バーナビーのないしょの内職その2 虎徹さん……。 僕は内職の時はいつも虎徹さんのことを考えている。 埃っぽい資料室で、ファンレターを仕分ける時などでも。 虎徹さんが嫌な想いをしないように、クレームやいやらしい手紙は虎徹さんの目につかないところで処分する。 全ては虎徹さんの為。 彼にはいつも笑っていて欲しいから……。 さ、続きをしよう。今度は女子中学生か。見たとこ害もなさそうなんで、渡すことにするか。 僕は本当は、虎徹さんにはファンレターなんか来ない方がいいと思っている。 でも、来てしまうんだから仕様がない。僕から見ても、なるほど、そういう観点もあるか、と勉強になることだってあるし。 「バニ―ちゃん」 薄暗いところで返事を呼ばれて、僕はびくっとした。 「こ……虎徹さん」 変な髪型。変な顎髭。似合わないキャスケット。三十代も後半のおじさん。 何でこんなに好きになったんだと思うぐらい、惚れる要素が欠片も無い。 でも、好きなんだ、本当に。理由なんてない。 この人はもう、僕の心の中に入り込んでいる。 「こんなところで何やってんの」 まさかファンレターの検閲とは言えない。虎徹さんのプライバシーに踏み込んでいるところだから……。 「何でもありません」 ところが、その答えが逆に虎徹さんの興味を引いてしまったらしい。僕の方に近寄る。 「ん? 自分宛てのファンレター読んでんのか?」 そう言って虎徹さんはにやにや。 「あ……貴方には……」 関係ないでしょう。そう言おうとして言葉に詰まる。 ワイルドタイガーこと虎徹さんには充分関係あることだし。 冷や汗が出る思いだった。 「だーいじょうぶだって。俺の前で堂々と読んでも。俺、もう茶化さないから」 虎徹さんは邪気のない笑顔を見せる。 その時、少しは換気しようとして開けていた窓から突風が入った。何通かの手紙が虎徹さんの目の前を舞った。 僕は慌てて窓を閉めた。 虎徹さんが一通の手紙を拾う。 「何だこれ……俺宛てか?」 「え……ええ……紛れ込んだ、ようです……」 「何だよ、これも、これも、全部俺宛てじゃねぇか! しかも封が開けてあるのもあるよ」 「だから……」 「バニ―ちゃん。俺宛ての手紙、読んでたのか?」 虎徹さんの声が低くなる。 「す……すみませんでした!」 「何の為に」 「虎徹さんが……嫌な気分になるような手紙を読まないようにと……その手紙を省いて捨てていました」 「だからと言って、これが良いことじゃないのはわかってるよな……」 「はい……」 僕は消え入りそうな声で答えた。 情けないぞ、バーナビー・ブルックス・Jr。クールにかっこよくが僕のモットーではなかったのか。 でも、虎徹さんの冷ややかな一瞥で体面など吹っ飛んでしまったことも確かだし。 「バニ―ちゃん。俺は、ファンからの声だったら、全部聞き逃したりしたくない。わかるな」 「……はい」 「おまえのやっていることは越権行為だぞ」 「そうですね……」 確かに、これを自分に置き換えたら、いい気はしないだろう。バディとしても行き過ぎていると言われても仕様がない。 「これは俺が片付けとく……俺への手紙はこれで全部か?」 「まだあります。段ボール箱いっぱいに入ってるのがそうです」 「なんだ……結構俺にも来てたんだな」 いつもの虎徹さんなら笑いながら言う台詞。 しかし、今の台詞は氷のような冷たい声音で言われたのだ。そのことが何よりも……胸を締め付ける。 わかってましたよ、行き過ぎだってことぐらい。でも、貴方にはこんなもので機嫌を左右されたりしたくなかったんです。 「僕のところにも変な手紙がいっぱい来ます。――だから、貴方には、そんな穢れたものを見せたくなくて……」 「心配しなくても……バーナビー。おじさんこれで結構打たれ強いんだぞ」 虎徹さんは後ろ姿だが……何だか無表情で言っている気がする。 「それより……俺への手紙を勝手に見られたことの方がショックだったぜ」 そう言い残し、虎徹さんはドアを閉めた。部屋には、僕、一人。 「ふぅーん、なるほどねぇ……」 話を聞き終わってふぅっと溜息を吐いたのはピンクの髪と褐色の肌、服も派手なピンク系のファイヤーエンブレムさんだ。 トレーニングルームにはファイヤーエンブレムさんしか残っていなかったし、この人だったらわかってくれる、という安心感も底にはあった。 「いけないことだってわかってやったんでしょう? ハンサムも」 ハンサムとは、僕のことを指している。確かに僕は整った顔をしているらしい。これまでもファンに散々言われたことがある。 けれど、本当に僕のことを知っている人なんて、ごく僅かだ。人は見ようと思ったものしか見ない。 「でも、アンタの気持ちもわからないでもないしねぇ……アタシだったら、素直に、『変な手紙から守ってくれてありがとう』って思うけど、受け取り方は人それぞれだしねぇ」 「……僕だって、あんなことしたくなかったんですが……」 「ま、タイガ―だったら、そんなこと、いつまでもぐちぐち言ってないわよ。明日になったらけろっとしてるわ」 「だといいんですけどねぇ……」 「暑いわねぇ……風入れるわ」 ファイヤーエンブレムさんが窓を開ける。 「あら」 彼、いや、彼女は驚きの声を上げた。 「噂をすれば――ほら」 僕も窓の方に寄った。 虎徹さん! 虎徹さんは変装のつもりのアイパッチをつけている。街灯に凭れていた虎徹さんは僕の姿を見かけたらしく、人差し指と中指をくっつけてサインを送る。 僕は視力は弱いが、今は眼鏡があるのでよく見える。 「ファイヤーエンブレムさん、話を聞いてくださってありがとうございます! ――さよなら!」 僕は脱兎のごとくに飛び出した。 「はいはい」 ファイアーエンブレムさんがおざなりに言うのが聴こえた。 「虎徹さん!」 「よぉ……」 虎徹さんは多少バツが悪そうにしている。なんでだろう。 「元気ないですね、虎徹さん」 「ああ……俺へのファンレター、何通か読んだ。――バニ―ちゃんが見せたがらない訳がわかったよ」 そう言って、虎徹さんはキャスケットを目深にかぶった。 「ま、バニ―ちゃんにはそんな手紙も省く真似、する権利ないと思うけどさ。けど、これを楓が読んだら……そんなえげつない内容の手紙を読もうとしたら、俺は断固として取り上げる! たとえ楓宛てでもさ」 「そうですか……」 「あ、許したわけじゃないよ。許したわけじゃ。ただ、親だったらこうするかなぁ、と思ってさ」 「虎徹さんが僕の子供ですか。随分手のかかる子供ですね」 「だっ! 俺はおまえより年上だぞ!」 「冗談です」 僕は笑っていた。虎徹さんも、もう怒っていない。 「許さなくて結構です。それでも、僕はこれからも貴方に来る手紙やメールをチェックしますから」 「わーっ!! だめだめ!! こちとらいい大人なんだ。嫌な文が来たってやり過ごすくらいの度胸はついてるよ。っていうか、俺宛てのメールもチェックしてたの?! ――バニ―ちゃんってさ、親になったらすっげぇ過保護にならないか?」 「楓ちゃんに甘い虎徹さんには言われたくないですね」 言い返してくるかと思ったら、案に相違して、虎徹さんは黙ってしまった。 僕も、黙ったままだった。 涼しい風が心地よい。シュテルンビルトも秋だなぁ……。 しばらく沈黙が流れた後、虎徹さんが言った。 「行こうか」 そうですね、と僕は言う。そして、虎徹さんと並んで歩いた。虎徹さんは僕よりもほんの少し背が低い。 「なぁ、バニ―ちゃん、飲みいかね?」 「行きましょう。僕も少し、酔いたい気分ですから」 「よっし。いい店知ってんだ。バニ―ちゃんもたまにはワイン以外も飲んでみろよ」 「僕がよく飲むのはロゼですね。というか、区別ついていないですよね、おじさん」 「悪かったな、どうせおじさんだもん」 唇を尖らせて拗ねる様が可愛い。 この人を守りたい。そう思わせてくれたのは虎徹さんが初めてだった。 明日も虎徹さん宛ての手紙とメールの検閲をやろうと僕は思った。たとえ虎徹さんに何を言われようとも。 虎徹さんには、いつでも笑って欲しいから。 後書き バニ―の内職、虎徹にバレちゃった!編です。最後は飲みに行くことで終わり!ですね。 2012.9.10 |