日本一になったら

「完璧ね! さすが日向君は床屋の息子ね」
「はぁ?! だから床屋じゃねぇし」
 オレ――日向順平は『日向理髪店』の店主の息子でもある。
 リコは気合入れ直す為にオレに散髪を頼んだのだ。そんなところがリコ――相田リコのいいところでもある。
 オレは誠凛高校のバスケ部の主将として、日本一にこの高校を導きたい。勿論、チームメイトと呼吸を合わせてだ。
 仲良しこよしのチームプレイはチームプレイとは言わない……いつだったか、リコの父親の景虎さんが言った言葉だ。リコはカントクとして今までオレ達を鍛えてくれた。
 ありがとう。
 日本一になったらオレは――。
 相田リコに告る。全裸でじゃなく。
 オレはリコが好きだ。強情っぱりなところも、そのくせ優しいところ、笑顔が似合うところも。まぁ、鬼のように練習メニュー出すところはあれだが。それから、胸ももうちょっとあった方がいいなと思うのだが。
 オレは、リコの笑顔が好きだ。
 笑って日本一の座を皆で勝ち取りたい。そしてリコに――日本一のカントクの座を贈りたい。
 木吉も足の怪我で今年でバスケは辞めるだろうし、そうなったらチームを支えるのはオレ達だ!
「オレ、このチームでプレイできて良かったよ」
 木吉はそんなことを言っていたらしい。オレも――木吉や火神のようなすげー奴らと試合に出れたことが嬉しい。あと、黒子も。
 小金井や土田も応援してくれている。
 数多の強豪と戦って、今、誠凛バスケ部は一つになっている。洛山にも負ける気がしない。
 ――まぁ、秀徳を破った高校だ。強いには違いないし、負けるかもしれないけど――。
 いや、オレ達は必ず勝つ!
 例え洛山の主将赤司がどんな強者であろうとも!
「日向君?」
「ああ、わり。考え事してた」
 今は冬の真っただ中。リコ、首筋寒そうだな。さっきもくしゃみしてたしな。
「リコ、冷えねぇか。ほら」
 オレは自分のマフラーを貸してやった。
「ありがとう、日向君」
 リコはオレのマフラーに顔を埋めると、
「あったかーい」
 と笑顔で言った。
 ああ、こっちもキュンとなるな……。こういうところで、リコも女なんだな、と思う。
 思えば長い付き合いだ。オレはリコが好きだが、リコはオレのこと、どう思っているんだろう。
 ――まぁ、返事は勝ってから訊くか。
「日向君。ほら」
 リコは拳を突き出した。
「? 何の真似だ?」
「グータッチに決まってるでしょ」
 リコは……恥ずかしいのか少し怒ったような声で言う。そういえば、リコとグータッチなんてあまりしなかったな。
「ああ」
「勝ってね」
「たりめーだろ」
 オレも苦笑交じりに拳を突き出す。拳と拳が合わさった時に、どきんとなった。
「カントク――いや、リコ。オマエのおかげでここまで来れたぜ」
「何言ってんのよ。バスケ部の皆で力を合わせたおかげでしょ? それに、黒子君もすっかり打ち解けて」
「ああ、そうだな」
「でも、私も役に立ったんなら嬉しい」
 充分リコは役に立ってるよ。
 そう言いたかったが、恥ずかしくて言葉が出ない。さっきの台詞も恥ずかしかったしな。オレにとってはあれが限界だ。木吉と違って。
「日向君はさ、高校卒業してもバスケ続けるの?」
「はぁ? んなこと、決まってんじゃねーの」
「大学のバスケじゃなく、プロにならないのかって訊いてるの」
 確かにプロの話は来てる。だけど――。
「んー、ならねぇかもな」
 もう、最高のチームに出会ってしまったから。高校を卒業しても忘れない……。
 だから、この最高のチームで、日本最高になる。
 これが青春ってヤツか。……ちょっとクサいけどな。
 熱くて一生懸命で、ほんのちょっと切なくて……。
 リコを好きな気持ちに、どこか似ている。
「日向君、あのね……私も誠凛が日本一になったら言いたいことがあるの」
「そっか……じゃあ、今は聞かねぇ」
 洛山戦も控えていることだしな。
 無冠の五将が三人もいる上、恐らく史上最高の天才赤司征十郎が率いる、洛山高校バスケ部。
 しかし、今オレは武者震いが止まらない。
 頑張るよ、オレ。きっと皆も……。
 黒子の話で、また一段と絆が深まったような気がする。
 バスケをなめくさったプレイをしたキセキには負けらんねぇ! 特に赤司の野郎はぶっ潰す!
 あの時のキセキの奴らが目の前にいたら、オレもボコボコにしてやったな。火神もそうだろな。あいつはあいつでうじうじしてるとこもあったけど。
 火神も黒子も何か吹っ切れたらしい。荻原というヤツは気の毒だけど。
 今は――次の試合に集中したい。
「リコ――いや、カントク。作戦頼む」
「――わかったわ。任せて」
 リコは力こぶを作った。――と言っても、服の上からだし、女だからそんなにはないんだけど、非力ということだけはまずあり得ない。むしろ力は強い方というか、凶暴というか――。
「それにしても、日向君……私今、ちょおっと日向君のこと、殴りたくなってきたなぁ……」
 げっ! 心の声を読まれたのか?! リコってもしかして妖怪サトリ?!
 まぁ、リコもすげぇヤツだということは知ってたし、心を読まれても不思議はないかと思うんだが。――いや、オレまで思考回路が木吉みたいになってどうする。
 あれは――そうだ。表情でわかったに違いない。もう長い付き合いだもんなぁ……。でも、ちょろっと凶暴と思っただけだし……。
「冗談よ、冗談。でも私、日向君とはもう長い付き合いだからわかるのよね。今、悪口っぽいこと考えてたでしょ」
「考えてない考えてない」
「本当~?」
「本当だっての!」
 オレは慌てて首を振る。痛くもない腹を探られているようで……いや、ちょっと痛い腹かな。
 リコが近付く。
「ま、いいわ。今日だけは大目に見てあげる。なんせWC決勝戦まで来たんだもんね。うちら」
 オレとリコは顔を見合わせて、ふっと笑った。
「オレ、バスケやってて良かった」
「ほんとね。バスケやってない日向君なんてただの似非ヤンキーだもんね」
「それを言うなよ……」
「日向君も木吉君も、本当にバスケが好きなんだってことがわかったから――私もめいっぱい手伝うことができたわ!」
 リコは――誠凛で一番の女丈夫だと思う。武将に例えれば、平安末期の巴御前かな。戦国武将じゃねぇけど。
 でも、リコのヤツ、ちょっと女らしくなってきたよな。色気が出てきたっつーかなんつーか。勿論、桐皇の桃井サンには敵わないけれど。実力はトントンでも、色気では。
 まぁ、その分力もアップしているわけだけど。
 オレは思うところあって溜息をついた。
「ほら、人のこと見て溜息つかない! 怒るわよ! 何か言いたいことがあったら言いなさい!」
「――言ったらどうなるんだよ」
「リコ、気に入らなかったら練習メニュー五倍にしちゃうからね☆」
 殴られるより酷ぇペナルティじゃねーかそれ! つーか、星を飛ばすな星を。
「オレら、これからWC最後の決戦を控えてる訳だけど――ということはそれが終わった後か……」
「んー、でも、今のアナタ達なら、それも余裕でこなしそうだけど?」
 さすがに余裕じゃねぇよ……。
「それに、WCが終わっても私達の戦いはまだ終わらないわよ!」
「――そうだな」
「んで、何か言いたかったんじゃないの?」
「う……いやいやいや、何も……」
「……日向君は昔から隠し事がからきしダメねぇ……もういいわ。言いたくないなら私も今は訊かないでおいてあげる。さっき今日だけは大目に見るって言っちゃったし」
 ああ、そういえば、そんなこと言われたな……。
「じゃあね。マフラー借りてもいい?」
「おう。返すのはいつでもいいから」
「ありがとう」
 リコは上機嫌になってオレん家の床屋――いや、理髪店を出て行った。相変わらず喜怒哀楽の激しい女だ。でも、いつまでも引きずらない。そんなところも含めて好きだ。
 だけどさ――今は言えねぇよな。惚れ直した、だなんて。

後書き
日向クンなら、勝っても負けてもリコに告白するんじゃないかな。勝手にそう思ってます。
2014.3.19


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