虎徹が教会に逃げた訳

 虎徹――鏑木・T・虎徹は逃亡者であった。
 彼は凶悪犯罪の犯人として指名手配されている。本当は彼はそんなことはしていないのだが。
(こりゃあ、難儀だな)
 虎徹は心の中で密かに思う。
 でも、追手を攻撃する訳にはいかない。
 そんなことをするのは、ヒーローのワイルドタイガ―である虎徹として許されることではない。
 かと言って大人しく捕まる気もない。
 天井に十字架のある建物が目に入った。
 教会――。
 一時身を隠そうと、虎徹は教会の重い扉を開けた。
「う……わぁっ!」
 虎徹は思わず歓声を上げた。
 赤い絨毯。きちんと並んだ長い椅子。
 綺麗なステンドグラスが夜の色に染まっている。赤、青、黄色――。
 そして――。
「どなたです?」
 快いメゾソプラノが耳に入った。でも、若い女性のものではない。
 修道女の服を着た年配の女性が微笑んでいた。会ったことはないが、サマンサ・テイラーにも雰囲気が似てる。
「神父様なら出かけてましてよ」
「あっ、いや……俺、礼拝に来たんじゃないんすよ。ただ、ちょっと――」
 この後どう続けたらいいかわからない。
 この人は自分を通報するだろうか。いや、しないだろう。そんな確信が虎徹にはあった。
「どうやら訳ありのようですね」
「そうなんすよ……いや、そうなんですよ。何だか知らないけど、冤罪事件に巻き込まれてしまって……」
「いらっしゃい」
「いや……俺、無宗教なんでそうする訳には――」
 その時、お腹がぐ~っと鳴った。
 シスターがくすっと笑った。
「ご飯くらいは食べていかれるでしょう? 晩餐のお時間ですからね」
「ええ? でも……」
「食べていかれますわよね」
「は、はぁ……でも、俺、殺人犯として追われているんですけど――」
 つい、そんな台詞が口をついて出てしまった。
 シスターにはわかってもらえる。何より、本音を引き出す力が目の前の女性にはあった。
「怖くないんすか?」
「怖い? 何がです? 殺されることでしたら怖くはありませんよ」
 シスターは微笑んだ。
 そういえば聞いたことがある。クリスチャンは神のみもとに行くことを望んでいるから、決して死は恐れないのだと。神の為に喜んで殉教するのだと。
 それを聞いた時、虎徹は一笑に付したものであったが。
 シスターは本当にそう信じているのかもしれない。
(強いな。このおばさん)
 信仰を持っている者は強いのであろう。それとも、シスターの元々の性格か。或いは両方かもしれない。
「あなたに人は殺せないわ。あなたの目はとても優しいもの」
「いや、あのね……」
 もっと危機感持った方がいいんじゃないか? 特にこのシュテルンビルトには犯罪がはびこっているのだから――。
 しかし、虎徹はそのどれも口にしなかった。言っても無駄――というか、わかっていて自分に優しい言葉をかけている、それが伝わって来たからだ。
「ドアを開けたら廊下があるから、奥の部屋で待ってらっしゃい」
「は、はぁ……」
 シスターに促され、虎徹はドアに向かう。
 ちら、と後ろを振り返ると、シスターは少年達と話していた。シスターはさりげなくこの礼拝堂を見えないように隠していた。
「鏑木・T・虎徹? いいえ。そんな人は見かけませんでしたわ」
(サンキュー、シスター)
 虎徹は帽子を直した。
 奥の部屋には男の子が二人いた。
「おじちゃん、だあれ?」
 幼い方の子供が訊いた。
「え、えと……俺は……」
「あーっ! この人、どっかで見た! 確か、ワイルドタイガ―だったよな!」
 年長の方の子供が言う。
 小さい方の子供は、物おじせずに虎徹に近づいてくる。そして笑った。
「ぼく、リー。こっちはルー」
「――タイガ―だ。宜しく」
 虎徹が手を差し出す。リーは小さな手で握った。
「やっぱりワイルドタイガ―なんだ!」
 ルーは目を輝かせた。虎徹はルーとも握手した。
「その、なんだ? ルーはワイルドタイガ―好きなのか?!」
「大好き! ヒーローの中では一番好きなんだぜー」
 ヒーローの中で一番好き……。
「へぇー。おまえ、見る目あるなぁ」
 自分で言うことではないが、やはり得意になってしまう。
「まぁな。強くて、かっこよくて、正義の味方の見本みたいな男だよ」
 と、嬉しそうな顔で話されると、こっちまでヒーローやってて良かったなぁ、という気分にさせられる。
「ルーはね、ワイルドタイガ―が本当に好きなんだ」
 と、リー。
「うん。学校じゃねぇ、バーナビーの方が人気あるんだけど、オレはワイルドタイガ―の方が好きだな。グッズやカードも揃えてんだぜ、ほら」
(そっか。バニ―ちゃん、人気あるんだな。良かったな)
 と、今ならば虎徹は素直に思える。
 ルーが宝物を取り出して見せる。
「ほら、これがワイルドタイガ―だよ」
 ルーが指をさす。そこにはポーズを取ったワイルドタイガ―の姿が。
(あ、やべ……何か泣きそう)
 楓はバーナビーのファンだけど、こんな風に俺のヒーロー姿をかっこいいと思ってくれたらどんなにいいか。
(こんなちびっ子達の為にも、俺は早く汚名を晴らさなければ)
「さぁさ、食事にしますよ」
 シスターが入って来た。
「シスター・アグネス!」
 リーが言った。そして、シスターの服に纏わりつく。
 アグネスだって? アグネス・ゴンジャと言ったらマザー・テレサの本名じゃねぇか。
 でも、このシスターにはぴったりの名のような気がした。
「もっとちゃんとしたお料理をこしらえたかったんですけれど……すみませんねぇ。えっと……あなたのことは何とお呼びしたらいいのかしら」
 シスターは優しい顔で虎徹に問う。
「タイガ―って言うんだよ!」
 リーが得意そうな声を上げる。
「ヒーローのワイルドタイガ―なんだ」
 と、ルーも続ける。
「ご馳走ではないですけれど、どうぞ召し上がれ。たっぷり作りましたからね」
 食卓の上に料理が並ぶ。
「わぁい!」
「いただきまーす」
 リーとルーはナプキンを首元につけ、皿に取り分けられるのを待った。虎徹の分もあった。
「ありがとうございます」
 虎徹は礼儀正しく礼を言った。
 サラダにスープ。マッシュポテト。メインは鶏肉のマリネ。何が入っているのだか一見してわからないものもあった。けれど、どれも美味しそうないい匂いがする。
 それら全てが美味しくて虎徹は舌鼓を打った。質も量も満足のいくものだった。
「ワイルドタイガーなら殺人犯の鏑木・T・虎徹もやっつけちゃうんだ」
 ルーの何気ない一言で虎徹の顔に一瞬翳が走った。
「ルー。足をぶらぶらさせちゃいけません」
 シスターが鋭い声で注意する。
「はあい」
 と、ルーが素直に謝った。リーは食べるのに夢中だ。
「この子達、シスターのお孫さん達ですか?」
「いいえ」
 と、今度はシスターが困った顔をした。
(あっ、そっか。シスターって結婚できないのか。イエス・キリストと結婚しているから)
「この子達は孤児ですのよ」
「あっ、すみません。余計なこと訊いて」
「いいんですのよ」
「こじってなぁに?」
「親がいないってことだよ」
 リーの質問にルーが答える。二人とも全く屈託がない。親がいなくても幸せなのだろう。
 楓はどうなのかな――虎徹は懐かしさと苦さと共に娘のことを思い返した。
「神父様は今、孤児院を訪問しています。もうすぐ帰っていらっしゃると思いますけれど。素晴らしい方なのであなたにも会わせてさしあげたいですわ」
「あ、いえ……俺、神父さんとかそういうの苦手なんすよ」
「まぁ……」
 シスターの目が和らぐ。この女性にはそんな微笑みがよく似合う。
 何で笑ったのかな――虎徹は不思議に思ったが。
「じゃ、俺、もう行きます。ご馳走様でした」
「もう少しここにいらっしゃらないこと?」
「いえ。これ以上迷惑かけても何ですし」
 それに――静かに生きている彼らを巻き込む訳にはいかない。虎徹の身辺は些かうるさ過ぎた。
「それじゃ、ありがとうございました」
「またいらしてくださいね」
 シスター・アグネスが柔和な笑顔で送り出してくれた。
 全てが終わったら――また来てもいいな、と思った。
 それよりも問題解決の方が先だが。今の自分は凶悪犯と思われているのだ。あのルーにさえ。
 教会の扉が閉じると、虎徹がまず先に取った行動は――。
 この教会から出てきたことを気取られないように一刻も早くその場から離れることだった。

後書き
捏造シーン、オリキャラありです。
とにかくクリスマスだから教会ネタをやりたかった。この教会は多分カトリック。
虎徹がマベにハメられてみんなから逃げ回っていた頃です。多分クリスマスの時だったと思う。
虎徹はその頃アイパッチしてたっけかなぁ……ちょっとど忘れだけど。
ところで、オリキャラの名前ルーとリーを合わせると……わかる人にはわかりますよね(笑)。
2011.12.8

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