君は喜ばない……よ?」
「わぁってる。それでもだ」
「大ちゃん……」
「つーわけだ、オメェらオレがこれ以上キレる前に教室戻っとけ!」
「は……はいぃ……」
 元帝光中の二人は逃げて行った。桃井が拍手を送った。
「何だよー。何もでねぇぞー」
「大ちゃん……いや、青峰君、見直した。ちょっとあの子達可哀想だったけど」
「ふん。――今はここで寝る。邪魔すんなよ」
「うん。ノートとっといたげる。今回だけ特別」
 実は桃井が青峰の分のノートをいつも取っているし、青峰がそれを参考にすることなどまずないのであったが。
「勝手にしろぉ」
 と、青峰は応えた。
 君子は灰崎に礼を言っただろう。灰崎がうっぜぇなぁと思いながらも相手にしている様子を思い浮かべて、青峰は鼻を鳴らして笑った。

後書き
ノベライズ版、黒子のバスケに関するお話です。
ヒロイン(?)の中原君子という名前は、私がつけました。
2014.8.23


BACK/HOME