想い人はシンドバッド

「よぉー、バカ殿。いい格好だな」
 シンドバッドはジュダルを睨めつけている。その様子もなかなかそそる。
「俺に逆らうとどうなるか――知ってるよな」
 そう言って、ジュダルはシンドバッドの唇を貪った。

「…………」
 小鳥が鳴いている。もう朝なのだ。
「んあー、いつもの夢かー」
 まだ眠気が覚めやらないジュダルがくわぁと欠伸をする。
 にしても――夢の中のバカ殿はセクシーだな。
 そう思ってにやにやするジュダルであった。
 いつの日か、現実にしてやろうじゃないか。――そう企んでもいる。
 ジュダルはシンドバッドをバカ殿と呼んでいるがその能力は買っている。でなければ、こんなに執着したりしない。
 こんなに恋することも……。
 バカ殿のくせに――。
 俺もようやるわ。そう独り言を呟いてジュダルは伸びをした。

「ジュダルちゃん、元気がありませんわね」
 やたらとカラフルな着物を着た妙齢の女性が通りかかりに声をかけてきた。
「あ、なんだ、ババァか」
「失礼ね! ちゃんと紅玉という名前があります」
「わりぃわりぃ」
「…………どうしましたの?」
「いや、何だよ」
「いつものジュダルちゃんと違いましてよ、なんか悩んでるみたい」
「悩んでなんか……ねぇよ」
 ジュダルは落ちていた葉っぱを弄ぶ。
「もしかして――」
 紅玉はにやりと笑った。
「恋の悩みですの?」
 紅玉は獲物を見つけたハイエナのような表情をした。
 ちっ、こういう時だけ勘が鋭いんだから――。
 ジュダルは心の中で舌打ちをした。
「まぁ、仕方ないわね。この国の女性は私を筆頭に、いいこと? 私を筆頭に美しい人が多いから――」
「え? 何だって?」
「何で肝心なところ聴き逃すのよ! 私はね、ジュダルちゃん。あなたがいいと言ったら付き合ってあげてもよろしくてよ」
「ババァなんかこっちから願い下げだ」
「んまー! 何ですってー!!」
 きーっと怒っている紅玉を後目にジュダルは考えに沈んでいた。
 バカ殿、シンドバッド……。
 どうしてこうも自分を惹きつけてやまないのか。
 あいつと世界が欲しい。
 あいつとなら世界征服も夢じゃない。
(ジュダル……)
 夢の中での喘ぎ声。汗ばんだ滑らかな肌。
 俺は――あのバカ殿に恋してるのか?
 有り得ねぇ有り得ねぇ。あんなバカ。俺の気持ちも知らねぇで。
 知らねぇで――。
「ジュダルちゃん……すっかり恋する乙女ねぇ……」
「誰が乙女だ! 気色悪いこと言うな」
「あーら、ごめんねぇ」
 おほほほほ、と笑いながら紅玉は去って行った。
「ったく、俺は攻以外やらねぇっての」
 けれど、もしもシンドバッドがいなかったら紅玉に惚れていたかもしれない。
 あの女はあれで可愛いところがあるからな……。
 紅玉のことをババァと呼ぶのもジュダルなりの愛情表現なのだ。シンドバッドをバカ殿と呼ぶように。
(でもなぁ……どっちがいいかといえばなぁ……)
 どちらを選んでも苦労しそうな気がする。それに――
(俺は、やっぱりあのバカ殿が好きだ)
 ジュダルは独占欲が強いのでシンドバッドを誰にも渡したくない。例え紅玉にもだ。
 いつか犯ってやる! バカ殿!
 ジュダルは立ち上がってズボンの尻についた草を払った。

 ジュダルは自分の部屋に帰るとシンドリア国の宮殿を透視した。
 シンドバッドのそばにはジャーファルが。
(あ、あいつ、バカ殿に金魚のフンしてる奴だ)
 それがジュダルのジャーファルに対する認識だった。
「なぁ、相手してくれないか? ジャーファル」
「いけません。今は私も仕事中ですから。夜まで待てないんですか?」
「夜なら相手してくれるってことか」
「……仕方ありませんねぇ」
 相手って……夜のか?!
 許さん、バカ殿め!
 今すぐシンドリア国へ行ってシンドバッドを殴って来たかったが、自分にも仕事がある。
 なんせ、自分はこの国の神官なのだ。
 神官だというだけで敬われるのだ。こんな美味しい仕事はない。
 けれど、それには責任も伴っている。――そう。シンドバッドが実は国王としての重責に捉えられているように。
 シンドバッドがジャーファルとお楽しみをしても、それはそれで仕方ないのかもしれない。自分だってその気になれば引く手あまたなのだから。
(なんてったって俺、かっこいいしな)
 そう思っていささか調子を取り戻した。
 自分の方がバカ殿なんかよりずっと魅力的だ。ジュダルは本気でそう思っている。
 けれど――自分の愛撫で乱れるであろうシンドバッドもそれはそれで魅力的だろう。
(罪な奴だぜ。俺も――おまえも)
 ジュダルはふっと笑った。
 窓からは日光が差している。
 この国もいい国ではあるんだよなぁ……前の皇帝の方が良かったけど。
 気に入っているこの国も、いずれ近いうちに戦火に巻き込まれるんだよな……。
 そう思うと歓喜で背中が戦慄いた。
 その時のシンドバッド。見てみたいもんだぜ。
 世界が戦争を始める。
 ジュダルは血が騒ぐのを覚えた。それは欲情に似ていた。
 ジュダルは血に飢え乾いている。もっともっと、刺激が欲しい。
 シンドバッドとならそれができる。シンドバッドと組めばもっと大きなことができる。
(逃さないぜ! シンドバッド!)
 ジュダルは紫色の長髪のシンドバッドの姿を想い起こした。
 想い人はシンドバッド。
 シンドバッドさえ手に入れば、後はどうでもいい。――いや、戦争が始まるのもシンドバッドを手に入れるのと同じくらいスリリングなことだ。ジュダルは国のエゴとエゴとがぶつかり合う戦争が大好きであった。
 彼がジャーファル相手に鼻の下を伸ばしている間にジュダルは着々と布石を打っている。
 覚悟しとけよ! 特にバカ殿! まぁ、俺の愛人になると決めたら命だけは助けてやるけどな!
 シンドバッドには力がある。力がなければ人に非ず。――それがジュダルの考えであった。

後書き
戦争もシンドバッドも大好きなジュダル。
2013.3.19

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