黒バス小説『ぬことちょっぴりアホな真ちゃんの話』

「真ちゃーん」
 高尾のオレを呼ぶ声。オレ――緑間真太郎は相棒の高尾の方に顔を向ける。高尾が訊いた。
「何してんの?」
「――何してるように見える?」
「ええと……猫に戦いを挑んで威嚇されてる?」
「……大体合っているのだよ」
 太った茶トラの猫がシャアッとオレに向かって牙を剥いている。
「何で猫なんか構うの? 真ちゃん猫嫌いだったじゃん」
「おは朝で『猫と触れ合うのが吉』と言っていたからなのだよ」
「またおは朝か……」
 高尾は呆れたように言う。まぁ、いつものことだと考えているに違いない。
「猫だったらどんな猫でもいいの? だったら、そんな可愛くない猫相手にしなくたっていいじゃん」
「しかし、他にどんな猫がいいのか……」
「猫カフェ!」
 高尾和成がとっておきのスマイルで言った。
 ……ああ、猫カフェか……だが、いまいち行く気になれなかったのだよ……。
「そこなら可愛いぬこちゃんもいっぱいいるからさ」
 ぬこちゃん――ああ、猫のことか。でもオレは、どんな猫も好きになれないし、可愛いと思えないのだよ。
 女学生なんかが猫を見て、
「かーわいーい」
 と、一オクターブ高い嬌声をあげるのも理解できないのだよ。まぁ、可愛い自分を強調する為の演技かもしれんが。
 しかしまぁ、背に腹はかえられない。案内するからさ、とまで高尾に言われては断ることはできない。オレは高尾について行った。

「真ちゃん、そんなガチガチに固まんなくても……」
「お前は猫好きだからな。オレの気持ちなどわからんだろう……」
 にゃーん、にゃーんと猫の鳴き声が聞こえてくる。オレは緊張していた。
「真ちゃんてさ、どうして猫が嫌いなの?」
「猫は引っ掻くのだよ……」
「それだけ?」
「それだけとは何だ! 引っ掻き傷から黴菌が入ったら困るだろう! それに……実際猫に引っ掻かれたこともあるしな」
「心理的な猫アレルギーか。だったら克服することもできるよな。その猫に触ってみ?」
 高尾がけしかけるので、オレは大人しそうな一匹の猫に手を差し出した。
 その途端――
 シャアッと猫が威嚇した。
「うわあああ!」
「し……真ちゃん……」
「やっぱり猫など碌な生き物ではないのだよ!」
「真ちゃんが猫嫌いなの伝わったんじゃない?」
 さっきの猫は高尾によーしよし、とあやされて膝の上に乗っかっている。調子のいい猫なのだよ。全く。ゴロゴロと甘えた声出して。代わりたいのだよ……。
「真ちゃん……猫のことはさ……バスケットボールだと思えばいい」
「バスケットボールか……」
 バスケットボール、バスケットボール……。よし、それなら平気で触ることができるのだよ。
「真ちゃん! 投げちゃダメ!」
 オレは無意識のうちに猫を投げていたようだった。因みにその猫はしゅたっと見事着地し、他の客から拍手喝采されていた。
「真ちゃーん。ぬこ投げてどうすんの」
「ボールは投げるものだろう」
「あれは物の例えだよ!」
 高尾は、これだから天然は……と頭を抱えていた。
「お客様。当店では猫を投げることは禁止されております」
 と、店員が言ったので、オレと高尾は揃って、
「すみませんでした」
 と、謝罪した。――と、そこへ。
「高尾君。緑間君」
 と、涼やかな声が聞こえた。
「お前ら、何やってんだよ」
 と言う、男の呆れ声も。黒子テツヤと火神大我だった。
「うわーん。黒子、火神ー! こいつ、もう面倒見きれないよ」
 高尾が黒子に抱き着く。黒子が高尾の頭をよしよしと撫でる。
「様子は見てました。災難でしたね。高尾君」
 黒子も火神も笑いを堪えているようだ。
「何がおかしいのだよ」
「ね? 何がおかしいのかわかってないところがまた……」
「緑間君て、時々アホなんですよ」
「オレよりバカかもな」
 むっ、黒子とバ火神め!
「ねぇ、真ちゃん、今のはわざとだよね。わざとウケ狙いしたんだよね、ね、そうだと言って?」
「ウケ狙い? 何がだ」
「高尾君。残念ながら緑間君は真剣です。ウケ狙いなんかする人じゃありませんよ」
「――だとさ」
「うわああん。これからもこいつの面倒見るのやだよー」
 高尾が泣いた。面倒見てるのはオレの方だと思うがな。
「――火神君はバカでも常識人で良かったです」
「黒子……バカは余計だ。それに、緑間のあれはボケを越えてるぞ」
「……ということで、がんばってください、高尾君」
「うええっ?! 黒子オレのこと見捨てんの?」
「だって、君達とボク達はライバル同士でしょう? 敵に塩は送りませんよ」
「黒子ぉぉぉぉぉぉ!」
 高尾が何だかんだと騒いでいる間に、一匹の猫がオレの方にすり寄って来た。
「にゃあん」
 ん? この猫、どことなく高尾に似てるな。オレはひょいと抱き上げた。
「緑間君!」
「し、真ちゃん、落とさないでね」
「にゃあ」
 口を開くと八重歯がきらりと光る。何となく、笑っているように見えた。
「可愛い……かもな」
「え? 真ちゃんがぬこ可愛いって?」
 ぱっと高尾の顔が明るくなった。変わり身の早い奴だ。
「いやぁ、真ちゃんがぬこ好きになってくれれば、こんなに嬉しいことないよ」
「そうですけど……この猫、高尾君に似てません? なんか、全体的な雰囲気とか」
「そうだな」
「え? そう?」
 大の男三人が詰め寄る。オレが膝に乗せた猫はそれにも構わずに「にゃあん」と答えた。
「こらこら、猫がびっくりするだろう」
「真ちゃんが……ぬこのことを気遣ってる?!」
「とてもさっき猫を投げた人の発言とは思えませんね」
「――だな」
 高尾と黒子と火神は驚いたり呆れたりしているようである。――何だかさっきからバカにされてるのだよ。うるさい奴らだ。たかが猫のことだろう。
「真ちゃんを猫カフェに連れてきたこと、まずは成功……と見ていいのかなぁ」
 高尾が言う。おは朝占いは外れたことがない。――オレは、生まれて初めて猫を可愛いと思った。そして、少し猫を見直した。
 今度は一人で来よう。――この、高尾似の猫に会う為に。

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