「ねぇねぇ、真ちゃんてどんな女の子が好みなの?」
 チャリアカーを引きながら高尾が訊いて来る。
 また下世話な話を……。
 しかし、仕方がないから緑間は答えた。
「年上で可愛くて元気いっぱいの女の子だ」
「へぇー、意外。真ちゃんなら清楚なロングヘアーの大人しい大和撫子が好きなんだと思ってたのに」
「今更そういう絶滅危惧種は求めていないのだよ」
「わっ、ひっで」
 高尾が笑う。
「ついでに胸は?」
「胸などついていればいいのだよ。そりゃあった方がいいかもしれんが、多少控え目でも全然構わん」
「ふぅん。――そういえばそんな女の子が誠凜にいたような……」

緑間クンがリコたんに恋する話

「相田さん」
「緑間君?!」
「ちょっと話、いいでしょうか」
 秀徳の緑間真太郎が誠凜に来ている。周りはちょっとした騒ぎになった。緑間は眼鏡美人な上に高身長と来ているから、バスケを知らない生徒も彼が気になるらしい。
「……ここじゃ話できないわね。ちょっと人のいないとこ行きましょ」
「無論だ」
 緑間は相手の後を追って行った。

「何? 話って」
 緑間は緊張しながらも絞り出すように声を発した。
「今度の日曜、一緒に散歩に行きませんか?」
「は?」
 相田リコは目をこころもち見開いている。
「散歩って……散歩?」
「ああ」
 緑間は高尾のアドバイスを思い出していた。
「いいかい、真ちゃん。あの誠凜の女カントクとはよく面識もないだろ? いきなり『付き合ってください』は引くよな。まず散歩にでも誘ってそれから頃合いを見て告白すんの。どう?」
「詳しいな、高尾」
「先輩から教えてもらったんすよ。まぁ、オレの場合はその場限りで終わったけどな。それにしても、真ちゃんに春が巡って来て嬉しいよ、オレは」
 その場限りで終わったというのが若干気になるが、緑間は相棒のアドバイスに感謝しその通りにした。
 リコの顔にさっと翳が走ったが、すぐにいつもの彼女に戻った。
「――いいわよ」
「……待ち合わせ場所はどうします?」
「緑間君が決めて」
「そうですね。こちらから誘ったのですからね」
 ――緑間は納得した。
 携帯番号を交換し合い、その日は別れた。

 日曜――緑間は高尾にリアカーを牽かせて待ち合わせ場所へやって来た。
「じゃあな、真ちゃん。おデート楽しんで来いよ。邪魔するなんて野暮はしないからさ」
 そう言ってちりりーんとベルを鳴らしながら高尾は道の向こうへ消えた。
 メール着信の音がする。黄瀬からだ。
『from:黄瀬涼太 To:緑間真太郎
 件名:緑間っちへ 緑間っち~。黒子っちと桃っちが今日デートするんすよ~。一緒に様子見に行きません?』
 下らん。
『from:緑間真太郎 to:黄瀬涼太
 件名:断る 先約があるのだよ』
『from:黄瀬涼太 To:緑間真太郎
 件名:Re:断る もしかして緑間っちもデートっすか?』
 デート。緑間は自分の体の中の血が沸騰したように思えた。
『from:緑間真太郎 to:黄瀬涼太
 件名:Re:Re:断る 死ね』
 ぴっ、と送信すると緑間は自分のポケットに携帯を滑らせた。
「お待たせ~」
 リコは黄色いワンピースを着ていた。スカート部分が三段になっている。肩口はくしゅくしゅしたやつに覆われていた。白いハンドバッグも持って。靴は普通の靴である。
「えっ?! 緑間君、散歩じゃなかったの?」
「散歩だが何か?」
 緑間は紺の背広に赤と黒のストライプのネクタイをしていた。ちなみに今日のおは朝のラッキーアイテムは緑のハンカチだ。確かにカジュアルさが足りないかもしれない。
「へ……変でしたか? 相田……さん」
「ううん。そんなことないよ。似合ってる」
「――ありがとう……ございます」
「それから、敬語は使わなくていいわよ」
「でも、相田さんは年上だし」
「リコでいいわよ」
 相田――リコは名前の問題をさっさと片付けた。
「じゃ、いこっか」
「……あいつに着て来る服見立ててもらえば良かったな」
 ――緑間は洋服のコーディネートのことも高尾に訊かなかったことを後悔した。

 緑間とリコが並んで歩く。勿論、エスコートする緑間が車道側だ。
「何か買ってやるか?」
 緑間の財布には幸い充分金がある。リコは首を振った。
「ウィンドーショッピングもいいものよ」
「じゃ、せめて何かおごらせてくれ」
 散歩とはいえ実質デートだ。彼女の為に何かしたいというのは、ごく自然な成り行きである。
「ううん。何もいらないから」
「……そうか? あ、ちょっと待ってろ」
 クレープの屋台に行って同じのを二つ買う。キウイとバナナとイチゴ、それに生クリームとアイスがトッピングされたものだ。
「はい」
「ありがとう」
 リコの笑顔が眩しい。
「外で歩きながら食べるおやつというのはどうしてこう旨いのだろう――てさ、誰かがどこかで言っていたセリフだけど、オレもそう思うんだ」
 高尾が言っていたが、あまりそういう習慣のない緑間も同じことを考えた。
「外で食べるのって美味しいね、緑間君」
「そうだな。あいつもそう言ってた」
 食べ終わったクレープの紙は近くのゴミ箱に捨てた。クレープの代金を払うと主張するリコを何とか説き伏せる。
「あ、あの映画!」
 映画館の前にポスターが貼ってあった。今話題のハリウッドの新作アクション映画だ。リコの横顔がきらきらしている。
「観るか? あいつもこの映画、面白いと太鼓判を押していたぞ」
「そうしよっか」
 緑間は、
「学生二枚」
 と言って切符を買った。
「あ、私の分は自分で払うよ」
「遠慮しなくていい」
「そう……悪いわね……そうだ。じゃあお昼は私がおごるね。美味しいって評判のお店があるんだ」
 これ以上押し問答しても仕方がないと緑間は踏んだ。もうすぐ上演時間だ。
 ――二時間が過ぎた。
「あー、胸がすうっとした! 久々に当たりだったわね」
 緑間は映画の放映中、半分上の空だったので、
「ああ、そうだな」
 と、適当に答えておいた。
「お腹空いたわね……ご飯食べに行きましょ?」
 少し歩いたところにイタリアンレストランがあった。
「ほらここ」
 二人が店に入ると、ウェイトレスが一瞬見惚れていたがすぐにテーブルへ案内された。
「リコもここに来たことがあるのか?」
「ううん、友達から美味しいって聞いただけ。緑間君は?」
「一回だけ来たことがあるのだよ。あいつとな」
 緑間はスパゲティー・カルボナーラ、リコはほうれん草のフェットチーネを頼んだ。
「ここのカルボナーラは旨いのだよ」
「そうなの?」
「分けてやろうか?」
「いいわよそんな……」
「じゃあ、一口食べてみないか?」
「うん……なら……一口だけ……」
「口を開けろ」
 緑間はリコにフォークで巻いたカルボナーラを食べさせてやった。
「なんかさ……デートみたいだよね」
「……ん」
 リコの台詞に緑間は何となく心の中がくすぐったくなった。緑間は勿論デートのつもりだが改めて意識するとこそばゆい。
 やがて会計を払ったリコと店を出てぶらぶら歩いているとバスケットのコ―トとへ行き着いた。やはりどうしても足がそちらへ向くのだ。
「緑間君……」
「リコ……」
 二人はしばし見つめ合ってから、コ―トへと走って行った。やはり彼らはバスケが好きなのだ。
「あ、ボールがあるわよ。借りる?」
「忘れて行く方が悪いのだ。借りるのだよ」
 バスケットボールの重さが心地良い。ボールがぱすっとリングを通る。網目が揺れた。気持ちいいぐらいの滑り出しだった。
「ほーんと。すごく綺麗なシュートねー」
「人事を尽くしているからな。あいつも……」
 あいつもオレのシュートをいつも褒めてくれたっけ。
 だが、その台詞は飲み込んだ。
 また高尾のことを思い出してしまった。
 楽しいはずなのに。好きな娘とデートできて嬉しいはずなのに。高尾のことを考えると何故か胸の奥に冷たい風が吹く。
 リコもそれを感じ取ってか軽く俯いたその顔には憂いがあるように見えた。
 緑間はまたシュートを撃った。今度はさっきより遠くから。
 彼がもう一度リコの方を見ると――リコは笑っていた。
(気のせいか……)
 憂い顔のリコも綺麗だがやっぱり笑顔の方が可愛いと思った。
「きゃっ」
 駆け出したリコが転ぶ。緑間が彼女を起こした。
「いった~」
「大丈夫か?」
「――うん、平気。どこも汚れてないし」
「どうして走ったりしたのだよ」
「……ハイタッチしようとして」
 緑間はリコと優しくハイタッチをした。 
 地面は整備されている。だが、リコは膝を擦りむいていた。微かに血が滲んでいる。
「リコ……オマエ怪我してるのだよ」
「大したことないわよ」
「じっとしてろ」
 緑間はラッキーアイテムの緑のハンカチでリコの傷口を拭う。持ってきて良かった、と緑間は思う。水道へ持って行って水で洗ってまた拭う。
「緑間君のハンカチ、汚してごめんね。ハンカチだったら私も持ってるから……。――貸して! 後で洗って返す!」
「それには及ばん。傷は後できちんと消毒しておけ」
「うん……。ありがとう」
 リコが照れ隠しに笑う。その様も可愛くてつい、よく当たる占いなのだよ、と緑間は思ってしまった。
(オレってば……リコが転んで痛かったことも忘れて……!)
 リコに済まなく感じた緑間は、左手の指を保護する時に使っているテープを外し始めた。
「? ……何するの?」
 緑間はリコの膝に自分のハンカチを宛がい、テープでぐるぐる巻いた。
「これで良し」
「これで良しっていうか――いいの?」
「ああ、応急処置だからな。不格好だが許してくれ」
「なんか――緑間君て、イメージと全然違うのね」
「そうか?」
「うん……」
 リコのピンク色に染まった頬にさっきの憂いが翳を落とす。
「優しいんだね」
「――そんなこと言われたのは初めてなのだよ――いや、あいつがいたか」
 あいつからも、
「真ちゃんて優しいね」
 と、言われたことがあったっけ。あいつ――高尾和成。オレが秀徳のバスケ部の中で一番早く認めた男。
 リコが言った。
「ハンカチ、後で返すね」
「いいや。――返さなくていい」
「でも、気が済まないもの。やっぱり返すよ」
「……なら今度会う時でいい」
「今度の試合の時とか? でも、それだと間が空くかな。うん。やっぱり家に届けるね」
「ああ。来たら茶と和菓子くらいは出してやる」
「緑間君て渋い趣味してんのね……でも、らしいといえばらしいかな」
「和菓子は嫌いか?」
「ううん。そうじゃないんだけど、ただ――」
「ただ?」
「――何でもない。ね、またシュート撃ってよ。緑間君のシュート、私好きだなぁ。誠凜とか秀徳とか、そんなライバル関係抜きにさ。ほら、よく敵ながら天晴って言うじゃない」
 緑間はリコのはぐらかしが気にはなったが問い詰めて嫌われたくはなかったので、これがあの緑間真太郎なのかと部員がいたらびっくりするぐらい素直にこくんと頷いた。
 今だけ、オレは相田リコの為に撃つ! ――誠凜とか秀徳とか関係なく……。
 その後は、自動販売機の前でスポーツドリンクを飲みながら部活の話に興じる。部員のことや監督のこぼれ話などをリコは笑いながら聞いてくれ、リコの方もカントクとしての話題を楽しそうに喋った。
 まだ日は長いがそろそろ夕方にさしかかってきた。彼らは中学校の近くの木陰に移動する。生徒達がサッカーの練習をやっていた。
「じゃあね。緑間君」
「ああ。今日は楽しかった」
 そう――楽しかった。高尾のことを思い出すことがなければ。
「リコ……!」
 リコは緑間の様子を窺うように小首を傾げた。
「また、こんな風に会ってもらえないだろうか。つまり、その……オレと付き合ってくれないか」
 唐突だったろうか。高尾の言う通り、やはりまだ付き合うというのはハードルが高かったのだろうか。恋に対する不安が緑間を性急にさせる。
 リコはまた俯いた。
「ごめんね……実は私、好きな人がいるんだ」
「…………」
 それは――わかる気がする。リコはいい女なのだから。
「この間喧嘩したんだけどさ……あいつのこと、頭から離れなくて。緑間君は優しい。でも、優しくされると辛かった。楽しかったけど……それがちょっと辛かった。だって……私、自分が嫌な女になっていくのがわかるもの。緑間君の優しさに見合うはず……ないよ」
(フラれたのだよ……)
 予感はしていた。リコのフォローが逆に虚しい。
 それにしても――リコにこんなに想われてるなんて一体どんな男なのだろう。
 想像してもわからない。ただひとつ確かなことは――。
「リコは嫌な女ではない! カントクとしていつも人事を尽くしてるのだよ! 尊敬すらしているのだよ!」
「緑間君……」
 つい怒鳴ってしまった。リコが胸の前できゅっと拳を握る。緑間が息を整え、やがて言った。
「……リコが選んだんだ。相手はさぞやいい男なんだろうな」
「まぁね……腐れ縁だけど」
「腐れ縁も縁のひとつだ。大切にするのだよ」
「うん……」
「その男と早く仲直りするのだよ。そいつにフラれたらオレを呼べ」
「……ありがとう。気持ちだけ受け取っとく。だって――緑間君も好きな人いるでしょ?」
「な……オレは好きなヤツなど別に……!」
「嘘。だって緑間君は時々、すごく優しい表情と声になるんだもの。誰かのことを『あいつ』って言う時とか……そういう時、好きな人のこと、頭に思い浮かべてるんでしょ?」
 あいつ……高尾のことか。でも、あいつは男なのだ。
「取り敢えず、恋愛もバスケも互いに人事を尽くすのだよ」
 緑間は慌ててずれた眼鏡を直した。
「うん。がんばろうね。あ、本当に家にハンカチ返しに行ってもいい?」
「いつでも大歓迎なのだよ」
 緑間に向けられたリコの笑顔は――
 他のどんな女の笑顔より、眩しく輝いていた。

「へぇ……真ちゃんフラれたの」
 携帯で呼び付けたので迎えに来てくれた高尾がリアカーのチャリ部分を漕ぎながら言った。
「ああ。好きな人がいるそうだ」
「ふうん。真ちゃんをフるぐらいなんだから、相手はさぞかし超いい男なんだろうね」
 高尾の声には優しさが混じっていた。
「そうだな」
「あー、真ちゃんもそゆこと認めちゃうんだー」
「――でも、人事を尽くした結果だ。悔いはないのだよ」
 相田リコ……今までで出会った女の中で、一番いい女なのだよ……。
 緑間真太郎、高校一年生。人生で初めての失恋である。しかしその表情はどこか満足げだった。

後書き
今回は長めです。緑リコ好きな人は案外いるようです。緑間は結局ふられてしまうので看板に偽りあり?
2013.6.27

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