バーナビーの内職を知って 「なぁ、バニ―ちゃん」 俺――鏑木・T・虎徹はバニ―ちゃん、いや、バーナビーに話しかけた。 「何ですか?」 バニ―には特におかしい様子もない。いつもより翳があるように見えるのは気のせいだろう。 「あれさ、俺の手紙のことだけど……」 「また蒸し返すんですか? 虎徹さん」 「いや、ほら、犯罪がらみでバニ―ちゃんが調べてるとかだったらなーって、思うんだけど……」 ていうか、何で俺がこんなにあたふたしなきゃいけないわけ? 立場逆だろ? 「すみません……犯罪がらみではなく、ただただ虎徹さんを不快にさせたくなかったんです」 「いや、いやいやいや」 俺は左右に慌ただしく手を振る。 「そっか……」 こういう時、何て言えばいいんだ? ありがとうか? 勝手に人の手紙見るな、か? クラシックの演奏が静かに流れている。俺もバニ―ちゃんもお馴染みの店だ。俺はウィスキー、バニ―ちゃんはロゼとかいうワインだ。 「迷惑でしたか?」 「うーん……」 迷惑であるかいまいちはっきりとしない。バニ―ちゃんが俺の為にやってくれたんなら、ありがたいとも思うけど、ちょっと行き過ぎじゃね?とも思うのだ。 「でも、どんな内容でも俺だって一応目は通したいよ。俺のところに来たんだったらさ」 「…………」 ワイングラスをくるくる回すバニ―ちゃんは、こう言っちゃ何だが様になっている。 金髪は少し色褪せているが、それを補ってあまりある甘いマスク。紫の六角形の眼鏡。 この世には、こんなハンサムもいるんだなって気にさせられる。ヒ―ロ―仲間も彼をハンサムと呼ぶ。数十年後にはどうなっているか知らないが――これっておじさんの僻みかな。 そういえば、バニ―も前は俺のことおじさんて呼んでたっけ。今は『虎徹さん』だけど。 バニ―ちゃんに認められたって思って、嬉しかったよ。 けれど、どうして俺の手紙なんかチェックする気になったんだ? 犯罪がらみでないなら。 いいや。バニ―ちゃんが何か隠しているという可能性もある。 「なぁ、バニ―ちゃん」 「何です? 虎徹さん」 この頃バニ―ちゃんは実に嬉しそうに、『虎徹さん』と呼ぶ。尻の辺りがむず痒い。 「バニ―ちゃんはさ、どうして俺の手紙をチェックしてるの? つか、そんなに暇なの?」 「暇ではありません。虎徹さんがさぼるから仕事がたまるんです」 バニ―は実にはっきりと言い切った。 ま、さぼった俺も悪いんだけどさ……。 「大体、バニ―ちゃんには手紙いっぱい来てるじゃん。俺宛ての手紙なんか読んでいる時間、そっちを片付ける方に当てた方が良くない?」 「ええ。ファンレターには全部目を通してますよ」 この不自然でない爽やかさがむかつく。 でも……本当にいろいろ考えてんだろうな。自由時間なんてないも同然じゃねぇか。 それとも、バニ―は要領がいいからちゃっちゃと片付けてんだろうか。ファンレターも、仕事も。 ちょっぴりそのスキルが羨ましい。 「バニ―ちゃんのところには変なの来ないわけ?」 「来ますよ結構。脅迫状紛いのも」 「それで平気なわけ?」 「慣れてますから。それに、好意的な内容のものの方が圧倒的に多いですしね」 「そりゃそうだろうよ」 「虎徹さんのファンは少々思い込みの激しい内容のものがたくさんありますからね。『正義の壊し屋』だから」 「わりぃかよ」 「年甲斐もなく暴れないで、落ち着いたらどうかってことですよ」 ねぇ、何で俺、バニ―ちゃんに説教されなきゃならないわけ? 俺の方がバニ―ちゃんより一回り以上年上よ? 「わかった。じゃあ、これから俺宛ての手紙は見んな。どうせ脅迫状が入ってたって、実行するやつぁすくねんだからよ」 「駄目です。万が一のことがあったらどうしますか。虎徹さんは僕が守ります」 「守ってもらわなくたっていいって。俺、そんなに頼りなく見える」 「見えます」 さっくり言われてとほほな俺……。 何でこんな若僧に心配されなきゃいけないの? バニ―ちゃんの頬が赤くなっている。もしかして酔ってる? 「自分でも初めてなんです。こんな気持ちは。最初は鬱陶しいおじさんとしか思っていなかったのに」 鬱陶しいって、俺のことか? そいつは悪かったな。 「なのに、いつの間にか虎徹さんのことばかり考えるようになって――」 ま、バディだもんな。 「好きです! 虎徹さん!」 って、えええええ?! まじかよ、おい。 酔ってるんだよな、酔ってるんだって言え、この! 「あ……すみません、酔ってましたね」 そうだ。酔ってるんだ。バニ―ちゃんも、俺も。 その事実に少しだけ胸が痛い。 だけど、ひとつだけわかったことがある。 俺も嫌いなヤツの為に手紙をチェックしようなどとは、思わない。多分バニ―だってそうだろう。 犯罪がらみでなければ、純粋に俺の為……か? 初対面の時は、こんなに情の深いヤツだとは思わなかった。というか、喧嘩ばかりしてたよな、俺達。 俺はそっとバニ―の肩に手を回す。 「俺も――バニ―ちゃんのことが好きだよ」 すると、バニ―ちゃんが、俺のこめかみにキスをした。 俺は真っ先に、 (すまん、楓) と、思った。 何でそんなこと考えるんだろう。やましいことがなければ平然としていればいいのに。 「バニ―ちゃん……?」 「貴方のことを考えると――胸が熱くなるんです」 そう言われて俺も熱いものが込み上げてきた。 ああ、そうか。 だから、すまん、楓、なのか。 俺は――バニ―ちゃんに恋してる。 けれど、バニ―はそれじゃいけない。もっと年相応の女の子と付き合うべきだ。――おじさんの決めつけかな。 バニ―にはブルーローズもいるし、ちょっと年が若いけど、ドラゴンキッドだっている。 俺に付き合って、人生すり減らしてはいけない。 「バニ―ちゃん……気持ちは嬉しいけど、もっと視野を広く持とうよ。おまえモテるんだからさ。いい女見つけて付き合いなよ。そんで、デートに行ったりして、そのうち親密さが増して結婚したりして、家族を持って……」 俺は鼻を啜った。 泣いちゃいけない。俺、ワイルドタイガ―こと鏑木・T・虎徹はただのバーナビーのバディだ。バーナビーの人気にあやかって――という意見もあるようだ。 俺はそんなつもりないけど、世間じゃそう見られている。少なくとも、そう見ている人もいる。俺は構わないが――やはりバーナビーの足を引っ張ってはいけない。 でも、このぐらいなら許してもらえるかな。 ごめんな。バニ―のファンのみんな……。 俺はバーナビーの額に口付けをした。 「虎徹さん……」 あれ? バニ―が笑ってる。何で? こんなおじさんにキスされて、どこが嬉しいのかねぇ。 でもいいや。バニ―が幸せなら。 あ、俺、今ならバニ―の気持ちわかるかも。 俺を、変な奴らから守りたかったんだな。 でも、仕様がない。これは有名税なんだから。手紙ごときでびくびくするようなワイルドタイガ―じゃねぇっての。 「貴方の笑顔は僕が守ります」 うんうん。若い時は誰かのナイトに憧れるんだよね。たとえこんなくたびれたおじさんでも。思わず胸がときめいたよ。 たまには、こんな夜もあっていいな。 後書き 虎徹視点で書きました。なんだかんだ言っても虎徹はバニ―ラヴです。 2012.9.14 |