一人で泣かないで

※12禁注意。

 アリババはシンドリアの宮殿の庭でぼやっとしていた。
 外はいい天気だ。花も歌っているような気がする。
 アリババは木に寄りかかったまま、ひとひらの雲を浮かべた青い空を見ている。
 黒い影が差しこんだ。
 空飛ぶ絨毯の上に黒髪を編んだ少年。
「よぉ。アリババ」
 この禍々しく纏いつくルフは……。
「ジュダル!」
 ジュダルは絨毯から降りた。
「アンタさぁ、やるじゃん。あのバカ殿とチビのマギをたらしこんだなんて……人は見かけに寄らないよな」
「帰れ!」
 だが、ジュダルはあっさりと無視した。
「おまえにどんな魅力があるってわけ? まぁ、確かに可愛い顔はしてるがな」
「帰れっつってんだろ!」
 眠気も吹っ飛んだ。アリババは戦闘体勢に入ろうとする。
「おっと。今日はそんな用で来たんじゃねぇんだ。俺も戦いは好きだけどな」
「じゃあ、何で……」
 アリババの台詞の途中でジュダルは懐に入って来て無理矢理唇を奪った。
「ん、ん~!」
 ディープキスの後、アリババはぐったりした。
「へぇ、色っぽい顔すんだな。……バカ殿からおまえをかっさらうってのも面白そうだな。――俺がおまえに教えてやるよ。本当の快楽をよ」
「い……嫌だ……!」
 アリババは逃げようとするが、体が動かない。
「何をした! 貴様!」
「ま、ちょっと足止めをね」
 ジュダルが簡単に言った。
「それより遊ぼうぜ。なぁ、可愛い王子様。いや、お姫様かな」
 ジュダルの瞳が凶悪な光を放った。

 用が済むとジュダルは帰って行った。
 アリババは身も心もぼろぼろだった。
(俺は……あんなヤツ相手に感じちまった……)
 確かにモルジアナの言う通り、節操ないのかもな、とアリババは泣きながら笑った。
 あんな男相手に快楽を覚えてしまった自分が情けなくて、許せなかった。
 アラジンの時とは全然違う……。
 強くなりたい。
 あいつは俺が、必ずこの手で……!
「大丈夫ですか、アリババさん」
 このアルトがかった声は――
「モルジアナ!」
 アリババは急いで起き上がり、ぼろきれ同然になった上着で前を隠した。
「アリババさん、誰かに襲われました?」
「え? あ、ああ……」
 ははっ、情けねぇよな、俺ってヤツは……。
 モルジアナの顔が見れねぇぜ。畜生。
「こっちを向いてください。アリババさん」
「いいんだよ。こんな男に優しくしなくても! 俺は……節操無しなんだから!」
「アリババさん……私もアリババさんの気持ち、わかるような気がいたします」
「え……?」
「私も領主様に勝手なことされたことがありますから」
「何だって?!」
 モルジアナは変わった顔立ちはしているが、エキゾチックな美少女である。赤毛の髪は戦闘民族であるファナリスの証。
 こんな子供に――なんて腐った野郎なんだ! あの領主ジャミルめ!
「でも……愛する者ができて私は変わりました。さぁ、元気を出してください。アリババさん」
 そして、モルジアナは顔を近付け――
 優しく唇にキスをした。
 アリババは泣いた。こんな風に誰かに優しくキスされたのは――久しぶりのような気がする。
「好きです。アリババさん」
 モルジアナがひたとアリババを見つめながら言った。
「ん……俺も……」
 立ち上がろうとしてふらついた。
「無理はなさらないでください」
「ありがと……」
 アリババはモルジアナに肩を貸してもらった。
「痛みますか?」
「いや、そんなには――」
 これが慣れてきたってことなのかな。アリババは自嘲した。
「敵に会ったというのに何も攻撃できなかった……悔しいぜ……せっかく強くなれたと思ったのに……俺にもアラジンみたいな力があれば……」
「アリババさんは……強いです」
 モルジアナはぽつりと言った。
 アリババはこの素っ気ないが優しい彼女が好きだった。
「だからこんなことで潰れないでください。落ち込んでもいいけど――潰れたら相手の思うツボです」
「……だよなぁ……」
 俺は強くなりたい。強くなれる。
 憎しみではなく愛の力で。
 モルジアナ。アンタが好きだ。アラジンと同じくらい、好きだ。
 でも、それではあまりにも気が多過ぎると思って彼女には黙っていた。
 アラジンが駆け寄って出迎えてくれた。
「モルさーん。あ、アリババくん! そのかっこは……」
「何でもないんだ、ははっ」
「――アリババくんは相変わらず嘘つきだね。黒いルフが見えるよ。ジュダルってヤツにやられたんだろう?」
「……まぁ、な……」
 隠しだてしても仕方ないと思い、アリババは正直に認めた。
「許さない――僕のアリババくんに……! アリババくん、ジャーファルさんに言って服を貸してもらったら?」
「でも、こんなかっこ……他の人にはあまり見せたくない……」
「ジャーファルさんは信用できるよ。シンドバッドのおじさんはどうかわからないけれど」
「ジャーファルさんのところまで連れて行きます」
 モルジアナは足をひきずっているアリババに寄り添って歩いて行った。
「本当はお姫様抱っこが一番手っ取り早いのですが、それではアリババさんが恥ずかしいでしょう」
「これも充分恥ずかしいけどな」
「そんなところもアリババさんらしくて好きです」
「……どういう意味だよ……」
 笑いたいと思ったわけではないので、何故か吹き出した。
 暖かい空気に包まれた。
「ジャーファルさん……」
「うわっ! アリババさん……その姿……まさかシンドバッド王にやられたのですか?!」
「違うよ……」
「では誰にやられたのです?! 隠さなくていいのですよ!」
 アラジンが『ジャーファルさんは信用できるよ』と言ったことを思い出し、
「――ジュダルです」
 と、告げた。
「そうですか……あの男、どこまで下司なんでしょう……! 着替えを持って来ますね!」
「頼む……」
 アリババが言うと、ジャーファルが奥へと引っ込んだ。
 なんだってこう急にモテるようになったんだろう……アリババは疑問に思った。モルジアナに惚れられたのは男として嬉しいけれど。
 ジャーファルが新しい服を持ってきてくれた。アリババは感謝と礼を述べた。
「あの……このことは、シンドバッドさんには言わないでください」
 シンドバッドが怖い……というより事実を知られたら自分の沽券に関わる。アリババにも男としてのプライドがあるのだ。
 モルジアナが気を使ってくれているということに対しても複雑な感情が渦巻いているのに、その上、男の中の男、昔から憧れていた七海の覇王に知られたらと思うと――。
 いや、そんなことは考えまい。アリババは急いで首を振った。
「勿論、あのお方には伝えないでおきます」
 ジャーファルは心得たというように頷いた。
「アリババさん」
 呼ばれてアリババはそばにいたモルジアナの方を振り向く。
「あなたには――私達がついています。だから、一人で泣かないでください」
 モルジアナはほんの僅か、口元に笑みを浮かべた。可愛い――とアリババは思わず見惚れてしまう。
 涙はもうすっかり涸れ果てた。

後書き
アリババ受難体質?
ジュダアリよりモルアリがメイン?
2013.2.3

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