緑間のダンク

 あれ~、誰かまだ練習してんの~? あ、みどちんか、納得。オレはお菓子を食いながら思った。
 みどちんはオレと同じ帝光中のバスケ部一軍で、副主将で――本名は、緑間真太郎だっけね。とっても真面目で口うるさくて、
(うざ……)
 と思うこともあるんだけど。悪いヤツではないかもしんないけど、苦手なんだよね~。
 帰ろうと思ったが足が止まった。何? あのフォーム。みどちん、もしかして――
 みどちんは鮮やかなダンクを決めた。文句のつけようのない見事なダンクだった。
 みどちん……ダンクは嫌いなんじゃなかったの? ダンクなんてって馬鹿にしてたんじゃなかったの? ダンクができること、オレに隠してたの? 何となく面白くなかったが、スゴいのには違いないので、パチパチパチと拍手してあげた。
「なっ、紫原……!」
 みどちんがオレの名前を呼んだ。あ~、オレね~、紫原敦。お菓子に夢中で自己紹介がまだだったんだ~。
 みどちんはイヤなヤツに見られた、という顔をした。感じ悪くない~?
「みどちん、ダンクできたんだ~。スゴいね~」
「皮肉は止せ」
「ほめてあげたんだけど~、みどちんもっと素直になれないの~?」
「――性分なのだよ」
 みどちんはかちゃ、と眼鏡のブリッジを直す。あ~、性分ね。でも、損な性格だね~。だから友達いないんじゃん。
「お前の方が鮮やかなのだよ」
 ん? 今の、もしかして褒めたの? うれしいけど、いっつも突然だよね~、褒めるの。ちょっとわかりにくいこともあるんだよね~。
「オレがダンクできること、皆には黙ってろよ」
「何で~?」
「バレるといろいろうるさいからなのだよ」
「ん~?」
「ダンクができるとバレたら次からもそれを要求されるのだよ!」
 あ~、何となくわかる。オレもこの身長で、この体格で、この能力で、バスケでたくさんのこと要求されるからな~。みどちんや黒ちんのようにバスケ好きじゃないし、居残りで練習とか、熱血でうざいと思うけど、試合には負けたくないし、オレの力を一番活かせるのはここかなと思うし~。
 オレはバスケしかできないからバスケやってんだよね~。でも、それでいいって赤ちんも言ってたし~。要は勝てばいいんだよね~。
 みどちんはタオルで髪の毛の汗を拭いた。オレは何となくそのタオルが欲しくなった。
「みどちんがダンクできること黙ってるよ」
「ああ、そうしてくれると有り難い……」
 特にありがたくもなさそうにみどちんが言う。
「でも、口止め料はもらうし~」
「――何だ?」
「まいう棒トマトラー油味一年分!」
「……わかったのだよ」
「変わった味だけどクセになるんだよね~。いずれみどちんにも一本恵んであげる~」
「いらないのだよ」
 オレは立ち去りがたくてみどちんのそばにいた。
「何だ。まだいたのか? 帰るんじゃなかったのか?」
「そう思ってたけど、気が変わった~」
 オレは忘れ物のプリングルスを取りに来ただけだったのに……。
「あのさぁ、みどちん、訊きたいことがあるんだけど……」
「何だ?」
「いつダンクの練習してたわけ? 誰も見たことないよ」
「――小学生の頃なのだよ。その時はオレもまだダンクが好きだった」
「へぇ、意外~。ダンクくらいはオレも小学校でできたけど。『天才』って言われたけど、あまりぴんとこなかったし~」
「……だから嫌われるのだな、オレ達は」
「みどちんだけが嫌われてる、の間違いじゃない~?」
 みどちんはぎろりと下睫毛の長い目をこちらに向けて睨んで来たけど、
「まぁ、オレが人好きのする性格でないことは認めよう」
 と、案外素直に答えた。
「どうしてダンク嫌いになったの?」
「亡くなった祖母が……」
「お祖母ちゃんが~?」
「その頃はまだオレもピアノをやってたし、祖母もまだ生きてたし――或る日、祖母の前でオレが得意になってダンクをすると、『真太郎、そんなにリングに指をぶつけて……痛めたりしてピアノができなくなったらどうするんだい』って言ったのだよ。ピアノはもうやめたが祖母の言うことも一理あると思ったから――どうした? 紫原?」
 オレは腹を抱えて笑った。
「ババコンだ~」
「何が可笑しい! 祖母はオレのことを心配してくれてだな――」
「筋金入りだ~。ツボなんだけど~」
「――お前に言ったオレが馬鹿だったのだよ。理由なんか他にいくらでもつけられるのに――」
 みどちんがブツブツ言っている。でも、そんな今のみどちんは嫌いじゃない――かもしれない。
「なんかさー、久しぶりだね。こーいうの」
「何が」
「ここんとこさ~、みんな刺々しいと思わない? こうやって話すのも久しぶりかな~と思ってさ。相手がみどちんなのが残念だけど」
「――悪かったな」
「赤ちんは知ってるの~。知ってるよね~」
「ああ、赤司はオレがダンク出来るのは知っている」
「じゃなくて、みどちんがダンクしないその理由」
「そこまでは話していない」
「じゃあ、オレとみどちんだけの秘密なんだ~。何かいいよね~、そーゆーの」
「――オレはちっとも良くないのだよ」
「でもさ、じゃあ、赤ちんはみどちんのダンク見たんだ~」
「『その筋力、身体のバネ、何よりその身長――君はダンクが出来るはずだ』と或る日突然見破られてな。公開処刑の気分だったのだよ。観客は赤司しかいなかっただけが救いなのだよ」
「へぇ~」
 因みにオレが赤ちん、みどちんが赤司と呼んでいるのは赤司征十郎っていう、バスケ部のキャプテン。オレは赤ちんに勝負を挑んだことがあるんだ~。負けたけどね~。まぁ、しようがないけど。
 でも、もう負けたくない。負けるのはとても、とても悔しかったから。
 でも、まぁ、そんなことは置いといて――みどちんがオレに心を開いてくれてるのは嬉しかった。
 みどちんがダンクできるって知ったら、どういうかな。みんな。特に黒ちん。――あんまり変わらなかったりして。
「緑間君なら、出来ると思ってました」
 なあんて、真顔で言ったりして。ありそー。あ~、見てみたくなった。でも……。
「トマトラー油味……」
「は?」
「呪文」
「ああ、まいう棒か――しかし、お前だと一年分を一日で食べきりそうだな」
「あ~、確かにそうかも……」
 そこでオレはいいことを思いついた。
「じゃあさ~、一日一本だけ、まいう棒くれない?」
「――あ、なるほど。しかし、一年経ったらもうオレ達は中学卒業してるのだよ。同じ学校に進学するんでなけりゃ……」
「その時は、残った日数の分くれればいいし~」
「そうか――まぁ、まいう棒一年分なら何とかなるかもな」
「みどちん家お金持ちだもんね~。みどちんのラッキーアイテムのせいで貧乏にならなきゃいいけど~」
「ラッキーアイテムはオレを守ってくれているのだよ!」
 おは朝とラッキーアイテムの話をすると、みどちんはちょっとムキになる。そういうとこも面白かったんだけど――そういや、ここんとこ、そんな顔も見てなかったね~。
「――紫原、絶対に絶対にここでのことは他で話してはならないのだよ。お前がもし喋ったら、まいう棒はやらないのだよ」
「え~、それはカンベン」
「だったら絶対に言うな」
「わかった~」
 いいじゃん別に、と思うけど、仕方ないね。みどちんの新たな側面も見れたし。オレ、前よりみどちんが嫌いじゃなくなった――今だけかもしんないけど~。
 で、でも、みどちんがババコンて……。
「超ウケるし~」
「何をしている! もう帰るのだよ!」
「みどちん、一緒に行こう~。道順途中まで一緒だし~。オレ、プリングルス取って来るから待ってて~」
 みどちんが眼鏡のブリッジを直しながら「元々途中まで同行するつもりだったのだよ」と呟くように言っていたのが耳に入ってきちゃった。

後書き
緑間に関する話ですが、主人公は一応ムッ君だと言い張る(笑)。
ムッ君、ちょっと早いけどバースデーおめでとう!
ムッ君の誕生日を6日だと勘違いしてましたが(汗)。
2015.10.5

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