目の前にはヤツがいる

「緑間、総合一位だって」
「えーっ、また? すっごーい!」
「前回の実力テストでも一位だったじゃん」
 緑間は噂を囁くすずめ達の間を毅然とした態度で通り過ぎる。
 前回のテストで並み居る秀才を押しのけ見事学年一位の座を奪った、天才の呼び声も高い――緑間真太郎。
「真ちゃん、またも噂になってますぜ」
 笑いながらついてくるのは高尾和成。
「高尾」
 高尾はどういうわけか緑間によくついてくる。バスケ部のスタメン仲間だからというだけではないであろう。
「やっぱ、真ちゃん、天才だからなぁ」
「よせ。高尾」
「あ。真太郎様よ」
「――だから高尾、悪ふざけは……」
 さっきの女子の声は高尾の悪ふざけというわけではなかった。
「きゃー! 真太郎様ー!」
「こっち向いてくださーい!」
「あ、あの……私、緑間君に勉強教えてもらいたいんだけど……」
「まー、あの子ったらなっまいきー!」
「真太郎様ー。私にも教えてくださいねー」
 ハートマークが緑間めがけて飛んでくる。高尾が言った。
「いいねぇ、真ちゃんは。顔良し、頭良し、才能ありで。バスケでも天才じゃん」
「……オレは人事を尽くしているだけなのだよ」
「おーれなんて人事尽くしたって所詮オマエの太鼓持ちだよー」
「……ふ」
「あーれ? なーに笑ってんの? 真ちゃん」
「太鼓持ちにも才能が必要なのだよ」
「ええっ?! それって太鼓持ちにもなれないってこと? 真ちゃん、ねー、真ちゃん」
「面白いな、あの二人」
 新聞部の部長が言った。
「なぁ、ひな子。そう思わないか?」
「そうね。でも、今回も緑間君に負けて面白いわけがないですわ」
 朝倉ひな子はツン、と澄まして答えた。
「まぁ、おまえの成績のことに関してはいいんだけどな――緑間は才能あふるる男だが、あの高尾和成という男もなかなか……緑間が表の主役だとすれば、高尾は影の主役だな」
「緑間君さえいなければ一位だったのに」
「まぁまぁ。しかし、あの二人――これからが楽しみだぜ」
 部長の台詞にひな子は片目で緑間と高尾を見――それからまた形のいい鼻を聳やかした。

「でも、いいよなー、緑間は天才って呼ばれて」
「オレは天才ではないのだよ」
「まーたまたー」
 高尾が緑間をうりうりと肘で突いた。
「オレは……本当の天才を知っているからな」
「え? 本当の天才って、誰」
「元帝光中の主将、赤司征十郎」
「え? あ、あの赤い髪の男かー。納得……」

 同じ頃、洛山高校――。
「一番、赤司征十郎」
「はい」
「きゃー、今回も赤司様がトップよー」
「やっぱりすごいわねー」
「満点よ、満点!」
「お金持ちだしルックスもいいし……あー、完璧な王子様って、実在するのねー」
「やっぱり赤司様と結婚したいわね。将来は」
 休み時間、赤司に女生徒がわっと群がる。
「赤司様ー、このプチケーキ、食べてください」
「あん、私のも受け取ってー」
「済まないが君達、そこ、通してくれないか? ね?」
 赤司の極上の笑顔に、女生徒達は黄色い声を上げた。
「やっぱ赤司様最高!」
「他のキセキも顔はいいけど――やっぱりちょっと身長があり過ぎるわよねー」
「赤司様だって、決して低くはないわよ」
「やっぱり、赤司様はあのぐらいの身長でちょうどいいって感じ?」
「後でバスケ部応援に行こうね」
「もちろん!」
 女生徒の姦しい声を聞きながら、赤司はにやっと笑った。

「すげぇ人気だな。赤司征十郎」
「ああ。『敗北を知らない男』」
「あそこまですげぇとオレ達霞んじまうな」
「でも、やっかむ気にもならないぜ。相手が有能過ぎてな」
「ちっ、天才ってのは得だねぇ」
「でも、『敗北を知らない』って、ほんとかよ……」
「勝ち組であることだけは確かだけどなぁ……」

 そんな緑間真太郎と赤司征十郎が初めて火花を散らしたのは、帝光中に入って皆が学校に慣れ始めた頃――。
 緑間は勉強では自分が一番を取ることを確信していた。
 帝光中では、テストの際、順位と総合点数と共に名前が張り出される。
『二番 緑間真太郎 497点』
 なに……このオレが……二番だと……?!
 とすると、一番は……!
(あの男しかいない)
『一番 赤司征十郎 500点』
 500点満点だと――!
 赤司はいつものように、穏やかな笑みを浮かべている。
(赤司――!)
 それからは、緑間はいつも赤司の背中を追いかけていた。
 今度は、今度こそはヤツを抜く。テストでも、バスケでも――。
 緑間と赤司は同じバスケ部で、将棋が趣味だという赤司に緑間も付き合っていた。傍から見れば、仲が良く映ったかもしれない。
 だが――緑間は赤司をライバル視していた。
(目の前にはヤツがいる)
 赤司――!
 将棋でも、赤司を負かすことを最優先にしていた。しかし、赤司には一度たりとて勝てなかった。

「真ちゃん、ねぇ、真ちゃんてばぁ!」
 緑間は高尾の声で我に返った。
「――真ちゃんは天才って言われてるからいいよ。オレなんか相棒という名の金魚のフン、だもんなー」
 そう言われても緑間についてくる高尾は、よほど図太い神経の持ち主であるらしい。
「ま、これで終わりにはしねぇけどな。――どしたの、真ちゃん」
 これで終わりにはしない。赤司――。
 緑間はいつの間にか笑みを浮かべていたようだった。
「あ。真ちゃん、また笑ってるー」
「うるさいのだよ、高尾」
 今後も人事を尽くすのみだ。あの男に――緑間の目の前を悠然と歩く王者に勝てるように。

 暗闇の中を、あの男がひたすら歩いている。今は洛山の主将となった赤司征十郎が。
 緑間は追いかける。必死で追いかける。それでも追いつけない――!
 はぁっ、はぁっ、と自分の荒い息だけが聴こえる。努力などでは勝てない相手。
「真太郎、これが僕とオマエの差だ――」
 その声で目が覚めた。
「嫌な夢だったのだよ――」
 そして、緑間は布団の裾をぎゅっと握った。

後書き
タイトルは『振り返れば奴がいる』をもじったものです。ドラマ観てないんですけど。
主題歌が好きでした。
赤司に負けたくないとライバル心を燃やす真ちゃんもいいですねぇ。
2014.5.13


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