睫と睫

「ねぇ、アーサー」
「なんだ? アル」
「まだ朝のキスしていないんだけど」
「そうかそうか」
 アーサーはおざなりにアルフレッドの唇にキスをした。
「――ねぇ、もっと違ったキスしてみないかい?」
 アルフレッドの案に、
「どんなキスをしろってんだよ」
 と、アーサーは訊き返した。
「睫と睫を合わせるんだよ」
「ああ、なるほど」
 アーサーが頷いた。
 アルフレッドがテキサスを外した。
 そうすると、彼は一気に幼く見える。
「じゃあ行くよ」
 アルフレッドがアーサーに向かって顔を寄せる。
 アーサーが唾をごくっと飲んだのがわかる。
 二人はパチパチと瞬きをし始めた。
 触れ合いそうな睫と睫。
 それはいつもよりエロティックで煽情的で……。
 いつまでもそうやっていたい誘惑に駆られた。

(アーサーの瞳、エメラルドみたいだな)
(アルフレッドの瞳、湖水のように澄んでいるな)

 互いが互いの瞳に吸い込まれそうになる。
 もう二百年以上の付き合いになる。
 だが、恋人になれたのは、つい最近だ。
 その前――アルフレッドの国が独立してからはお互い反発していたし、愛してるの一言も言えなかった。
 アメリカはイギリスに育てられたようなものなのに……。
 だから――昔は、こんな睫キスをやる仲になるとは思いもよらなかった。
「アル……」
 アーサーの声が喉にかかってセクシーだ。
「なんだい?」
「こんなの、どこで覚えた」
「本を読んでさ」
「そうか……」
 アーサーはほっとしたようだった。
(君以外に試す相手がいるわけないじゃないか)
 アルフレッドは思った。
 ピチチ……と外で小鳥が泣いた。
「んっ」
 アルフレッドがアーサーの座っている椅子に体重をかけた。
 爽やかなシャボンの匂いがする。アーサーの匂い。
「アル……こんなところで」
「大丈夫。これ以上のことはしないよ」
 アルフレッドがいたずらっぽく笑った。
(アーサーの睫、結構長いんだな)
 自分も睫の長さには自信があるが――。同じくらい長いかもしれない。
 見つけた。アーサーの意外なところ。
 眉毛太いだけじゃないんだなぁ……。
(マッチ棒乗るかなぁ……)
 今度試してみよう、とアルフレッドは思った。
 至近距離で対峙しているうち、お互いがますますいとおしく思われる。
 アーサーも、その行為を止めようという気配を見せない。
(やっぱり、アーサーも感じてくれているんだな)
 アルフレッドは嬉しく思った。
 だが、高い鼻が邪魔で、それ以上前に進めない……。
 もっと触れ合いたいのに。
 二人は何度も角度を変えた。
 やっと、理想の位置におさまることができた。
「ぱさぱさだよ。アーサー」
「嫌か?」
「嫌じゃない」
 そして、またパチパチし始める。
 睫が触れるのが、快感になっていく。
 やっぱり、アーサー、睫長いな……。
 アルフレッドは感心すらしてしまう。
 愛する人から与えられる感覚は、何よりも大事なもの。
 結構気持ちもいいし。
 とりあえず、アーサーの緑色の目を近くで見続けることができるだけで、アルフレッドは幸せだ。
 思わず、相手の唇を奪いたくなってしまう。
 だけど、今は我慢我慢……それはどうせいつもしているのだし、チャンスもたくさんあるんだから。
 彼の柔らかい唇の味は数え切れないぐらい貪っているのであるし、彼相手以外の経験の浅いアルフレッドには比較対象が少ないが、他の誰のものよりも美味に感ずるけれども。
 それよりも、今回はこの睫キスに没頭しよう。
(なんだか新鮮だな。こういうの……)
 アーサーの淹れた紅茶は、とっくに冷めていた。

後書き
睫キスが書きたかったので、書いてみました。まぁ、あまり詳しくはないのですが(汗)。
2010.2.8

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