黒バスとPAPUWAクロスオーバー小説『未来へ・・』

「ただいまー」
「パパ、お帰りー」
「お帰りなさーい」
 子供達に出迎えられたのは、高尾和成。会社員。三十九歳。妻有り。子供は二人。娘と息子一人ずつ。
「今、バスケの試合やってるよ」
「おー、そいつは是非見ないとなー」
 高尾は昔からバスケが好きなのだ。学生の頃、選手として試合に出たこともある。
「それじゃ、真ちゃんの活躍でも見ますか」
 緑間真太郎は現役でバスケの全日本代表になっている。今でもだ。緑間はある時期から年を取るのをやめたらしい。
(オマエはどこまで行くつもりなんだい? 真ちゃん)
 ビールを片手にほろ苦く見守る。
 緑間はまだ独身だ。美形なのに浮いた噂ひとつない。ただただバスケに打ち込んでいる。
 対する高尾は家庭に納まった。
 自分は所詮ここまでだったと諦めを認めて。
「ねぇ、パパ」
「何だ? さなえ」
「パパって本当に緑間選手と友達だったの?」
「ああ……友達っていうのともちょっと違うけど……オレとあいつは『真ちゃん』『高尾』と呼び合う仲だったんだぜ」
「それってパパが一方的になれなれしかっただけじゃないの?」
 さなえは『真恵』と書く。息子の方は『太郎』だ。――緑間真太郎の『真太郎』という名前から取ったのだ。
 今の生活に不満はない。ないはずなのだが……。
 緑間を見るとどうしてこうも胸が締め付けられるのだろう。
 子供達が席を外し、高尾は一人になった。
「高尾……」
 緑間の低い声を思い出して、高尾は泣いた。
「高尾……」
 ――今度ははっきりと耳元で囁かれたような気がした。
 テレビを見ると、緑間がこちらを向いている。
 まさかね……そんな馬鹿なことが……。
「高尾……」
 テレビの中の緑間が言った。
「真ちゃん!」
 もうだめだ。鼻がつうんとなって……ぶわっと涙が噴き出した。
「真ちゃん! 真ちゃん!」
「――高尾!」
 目を覚ますと、そこは緑間と二人の部屋。高尾は緑間と抱き合った後、意識を放ったまま寝てしまったのだ。夢から覚めた高尾の年齢は、二十歳。
「どうした? 高尾!」
「真ちゃん!」
 高尾は緑間にわんわん泣きながら抱き着いた。
「真ちゃん! 真ちゃーん!」
「何だ? 高尾。悪い夢でも見たのか?」
「ううん、そんなんじゃないけど……すごく幸せで不幸な夢!」
「――何なのだよ、それは」
「オレがマー坊みたいなオヤジになってさ、家庭持って子供もいるんだ。でも、その隣にはなぁ……真ちゃん、オマエがいないんだよ!」
「それで幸せで不幸な夢――か」
「オレ、いつまでも真ちゃんといたいよ……だから……」
「大丈夫だ」
 緑間が高尾の腕を力を入れて掴んだ。
「それは夢だ。オレがオマエから離れることなどあり得ないのだよ。オレのシュートが絶対落ちないのと同じように」
 ジョークなのかどうかわからないけれど、高尾は涙まじりに笑った。
「あはっ……真ちゃん」
「今日はもう寝るか? それとも――」
「うん……抱いて、いいよ。真ちゃん」
 そして――緑間と高尾はまたもや深く繋がった。

「あれで良かった?」
 電話の声に緑間は答えた。
「ああ。想像以上に効き目があったのだよ」
「そっか……」
「ありがとうなのだよ。――グンマ博士」
「どういたしまして」
 電話の声はまるで女の子みたいだった。天才博士のグンマ……それが、緑間の今の電話の相手だった。
「まぁ、これで高尾君が家庭を持つ可能性がまたひとつ減ったね。高尾君にとっては不幸かもしれないね」
「いいのだよ。あいつがオレの傍にいてくれれば」
「高尾君にとっては、緑間君から離れた方が幸せだと思うな」
「ゆうべ、泣かれたよ。『いつまでも真ちゃんといたい』と。オレも同じ気持ちなのだよ」
「すごい独占欲」
「何とでも言え」
「まぁさ……僕は未来の可変性を信じてるからさ――後は二人で将来決めてくれる?」
「ああ」
「何かあったらまた力貸してあげるよ」
「頼む」
 電話は切れた。
 緑間がグンマに頼んだこと。それは高尾との未来だった。
(高尾の将来の子供には悪いが――オレの方が有利なのだよ)
 あるべき未来の姿を夢に乗せて消す。それがグンマの仕事だ。それを赤司から聞いた緑間はすぐにグンマに依頼した。――高尾と未来を歩む為の。
 通常、依頼人が不幸になる夢を見て消えゆく姿にし、幸せになる道を探すのであるが、稀に家族や友人といった近しい関係の人が依頼することもあるらしい。
(オレは、独占欲が強いのだろうか……)
 恋したのは何も高尾相手が初めてではない。だが、こんなに本気になったのは高尾にだけだ。
 あいつの隣はオレの席だ。
 高尾はモテる。本当は緑間もモテるのだが自覚はない。
 オレは高尾の将来を奪っているのかもしれない。未来に築くはずの家庭も。
 だが――それでも緑間は高尾が欲しかった。
(そんなに想われると――怖いんじゃないかな。高尾君も)
 いつかグンマが言っていた言葉だ。
 だが――
 緑間は確信している。自分と同じ強さで、高尾も自分のことを想っていると。
 それは、案外自惚れでもないと信じている。
「さてと……行くか」
 独り言を言い、緑間は部屋を出る。高尾はいない。買い物に行っているのだ。
 高尾がどう思っているかわからないが、緑間は彼に依存している。自分でもそのことはわかっている。けれど、手放せない。
 高尾の将来をも奪ってしまう自分はもう気が狂っているのかもしれない――緑間はそう思った。
 どんな結果になろうと、高尾とバスケだけは捨てられない。
「ただいまー。真ちゃん、ちょっと待ってて」
「高尾。食べたら近くのコートで1on1するのだよ」
「えー。オレ、腰痛いんだけどさー、真ちゃんが無理なことさせるから。あ、でもオレもねだったからお互い様か」
「そうか……」
 高尾の笑顔に、今の自分はさぞかし赤面していることだろう。だが、こんなやり取りも幸せに思える。
 高尾から未来の家族を奪う代わり、高尾のことはオレが一生守る。それがせめてもの罪滅ぼしなのだよ――。
 鼻歌を歌いながら高尾が後ろ姿を見せる。緑間はそれを愛おしく見守っていた。

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