緑間クンと荻原クン

 バスケットコートに向かう途中のことだった。
 あ、緑間だ――。あの緑の髪、派手だねぇ……。
 こっちを向いた緑間真太郎がオレの方に来る。何、何?
「荻原」
 オレは荻原シゲヒロ。青峰などからはシゲと呼ばれている。でも、こいつはオレのことを苗字で呼ぶ。まぁ、普通かもしれない。こういうところは。
 けど――緑間は変人だ。面白いヤツ、と言えるかもしれないけど。
 オレのお袋は緑間をいたく気に入ってしまって、オレが黒子達のところへ遊びに行くって言うと必ず、
「緑間さんにも、宜しくね」
 と、伝言をオレに頼むのを忘れない。
 どこがいいんだろうなー……。
 親父に言いつけるぞ。お袋が若い高校生男子に夢中だって。
 まぁ、心配するようなことはさすがにないだろうけど。
 緑間は年上の女に気に入られるようなところがある。そうそう、――……で、何だっけ。
 ああ、そうそう。オレが緑間に声をかけられたところからだ。
「何? 緑間」
 オレはできるだけ明るめに応対する。
「アレ」
「――え?」
「オマエの母親の腕にあった痣、大丈夫か?」
「うん……だいぶ消えてきたって、お袋が言ってた」
 まだそんなことを気にしてたのか。
 あれはオレが置時計を投げた時に弾みで当たったところにできた痣だった。
 緑間は――オレ達に会った時以来からオレの家庭内暴力を気にしている。
「もう二度と親に乱暴な振る舞いをするのではないのだよ」
 緑間の変人ポイント、その一。語尾に「なのだよ」をつけることが多い。でも、悪いヤツじゃ、ない。でなかったら、オレのお袋のことなど気にかけはしない。
 やっぱり、オレのお袋が惚れるだけのことはある。
「緑間、これ――オレのお袋から」
 それはお袋が焼いたクッキーだった。
「いいのか?」
「ああ。――母ちゃんがアンタの為に焼いたものだから」
「これ、一人で食うには多過ぎるのだよ」
「じゃあ、家族で食いなよ。母ちゃんはアンタに食って欲しいんだよ。本当は」
「では、有難く頂くのだよ」
 嬉しそうにクッキーの袋に目を落としている緑間。おっ、こいつ結構睫毛長いじゃん。特に下睫毛が。高尾がこいつに夢中になるのも、ちょっとわかる気がした。
 まぁ、オレなんかは緑間と愛を語るより、青峰とバカ話やってた方が楽しいけどね。黒子とバスケをするのもいい。
「おーい、シゲ」
 青峰が駆けてくる。わっ、やべ。
「緑間、それ隠してっ!」
 オレは急いで言う。
「むっ!」
 ――だが、青峰の気付く方が早かった。
「何だそれ。クッキーか?」
 どんな鼻してんだよ。青峰……。
「ああ。荻原にもらったのだよ」
「母ちゃんが焼いたんだ。後で青峰の分も焼いてもらうよう、言うよ」
「えー。今くれるんじゃねぇのか?」
「これは、母ちゃんの緑間に対する礼だから」
「へぇー、シゲのお袋さんからか。なして」
「緑間がお袋のこと心配してくれたからだよ」
 本当は、オレも緑間に対して礼を言いたい。一度、お袋がらみのことで礼を言ったことがある。お袋のこと、気にしてくれてありがとう、と。だけどこいつはそっぽを向いて、
「礼を言う相手が違うのだよ」
 と答えた。そして、オレを生んだ両親は緑間以上にオレに気を遣ってきたのだから、両親に礼を言うべきだ――という意味の主張をした。
 緑間は変人だけど、礼儀を重んじる。家族に対しては尚更だ。妹のことについてはちょっと悩んでいるみたいだけど。
「あいつは苦手なのだよ。……昔は可愛かったのに」
 アンタが言うかと思ったが、緑間の妹なら美少女なんだろうな。それにしても、緑間にも苦手があったとは知らなかった。
 オレが、
「緑間の妹に会ってみたい」
 と言ったら緑間が、
「ああ……虫けらでも見るような目で見つめられたいなら会ってもいいが」
 と言ったので、それ以上は踏み込まなかった。どんな娘か気になることは気になったが。
 でも、緑間の妹だ。本当は優しい娘なのだろう。
「おい、シゲ」
 青峰に呼ばれて我に返った。
「緑間がクッキー食ってもいいって。シゲも、いいよな!」
「あ、ああ……緑間が言うなら。緑間にやったものだし」
「青峰。あんまり食い過ぎるのではないのだよ」
「わあってるって。母親か、オマエは」
 青峰は大食いだ。火神とタメ張るぐらい。火神も大食いなのだ。初めてマジバへ行った時、ハンバーガーの山に度胆を抜かれた。
 それでも緑間に言わせると、
「まだまだこんなものではないのだよ」
 と言ってるし、その時黒子もそばでこくこくうなずいていた。その時、オレは思った。
 ――こいつらの胃袋はブラックホールかよ! と。
 ちょっと諦めかけた目をした緑間が、
「一応言っておく。他のヤツらの分も残しておくのだよ」
「わぁってるって」
 青峰はクッキーをあーんと口に入れる。もぐもぐと味わいながら言った。
「シゲの母ちゃん、料理だけでなく、お菓子を作るのも上手いのな」
「え……ああ、うん。そういうの、得意みたいだから」
「羨ましいな」
「オレだって、青峰が羨ましいよ。桃井さつきさんという幼馴染がいるんだから」
 桃井さんは本命、黒子だっていう話だけど。――オレは、青峰は桃井さんが好きなんだと思う。桃井さんは胸も大きいし、美人だし。
「さつきはなー、テツと同じ学校行きたかったんだってよ。でも、オレが不良の道に走らないかどうか気になるからついて来たんだと」
 やっぱり、桃井さんも青峰が好きなんだろう。そんなに気にかけてもらって、ほんとうらやまだよ!
「オレは桃井は青峰が好きなんだと思っていたのだよ」と、緑間が言う。
「おっ。同意見!」
「おい!」
 青峰が怒鳴った。
「オレの本命はマイちゃんなんだよ! 何度も言ってるけど」
「彼女は芸能人なのだよ」
「んなの、オレがバスケで有名になってマイちゃんと釣り合う男になったらプロポーズしてやる!」
「火神に負けたくせにか?」
「う……」
 うわー、緑間、青峰の痛いところをついてくんなぁー……。やっぱりオレ、こいつ苦手。
「ゾーンに入らなければ勝てるぜ! あんなヤツ! それに、オメーだって赤司に負けたじゃねぇか!」
「く……つ、次は絶対勝つのだよ!」
「高尾のアシストなしじゃぜってームリだな」
「何をぅ……?!」
「とりあえずクッキーもう一個くれよ」
「もうやらんのだよ」
 こいつら……結構仲いいんだな。
 でも、キセキの世代って、対等に付き合える相手って少なかっただろうしなぁ……特に緑間。
 ちょっとキセキの世代に同情してみた……なんて。
 けれど青峰達はそう嫌いではない。緑間は何考えてんだか読めねぇところあるけど。クッキーの取り合いなんかしている青峰と緑間は年相応って感じで、今のこいつらとならば仲良くなれそうって感じがした。

後書き
緑間、マダムキラー……?(笑)
青峰、鼻きくね。すっかりシゲとも仲良くなって(笑)。
2014.3.21


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