アクター・ノンストップ 「ええっ?! 僕が主役ですか?!」 マシュー・ウィリアムズが驚きの声を上げた。 「びっくりしたろ?」 準主役のフランシスが二ヨ二ヨ笑っている。 「でも、いいんでしょうか……僕なんかが……」 「いいんだよ。おまえにしかできないって、な、菊」 「ええ。これはわりとヘタレな人しかできない役なので」 「ヘタレなんだ、僕……」 マシューは少し複雑な心境だった。 「ヘタレと言ったら、フェリシアーノだってそうじゃねぇか?」 「そうですね。でも、これはマシューさんのイメージで書きましたから」 「どうして、俺が脇役なんだい?!」 アルフレッドが乱入した。 「ああ。アルフレッドさんには、今回脇を固めてもらおうと思いまして。名脇役なんてそういるものではないですよ。場合には主役より美味しいところを持っていけますからね」 「そうか……俺は名脇役なのか……」 アルフレッドは納得したようだった。 「やぁ、マシューくん、がんばって俺の見せ場作ってくれよ。HAHAHA」 (単純……) と、そこにいる誰もがそう思った。 「カメラ回しますよー」 「照明さん、お願いしまーす」 (うわぁ……なんか、ドキドキ、してきたなぁ) マシューの精神は高揚してきた。何せ、初めての主演映画なのだ。 アメリカの映画はよく観るけれど――。 (あんな感じで、いいのかなぁ) 今回はアクションものだ。それに、若書きであることは拭えないが、菊の台本もちゃんとしっかりしている。話も面白い。 本田菊は、この映画の監督兼演出だ。 「私はこれで、第二のクロサワになるんです」 マシューには、クロサワというのがどんな監督かは知らないが、世界で有名な監督らしい。 「キタノでもいいですけど」 彼のアクションには定評がある。それも、例によってマシューは知らなかった。 (みんな……僕はやるよ。クマ三郎さん) マシューは、またクマ二郎の名前を間違えている。しかし、クマ二郎も、マシューの名前を知らないので、お互い様と言ったところか。 「リラックスしていけよ。マシュー」 フランシスが気安くぽんと台本でマシューの肩を叩いた。 夢のようだ。マシューは思った。 空気キャラ、いるかいないかわからない。ずっとそんなことを言われてきた。 でも、今回は主役の座を与えられた。一生懸命やらなければ、嘘である。 「カメリハ、行きますよー」 演技自体はまずまずのものだったと思う。けれど、アルフレッドからは、 「ダイナミックさが足りないよ、ダイナミックさが」 と言われてしまった。 「OK。この演技でいいんだ」 フランシスが庇ってくれた。 「フランシス、君、甘過ぎるぞ」 「何とでも言え。俺はマシューに惚れてるからな」 「えええっ?!」 それは役柄上の中だけではなかったのか。マシューが驚いて、口を挟もうとすると、 「これでいいんですよ。お上手ですよ。マシューさん」 菊がメガホン片手に声をかけた。彼は、おだてて役者をその気にさせる術に長けている。 尤も、マシューにその必要はなかった。 アルフレッドのように、打てば響くというわけではなかったが、役柄は一歩一歩、着実に自分のものとして掴んでいる。 「だいたい君は地味過ぎるんだぞ」 (うっ……!) アルフレッドに痛いところを突かれた。 確かに彼のような派手さはないかもしれないが……。 (僕だって一生懸命やってるのに) 「おい、こら、アルフレッド。マシューをいじめるな」 アーサーが割って入った。 「いじめてなんかいないんだぞ。事実を言ったまでさ」 「まぁ、主役じゃないんで面白くない気持ちはわかるが……」 アルフレッドは、無類の目立ちたがりである。一旦引き受けたものの、主役でなければ嫌だ、という思いがあるらしい。 「アーサー、君の出番はずっと後だろ」 「心配で見に来た」 「俺の心配?」 「ばか。マシューの心配に決まってるだろ」 「ああ、そうそう。アーサー、君の今回の役、酷いね。鬼畜だ」 「悪いかよ」 「君にぴったりだけどね」 「何とでも言え。俺はどんな役でもこなすからな」 「そうだ。アルフレッド。おまえ、マシューに当たるのはよせ」 キューバの登場である。 「あれ? 今回人名すら出てこないキューバじゃないか。君なんか、マニアにしかウケないんだぞ」 「特にウケようとは思わん」 キューバはそう言ったが、面白くないことは確かだ。 「さぁさ、本番だぞ、おまえら」 ぱんぱんとフランシスが手を叩いた。こういうのは、本来ならルートヴィヒの仕事なのだが、彼は今、用があって出られない。 「シーン24は、これでいいですね。本番行きまーす」 菊が声をかけた。 「3、2、1……キュー!」 演技するのがこんなに面白いなんて思わなかった。 マシューは一人、顔を紅潮させていた。口元には微笑み。 演技している間は、別の人格が宿る。アルフレッドに振り回されっぱなしの、マシュー・ウィリアムズとは違う。 (俳優って、楽しいな) 今度は脇役でもいいから、また出演したいと、マシューは思った。 「マシュー!」 アルフレッドが急に抱きついてきた。 「ごめんー。君がこんなに上手いなんて知らなかったよ! いろいろ言ってごめんー」 「いいよ。気にしてないから」 マシューは言った。 (いつものことだしね) 声に出さずにそっと付け足す。 「まぁ、素直にマシューの演技を評価できるようになっただけ、成長したな、アルフレッド」 アーサーが口を挟んだ。アルフレッドが、マシューの肩越しに、アーサーに向かってあっかんべーをする。 「おーい。差し入れ持って来たでー」 アントー二ヨだ。 「わぁ、お菓子だ!」 アルフレッドが子供みたいにはしゃいだ。――実際、まだ子供なのだが。 「チュロスやで。今日は俺、出番ないみたいで寂しいわぁ。ロヴィーノからもよろしくだって」 「へぇ。ロヴィーノが。ほんとは悪態ついてたんじゃないか?」 アルフレッドの想像通り、ロヴィーノは怒って怒って、怒り疲れて寝入ってしまった。 「ヴェネチアーノの馬鹿野郎にも役があるというのに、俺は何もなしかよ!」 と言ったとか言わなかったとか。 「ま、今回ローデリヒやギルの奴にも出演依頼はなかったと言うしな」 「次回作がありますよ」 菊がはんなりと微笑んだ。 マシューの出た作品を上映した映画館は、毎日超満員だったと聞く――それは後の話であるが。 後書き 『もし、ヘタリアのキャラ達が俳優だったら』というテーマで書いてみました。 ……マシューの「ええっ?! 僕が主役ですか?!」で、全ての流れが決まりました。マシュー、ありがとう。いいもの持ってますよね、彼。 ちょうどタイムリーに、今ヘタリアの映画やっていますが。盛岡ではやんないのかな。観たいヨ。 空気キャラも、或る意味俳優としては得な条件? 名優ほど素顔は平凡と言いますよね。そうとは限らない場合も多々あるかと存じますが。 なお、タイトルはパプワの高松本の『ドクター・ノンストップ』をもじりました。当時は出す予定だったのですよ。そういう名前の高松本。でも……もう出さないでしょうね。時期を逸してしまったよ(遠い目)。 『OVER THE TROUBLE』の舞台裏として書いたのですが、単独でも読めると思います♪ 2010.7.5 |