どんな魔法を使ったの?

「木吉君、ちょっといい?」
 相田リコが木吉鉄平に声をかけた。
「何?」
「話があるんだけど」
 他のバスケ部員達がちらっとこちらを見た。が、何でもないように作業に戻る。日向もジオラマ作りに戻った。バスケ部主将日向順平は、戦国武将が大好きと来ている。
(何もロッカーでやらなくてもいいでしょうに――)
 と、リコはいつも呆れているのだが。閑話休題。
 リコと木吉は近くのパフェに陣取った。マジバだと、他の部員に聞かれるおそれがある。
 木吉は抹茶パフェを、リコはコーヒーを頼んだ。
「ねぇ、木吉君――どうやって日向君を更生させたの?」
「え?」
 木吉はぽかんと口を開けた。
 本当はリコは、
『どんな魔法を使ったの?』
 と訊きたかったが、それは流石にやめておいた。きっと木吉の人徳に違いないのだが――。
「ああ、あいつがバスケが好きで好きでたまらなかった。それだけの話だよ」
「でも、それを気付かせたのは、木吉君でしょ?」
「いやぁ、あれはただのきっかけだよ」
 木吉の笑顔が太陽のようだった。
「オレ、バスケ好きだから、バスケ好きなヤツも好きなんだぁ」
「でも、ライバルとかいるでしょ? そういう人、嫌いにならない?」
「うん。だって、バスケ好きなヤツに変わりないから」
「――ていうか、嫌いな人はいないの?」
 そうリコが問うと、木吉はうーん、うーん、と首を捻ってやがて答えた。
「そういえばいないな」
「――アンタって変!」
「ええっ?! オレって変だったのか!!」
 木吉がマジ顔で驚く。
「いや、ショック受けるところじゃないからね、そこ」
 リコが慌ててツッコむ。
「ま、正直苦手なヤツはいるけどな」
「そ……そう」
 そうだよね。木吉君だって人間だもの。苦手な人間の一人や二人、いるわよね。
 その事実にリコは何故かほっとした。木吉があまりにも浮世離れし過ぎているから――。
 でも変人という印象は否めない。悪い意味でじゃないけど。
「木吉君は、何で誠凜に来たの?」
「近かったから」
「あ、そう……」
「じっちゃんばっちゃんに楽もさせてあげたいし。でも、高校では部活を優先させるつもり。卒業したらうんと働いてじっちゃんばっちゃんの手助けしたいんだ」
 そう言って木吉は、嬉しそうに運ばれて来た抹茶アイスを口に運ぶ。
 なんか、理想の孫だよねぇ……。いいなぁ。木吉君のお祖父さんとお祖母さん……。
 コーヒーを啜りながらリコはそんなことを考える。
「ん? どうした? リコ」
「あなた、理想の孫だなって」
「あはは、嬉しいなぁ」
 笑いながら木吉は長い腕を伸ばして向い側のリコの頭をわしゃわしゃと撫でる。
(それに、いいお父さんになりそう……)
 リコの父は子煩悩が過ぎなければいい父なのだが、タイプが違う。リコは木吉にも父性を感じた。
「いいお父さんにもなれそうだね、木吉君は」
「うん。子供ができたらバスケ習わせようと思うんだ」
 そうじゃなくって――。
 リコは呆れた。しかし、このズレっぷりが好きだなと思った。
 全く、天然なんだから……。
「リコも好きだろ? バスケ」
「うん。今はね……」
 ちょっと前は大嫌いだったバスケ。あんなにバスケが好きだった日向も、無理して背を向けようとしていたバスケ。
 だが、そんな日向を再びバスケに導いたのはこの男――鉄心こと木吉鉄平だった。
 バスケは案外奥が深い。他のスポーツと同じように。リコも、いつしかバスケの魅力に取りつかれていた。
 今は毎日が楽しくて仕方がない。
 日向も、木吉につっかかってはいるが心は開いている。木吉もそんな日向を相手にするのが嬉しくて仕様がないみたいだった。
(ほんとに――バスケ馬鹿だよねぇ)
 敢えて主語を入れずに考える。誰が――というのは自分が一番よく知ってるから。
「ねぇ、もうひとつなんか食べない? お代は私が持つから」
「え? いいの?」
「うん。だって――今日は木吉君のお誕生日でしょう?」
「あ。そういえばそうだった。覚えててくれて嬉しいよ。リコ」
「……まぁね。お誕生日おめでとう。木吉君」
「ありがとう」
 そして、木吉はまた抹茶アイスを頼んだ。
「好きなのねぇ。抹茶アイス」
「うん。こういう和風のが好きなんだ」
 木吉が幸せそうに舌鼓を打つ。リコはこの店を選んで良かったと思った。
「あのさ……」
「ん?」
「日向君からは何もない?」
「ん? 何のこと?」
「ごめん。何でもない」
 実は、見てしまったのだ。昨日、スポーツ用品店で日向がバッシュを買ったところを。
 日向のバッシュはこの間新調したばかりだ。
「なぁに。そのバッシュ。誰の為に買ったの?」
 にやにやしながら日向に近付くと――。
「げっ、リコ」
 まずいところで会ったと日向は動揺した。
「ねぇ、それ。木吉君へよね」
「…………」
「教えてくれないなら直接木吉君へ言ってやろうっと」
 リコはるんるんと店の出口に向かおうとする。日向は慌てて止めた。
「わぁった! わぁったよ! ……こいつは、木吉への誕生日プレゼントだよ」
「やっぱりー!」
「だって、一応オレの……恩人だし、バスケ部創ったヤツでもあるし」
「サイズ知ってたの?」
「ああ。――前にやっぱ大足なんだなって感心したことあるから」
 誠凜にはバスケ部はなかった。だから、木吉が創ったのだ。ここにも木吉のバスケ好きぶりが現われている。
 木吉も日向も誠凜バスケ部で天下を取るつもりだ。そのお手伝いをさせてもらえることは、リコにとっても光栄である。日向なんか、日本一になれなかったら全裸にでも何でもなってやるってタンカ切ったのだから。――それを冗談にするつもりはリコにはない。
 リコは人差し指を唇に当てて木吉に言った。
「ま、お楽しみは後でね」
「?」
 木吉は首を傾げた。
 満足した二人が店を出てしばらく歩くと、日向に出会った。
「よっ、日向」
 木吉が手を上げた。日向はほんの少し逡巡すると――。
「これ、誕生日」
 日向は箱の入った袋を木吉に押し付けた。
「え? 何?」
「バッシュ。アンタの……だいぶボロくなってたから」
「――ありがとう。日向。つか、オマエもオレの誕生日覚えてたんだな」
 木吉は大きな手で日向の頭をくしゃくしゃにする。
「ばっ、こら、ちょっとやめろって」
「はっはっはー。オレ、バスケやってて良かった。オマエらに会えて良かったよ。こんな風に祝ってくれるなんて思いもしなかったもんな」
「ふん。甘いぜ、木吉。ケータイ見なかったか?」
 日向がずれた眼鏡を直す。木吉がケータイを開いてみると――伊月、水戸部、小金井、土田から祝いのメッセージが。
『木吉さん、バスケ部創ってくれてありがとう。誕生日おめでとう』
『…………おめでとう』
『オレさ、上手くなったって木吉サンにほめられたの、嬉しかったな~。なんかバスケ楽しくなってきちゃったぜ』
『お誕生日おめでとうございます』
「あっ。今までマナーモードにしてたからな。でも嬉しいよ。こんなに嬉しい誕生日は小学校以来だな」
「リコが今日木吉の誕生日だって一斉送信したんだよ」
「そうよ。彼らも祝ってくれると思ってたけどね」
「うん、うん。ありがとう」
 木吉は日向とリコの肩に腕を回した。リコは嬉しくて笑い――日向は照れ臭いのか苦い顔でそっぽを向いた。

後書き
木吉センパイハピバ!
今の二年生ズが一年だった頃の話。
そういえば今日は緑高の日だ! そっちもおめでとう!
2013.6.10

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