ミステリアス・レディ

「お帰りなさいませ、ジェイク様」
 黒い髪をおかっぱにした美女が出迎えてくれる。
 ずっと待っていてくれたんだな、クリーム。
「ただいま、俺の――ミステリアス・レディ」
 クリームはNEXTだからと言って迫害を受けていた。俺が会った時はまだいたいけな少女だった。
 俺はクリームを誘拐した。それが俺達の始まり。
 クリームは俺に心を開いてくれたようだった。
「戻りたくありません! ジェイク様と一緒にいたいんです!」
 この俺とか? 冗談言うな、ガキが――と思ったけれど。
 華奢な体。すんなりした脚。整った顔――それを見ているうちに、考えが変わった。
「来い、クリーム」
 そうだ。確かに俺も、このミステリアスな雰囲気の女に、惚れてしまった。
 大輪の花を咲かせる、というタイプではないが、芯の強い目が俺を射抜いた。
 派手でもない。かと言って地味でもない。不思議な雰囲気が俺の心を捉えた。
 その日、俺達は男と女の関係に陥った。
 それはクリームも望んだことだ。
「私、ジェイク様に一生ついて参りますわ」
 頬を上気させながら、そう告白したあいつ。
「はっ。俺みてぇな勝手な奴、三日でイヤんなるぜ? おまえもきっと――」
「まぁ、そんなはずありませんわ。だって、私は――」
 そこで一旦、クリームの言葉が途切れた。それはよく覚えている。
「――私の初恋の人ですもの……」
 俺はそれを聞いて、柄にもなくちょっとぐらっと来たね。
 そして――俺の女は今日からこいつ一人だと決めたね。
 クリームにもそれがわかったらしい。
 俺が、あいつにつけたニックネームは、
『ミステリアス・レディ』
 何を考えているかわからない。もしかしたら何も大したことは考えていないのかもしれない。
 ――いや、俺は人の考えが読める。それでも、こいつは掴みどころがなかった。
 そんなところが――ますます気に入った。
 その日から、クリームは俺の影になり日向になり支えてくれた。
 結婚したこたねぇが、妻と言うのはこんな感じかと思った。
 クリームは確かに妻にうってつけの女だった。
 うるさいことをあれこれ言わない。俺だけを見ている。俺だけを愛している。
 クリームはまさに俺の理想の女だった。
 クリームにとっても、俺が理想の男だったらしい。
 子供はできなかったが、もし孕んだらクリームは絶対産んだだろうし――俺も人並みに可愛がることはできたかもしれない。――結局できなかったが。
「なぁ、クリーム。俺は、NEXTの理想郷を作りたいんだ」
「まぁ……」
「今いる人間どもはみな屑だ。世界はNEXTに統治されるべき――そう思わないか?」
「素晴らしいですわ、ジェイク様」
「これからは俺達が世界を動かして行くんだ。俺や――おまえのようなNEXTが」
「ええ、ええ!」
 クリームは涙を流さんばかりに喜んだ。
「それでこそ私のジェイク様――私も命の限り協力しますわ!」
 力の限りではなく、命の限り――か。
 こいつ、本当に俺に命預けてんだなぁ……。
 ま、途中でヘマしてつかまってしまったけど、それで諦めるような女ではない。面会の時には必ず来てくれた。
 けれど、あいつもあいつで忙しく、水面下でいろいろ動いていたらしい。
 あいつに任せておけば大丈夫だ。そんな不思議な安心感があった。
 でも、やっぱり、釈放されてあいつに会った時は嬉しかったなぁ。
 あいつもそうだったらしい。
 これで二人はいつも一緒だ。俺達は二人で一人だ。
 クリームが情の深いのはもちろんだが、俺だってこんなに一人の女に入れ込むことになるとは思わなかった。
 だから俺は、運命の赤い糸ってヤツを信じたくなってきたんだよな。
 そして俺は死んじまったが――クリームも後を追ってきてくれると信じている。
 この暗闇の中を――。
「ジェイク様!」
 ――え?
 この声はクリームの声?
 おお、まさか本当に来てくれるとはな――!
「はっ、はははははっ!」
「どうなさいました? ジェイク様」
「いや、俺はおまえに改めて惚れたぜ。なぁ、俺のミステリアス・レディ」
「その仇名は止めてください。私は貴方の前ではただの女です」
「そうか……悪かったな。今まで一人にして――クリーム」
 そして俺は、クリームの背骨も折れよとばかり華奢なその体を抱き締めた。
 クリームも俺の抱擁に応えてくれた。
「クリーム――もう離さねぇ」
「はい――ジェイク様……」
 俺達は――多分どちらも泣いていた。
 感極まって、嬉しくて――。
 馬鹿だよなぁ……。
 俺達って、本当に馬鹿だぜ。
 いや、俺が馬鹿な男なだけかもしれねぇけどな……。
 クリームと一緒なら、この暗闇も光に変わると思ったなんて……。
「私、ずうっと夢見ていましたの」
「何をだ?」
「ジェイク様と私だけの世界が訪れることを――」
 何だ。それだったらもう叶っているじゃねぇか。
「ウロボロスもヒーローもNEXTも関係ない。貴方と私だけの世界」
 俺は、
「そうかい」
 と、つっぱなすように答えた。
「何となく、照れくせぇな」
「ふふ。嬉しいですわ」
「まぁいい。ここにいるのは俺とおまえだけだ。思うさま、愛し合おうぜ」
「ええ」
 クリームの顔は薔薇色に染まっていることだろう。あいつの嬉しさが俺にまで伝わってくる。
 俺も嬉しいぜ、クリーム。
 他人は俺のそばからいなくなる。でも、おまえはここにいる。
「温かいですわ。ジェイク様」
「――ああ、俺もだ」
 互いに体を寄り添わす。そんなことが幸せだなんて思ってもみなかった。
 あばよ。気の毒なヒ―ロー諸君。
 俺達はここで、永遠の愛というヤツを手に入れたんだ。それは予想とは違う形だったけれど――。
「ねぇ、ジェイク様。私、あのバーナビーとかいうヒーローに復讐して来ましたわ」
「ほう、えれぇもんだな」
 俺達はずっと語り合う。この闇の中で――。クリームの話に俺も笑った。
 おまえは未来永劫俺のものだ。ミステリアス・レディ――クリーム。

後書き
ジェイクリ大好き! 特にクリームが好きです。
2013.3.9

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