気分はマ―マイト 嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ――! あんなBADなもの食わせるアーサーなんて……。 「……大っ嫌いなんだぞ」 鏡を見ると、情けない自分の顔が映っていて、つくづく自分が嫌になった。 こんな顔、ヒーローらしくない。 いつでも自信たっぷりの自分らしくない。 アルフレッドは、自分でも辟易していた。 「アーサー……君は俺がそんなに嫌いかい?」 アルフレッドは呟いた。確かに、会えば喧嘩を売ることも多いが、心が通じ合っている、やっぱりアーサーは俺が好きなんだ、と思ったこともあった。なのに。 こんな嫌がらせをされるなんて。自分がアーサーを好きなほどには、アーサーは自分を好きでなかった。 「……一生恨んでやるんだぞ」 一生、と一口に言っても、自分達『国』の寿命は長い。半永久的にすら思える。 アルフレッドはアーサーの『弟』だったこともある。それが嫌で、いつまでも子供扱いされるのが嫌で、他にもいろいろ事情はあるが、独立して、アルフレッド――アメリカ合衆国は今や押しも押されもせぬ超大国だ。今なら、アーサーにも負けない。 けれど、アーサーへの想いは募るばかり。しかし、アーサーからは嫌われて、俺が小さい頃の仲良かった蜜月期間は何だったんだ、と思う。 アーサーがくれたのは、マ―マイト、という、一応食べ物……らしい。 けれど、それがアーサーとの間に亀裂を走らせた。まぁ、元から仲が良いってわけじゃなかったけど。 スコーンが通常兵器なら、マ―マイトは産業廃棄物だ。 (そんなに俺が嫌いかい? アーサー) グルメな己に、こんな不味い物をくれるほど。スコーンだったら耐えられる。というか、慣れると割と美味しい。アルフレッドはアーサーのスコーンを食べて育った。 だがこれは――。 (いくら何でもあんまりなんだぞ) アルフレッドは溜息を吐いた。 アーサー……嫌いなのはわかってた。俺が独立した時から。 でも、ただ独立したわけじゃない。君だってわかっているはずだ。 アーサーと、肩を並べたかった。 フランシスの存在もあった。フランシスは、アーサーとは腐れ縁だ。だが――いつの頃からか、アルフレッドはフランシスに嫉妬していた。 俺だって一個の男なんだ。アーサーに証明してやると。 そして今。その目的は見事に果たされた。 弟だった時代を懐かしむわけじゃないけれど……そんな日もあるけれど……。 それでも、アーサーやフランシスと馬鹿やっては嬉しくなった。自分も仲間に入れられたのだと思うと、喜びに溢れてしようがなかった。 若いせいもあるが、そんな友人達がいるおかげで、アルフレッドはいつも元気だった。 その中には、フェリシアーノやルートヴィヒや菊も入れてやっても良い。枢軸トリオだ。だが、戦争は終わったのだ。 勿論、一番好きなのはアーサーだ。なのに―― 「おまえなんか大っ嫌いだ!」 死刑宣告にも似た一言。 「俺だって嫌いだぁぁぁぁ!」 そう言って逃げ出した――俺、アルフレッド。 しかも、変なもんじゃないって言うし――あれが変な物でなければなんなんだ。 にっくきマ―マイトめ。にっくきアーサーめ。 あんなめに合ったのは久しぶりだ。まだ舌に残っているおぞましい感触と、何とも形容しがたい味。 アーサー……恋していなければ、とっくに縁は切ってたぞ。もう何百回は切ってたぞ。 「――君を愛してる俺なんて、嫌いなんだぞ」 それがヒーローの偽らざる本音だった。 翌日――。 アルフレッドは菊に呼び止められた。 「ああ、アルフレッドさん。面白いもの作ったんですよ」 それは縦笛であった。 菊が息を吹き込むと、 「アルのバカー! アルのバカー!」 と、呪いのような声を連呼する。 しかし、この声はどこかで聴いたような……。 「あ、これ、アーサーの……」 「そう。アルフレッドさんへの恨みつらみがこもった木からできたのがこの笛です」 なんで、笛にまで罵倒されなければならないのか。 バカ、と言いたいのはこっちの方だ――とアルフレッドは思った。 ルートヴィヒは捕虜になった時食べたことあるって言ってたけど、あんなもんよく食うな。生来の我慢強い気質から来ているのかもしれない。それにしてはビールは我慢しないが。 「アルフレッドさん、よっぽどアーサーさんにひどいこと言ったんですねぇ」 ぽろりとこぼすように菊が言う。くそっ! 俺だって酷い目に合ったんだぞ! 「アーサーがマーマイトなんて核爆弾食わせるからいけないんだぞ」 「マ―マイトって?」 菊が首を傾げる。 そうだ。菊はマ―マイトを知らないんだ。 「……アーサーの国が作ったんだけどさぁ、とにかく不味いのなんの!」 「へぇ……アルフレッドさんの味覚でも耐えられなかったのですか」 どういう意味だ。 「ちょっと興味が湧いてきましたね。アーサーさんからもらって来ましょうか」 「……やめた方がいいと思うんだぞ。まぁ、どうしても、というなら止めないけど……」 アルフレッドは、昨日のマ―マイトの味を思い出して、吐き気がしてきた。口元を手で押さえる。 「――さん、アルフレッドさん……! 大丈夫ですか?!」 菊がアルフレッドの丸まった背中を撫でている。 「うっ、うん。だいぶ和らいだぞ。口直しにハンバーガーをしこたま食べてやる!」 「それよりも、やることがあるんじゃありませんか?」 「やること?」 アルフレッドは涙目で菊を見遣る。 「アーサーさんと、仲直りすることです」 菊の黒い瞳がきらりと光る。 「冗談じゃないんだぞ。アーサーは俺のこと嫌いなんだぞ」 「ご自分を基準に判断してはいけません。アーサーさんの国では、そのマ―マイトとかいうものは常備食かもしれないんですよ。その場合、失礼に当たる行為をしたのは貴方です」 「なんで君にまで責められなくちゃなんないんだい!」 「アーサーさんは天然ですからね。味音痴なのも、多分貴方の比ではないでしょう」 そうか……だとしたら、まだ望みはある。 「……あのアーサーのことだから、好意からだということも有り得るんだぞ……」 「そうですよ。というか、百パーセント好意からだと思います。貴方の話を聞いてると」 なんたって、彼は貴方のことを好きですからねぇ――と、菊が目を細めて言う。 「アーサーが、俺を、好き……?」 「そうです」 「そんなこと有り得ないんだぞ」 「アルフレッドさんは、アーサーさんが貴方のことを嫌い、と決めてかかっているようですが、話し合ってみなくてはわかりませんよ。マ―マイトは、アーサーさんのお国では珍味として重宝がられているのかもしれませんし」 「でも、すっごく不味いんだぞ」 「アルフレッドさんのお国のケーキだって相当なものですよ。青いケーキなんて、見る分にはともかく、食べる気には絶対なりません!」 「……味はいいと思うんだぞ」 「だから、ね? 自分のいいと思ってる物が、相手にとっては嫌がらせにしか思えない時もあるんですよ。感覚は人それぞれですから、でも――」 菊の口角が僅かに上がった。 「そこが人間の面白いところだとは思いませんか?」 俺達は『国』だと思うんだが――まぁ、人間としての体や感覚を持ち合せてはいるけれど。 「わかった。アーサーと話してみる」 「がんばってください。私の新刊の為にも」 「新刊?」 「いえ、こっちのことです」 よし、行くぞ! アルフレッドの中から力が漲ってきた。これでこそヒーローなんだぞ。 「アルのバカー」 「菊! その笛はやめてくれないかい!」 アーサーとは程なくして廊下で会えた。 「あ、アル……」 「やぁ……」 何となく気まずくなり、二人とも黙る。 そして――ふたり同時に「「あ」」と口を開く。 「な……何だよ」 「君の方から、どうぞ」 「あ……あのな、マ―マイト、嫌がらせとかじゃないからな……俺だって食ってるし……」 あ、やっぱり嫌がらせと誤解されたこと、わかってんだ。 「俺を嫌いだから、じゃないんだね……」 「ああ――つうか、嫌いなヤツに物なんかやらないって。健康状態を心配することもねぇしよ」 「じゃあ、俺のこと……」 好き? と訊く前に、アーサーが答えた。 「だから……俺はおまえのこと、嫌いじゃねぇって……」 アーサーはアルフレッドの目を見ずに話す。そこがかえって真実味に溢れて、愛おしくって。 「あ、でも、おまえは俺のこと嫌いなんだろ?」 アーサーが早口で言う。アルフレッドは、そんなアーサーが可愛いと思う。一時期は『兄』だった存在に、可愛い、なんて感情を持つのはおかしいかもしれないけど……。 「……今の君は、そんなに嫌いじゃないよ……」 「そうか……」 二人とも、しばらく押し黙っていた。しかし、さっきのような険悪さはない。 「ふふ……」 「ふふふ……」 アーサーとアルフレッドは顔を見合わせ―― 「アーハッハッ!」 と哄笑した。 「なんだなんだおまえら。廊下で笑い合うなんて――」 不気味だぞ、と通りかかったフランシスに言われた。 「いいんだ、こっちの話。ねぇアーサー、マ―マイト、俺の国のテレビ番組の罰ゲームに使わせてもらうよ」 「――罰ゲームか」 アーサーは笑いを止めて、苦々しいものを飲まされた時のような複雑な顔付きをした。 「いったい何の話だ?」 フランシスの質問に、アルフレッドは今度はにやあっと人の悪い笑みを浮かべて相手の方を見つめた。 「アーサー、例の物持ってきてるよね? フランシスも食べてみればわかるんだぞ」 「おう。いっぱいあるからな」 アーサーが懐から瓶を取り出す。 しばらく後――フランシスの悲鳴が辺りにこだました。 後書き 本家様からネタ、パクリました。 それから、二人で笑い合うシーンも、どこかで見たかもしれず……ちょっと記憶がさだかではありませんが。部分的にお借りしたシーンもございます。 フランシスは気の毒ですね。カナダがいないとすっかりギャグ要員です(汗)。菊もフランシスさんに関しては面倒見切れなかったのでしょう。知らなかったというか。 私はマ―マイト、実は食べたことありません。食べようとする気も起きません。食べ物に関しては保守派なんです(そうかぁ?)。 2010.10.22 |