タイバニ小説『女の子は負けない!

「こんにちはー。皆さん」
「よっ」
「あらぁ、タイガ―にハンサムじゃない。どうしたの? 二人で。珍しい――こともないかしら。最近は」
 ファイアーエンブレムがしなを作ってワイルドタイガ―とバーナビーに声をかける。
 昼下がりのトレーニングルーム。他のヒーローの面々は既に来ていた。
「ああ。俺ら、一緒に暮らしてるからよ」
 ワイルドタイガ―、またの名を鏑木・T・虎徹はへらっと笑った。
 ぴくっとブルーローズことカリ―ナ・ライルの耳が動く。
「あらぁ、それって同棲?」
「馬鹿言え。男同士だぞ」
「バーナビーの操は大丈夫なんだろうな」
「ちょっとアントニオ! 俺のことどういう目で見てやがる!」
「冗談だって。虎徹」
「でも、ロックバイソンの言うこともわかるわよ。タイガ―にその気がなくても――」
 因みにロックバイソンとは、アントニオのヒーローの時の名である。
「タイガ―。アンタほんっとに、何にも気付いてないのねぇ……」
「気付く? 何が?」
「ああ、もう、ほんっと察しが悪過ぎ! アタシはハンサムよりアンタの操が心配よぉ」
「それってどういう……」
「お気遣いありがとうございます。けれど、何にもないですから」
 金髪の伊達男、バーナビーはひらひらと手を振る。
 しかし、カリ―ナは、
「まぁ、『何か』があった方が僕にとっては嬉しいんですけどねぇ」
 と、ぼそっとバーナビーが呟いたのを聴き逃さなかった。
(――ハンサム!)
 バーナビーもカリ―ナも、虎徹のことが好きなのである。虎徹だけが、頭を掻きながらふぁ~あ、と欠伸をした。
(ちょっとハンサム! 抜け駆け止しなさいよね)
(ブルーローズ――貴方こそ。ちょっと可愛いからっていい気になって)
 カリ―ナとバーナビーはひそひそと話している。ちなみに、ハンサムとは、バーナビーの仇名である。
 バーナビーには『バニー』という、本人にとっては不本意な仇名も持っているのだが。『バニー』呼びをするのは、虎徹以外あまりいない。
 彼はハンサムで強く、スタイルもいい。優しそうに見えて――やっぱり優しい。
 こういう男が恋敵なのだ。カリ―ナにとっては。
 けれど――
(あたしは可愛い女の子! ハンサムなんかに負けてたまるもんですか!)
 二人の間にビシバシッと火花が散る。
 カリ―ナだって、ハンサムのことは嫌いではない。いや、むしろ好きな部類に入る。……虎徹のことがなければ。
(ああ~、タイガ―。アンタ騙されてるのよ~)
 虎徹がいなければ自分も騙されているところだったと思う。
 いや。バーナビーはそんなことはしない。顔に似合わず、正義感の強い男なのだ。
 ――カリ―ナにはいい男、特にバーナビーに偏見を持っているだけかもしれない。そのことは自分でもよぉくよぉくわかっているのだ。
「ちょっとタイガ―。いつからハンサムと暮らしてたのよ」
 さり気なくチェックを入れるつもりが、いつの間にか怒ったような調子になる。
 実際怒っているのだ。自分のハ―トをその気もなく盗んでしまった虎徹に。
「ローズ、おまえ怖いなぁ……何怒ってんだよ」
「答えてちょうだい」
「んー……成り行き、かな?」
 成り行きですってぇぇぇぇぇ!
 私がそんなことしたら、きっと親は反対する。
 ああ、ちょっとだけハンサムが羨ましい……両親を亡くしたことは可哀想だとは思うけど。
 バーナビーはしがらみがない上に同性と来ている。まさか虎徹に懸想しているとも思われない。
 カリ―ナ、いや、ブルーローズが虎徹と同居したら一大スキャンダルだが、バーナビーならそんなこともないであろう。
(ああ、ぬかったわ。ハンサムのヤツ――)
 カリ―ナは綺麗なピンクの爪を噛んだ。
「おいおいローズ」
 虎徹はカリ―ナの指をゆっくり口元からもぎとった。
「んなことしてると、爪がぎざぎざになるぞ。せっかく手入れしてるんだから、もうちょっと大切に扱え。な?」
 カリ―ナが噛んでいた親指の爪をそっといたわるように撫でながら虎徹は笑った。
 胸がどきんどきんと高鳴るのをカリ―ナは覚えた。
 ああ、こんなところが好きなんだ……。
 見ているようでちゃんと見ている。
 取り敢えず、爪を齧る癖は直すように努力しよう。
 バーナビーは――と見て取ると……。
 バーナビーは嘲笑していた。いや、実際は嘲笑してないのかもしれないが、何となくそんな気がしたのだ。
「……わかった」
「うん? わかったか」
「私、タイガ―の家に行く」
「何がわかったんだよ……」
「いいえ。ブルーローズ」
 バーナビーが言う。
「虎徹さんは僕の家で暮らしてるんです」
「そう。バニ―ちゃん家広いから、居候させてもらってるんだよね」
 虎徹がなはは、と苦笑する。
「あの家は、一人では広過ぎるのでね」
 ということは、この二人、あの部屋でセレブな生活送っているわけ?
(羨ましいわね、代わりなさいよ!)
 ――とは、虎徹のいる前では思っていても口にできないカリ―ナであった。
 こんな時、どうしたらいいかもわからない。虎徹はカリ―ナの初恋の相手なのだ。彼女は俯いた。体が怒りで震えていた。
「――ローズ?」
 虎徹の呼びかけに――
「……構わないで! アンタなんかどうせ私の気持ちも知らないんでしょ! だから構わないで!」
 と彼女は癇癪を起こして虎徹の手を跳ね飛ばしてしまった。何となく気まずい雰囲気が辺りを流れた。
 カリ―ナは肩を聳やかしながら出て行った。目にこぼれそうな程涙を溜めながら。
 トレーニングルームに残っていた彼女の他の仲間達はしばらく様子を窺っていたが――。
「虎徹さん……」
「おう。ちょっと見て来る」
「任せましたよ」
 怒って出て行った少女の後を追う虎徹をバーナビーは見送っていた。
 カリ―ナは物陰に隠れて、涙目になった目元を一生懸命擦っていた。
「よぉ。ここか?」
「た……タイガ―」
 緩みそうになりそうな顔を引き締める。
「構わないでって言ったじゃない」
「なぁ――何が気に障ったのかさっぱりわかんねぇけど……もしかして、俺がバニーと同居してんのが気になるのか?」
 こくんとカリ―ナは頷く。
「ははぁん。おまえ、バニ―ちゃんのこと好きだもんな」
 はぁっ?!
 どうしてそういうことになるわけ?!
「おまえら年頃だもんな。似合うぞ。美男美女カップルで」
 タイガーが美女って言ってくれた……じゃなくって!
(私が本当に好きなのは……)
「おい、ローズ――」
 三十代も後半だが若く見える虎徹の顔が目の前にあった。琥珀色の瞳が眩しい。
「う、うわっ――な、なに……?!」
「目が少し赤くなってる。後で目薬さしてもらうんだな」
 虎徹はふっと笑った。カリ―ナは顔も赤くなりそうだ、と思った。
「そんなことどうでもいいって――」
「とにかく戻ろうぜ。バニ―ちゃんも心配してる。実は楓もバニ―ちゃんのこと好きなんだぜ……ま、俺はおまえの方を応援するけど。楓はバニ―にはやらん。――そんな顔しなくたって、俺はただの居候。だって男同士だもんな。なんにもあるわけねぇじゃん。ネイサンもアントニオも心配性なんだって」
 そう言って片目をつぶった虎徹に他意はない――と思う。
 でも、ファイヤーエンブレム――ネイサンではないが虎徹の操が心配だ。バーナビーは或る意味飢えた狼なのだ。自分が男前なのを知っているから、ただの狼よりタチが悪いだろう。
 そして、この男はバーナビーが獲物として己を狙っていることに全く気付いていない。今も無防備にカリ―ナに後ろ姿をさらけ出している。鼻歌を歌いながら。
 虎徹はカリ―ナを自分の娘と重ねて見ている。カリ―ナもバーナビー狙いだと思っているようだ。
 全く。どいつもこいつも。
 カリ―ナは頭が痛くなってきた。
 でも――女の子は負けない! 何としてもバーナビーが虎徹に手を出す前に阻止するのだ!
 カリ―ナは闘争心に燃えていた。

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