ルートヴィヒ、苦労のち晴れ

 今、アルフレッドの部屋に行ってきた。いや、正確に言うと、アルフレッドとアーサーの部屋、かな。
 アルフレッドを連れて来いと頼まれたので行ってみたら、あいつらは人目もはばからず――いや、そんなことはどうだっていい。
 ……どうでも良くないか。
 何であいつらはああなんだ。他の連中はおかしいとは思わないのか。
 付き合うのは勝手だ。しかし、アルフレッドは今日の主役ではないか。それなのに、アーサーと一緒にいるなんて、気でも違ったか。
 あいつには、もっと『国』としての自覚を持ってもらわんと。いくら若いからとはいえ。
 ああ、でも……フェリシアーノよりはマシか……。
 俺はゴン、と壁に頭をぶつけた。
 さっきの衝撃映像が脳裏を過ぎる。俺も少し気が動転してるみたいだ。
「ルートー!」
 フェリシアーノが俺を呼ぶ。 
 ルート……俺の愛称だ。でも――。
「フェリシアーノ、ルートヴィヒと呼べ、と言ってるだろう!」
「えー、長いし他人行儀だよ。ルートでいいじゃん」
 そう言ってフェリシアーノはけらけら笑う。
「ずーっとルートって呼んでるんだからさぁ」
「まぁ、そういえばそうだな」
 俺は腑に落ちないものを感じながらも、一応は納得した。
「ところでフェリシアーノ……随分探したんだぞ」
「奇遇だね。俺もルートを探してたんだよー」
 フェリシアーノがほわほわした笑顔を見せた。くるんとした一筋の髪も相変わらずだ。
 その笑顔を見ると、何となく和んでしまう。
「アルフレッドいた?」
「自分の部屋だ」
「アーサーと一緒だったでしょ?」
「何でわかる」
「だって、二人は恋人同士でしょ?」
 驚いた。フェリシアーノまで知っていたとは。こういう時だけ観察眼が鋭い、とつい感心してしまう。
「アルフレッド、どうしてた?」
「あー、あいつなら……あいつも具合悪くなってた」
 俺は嘘をついた。
「アーサーと仲良くしてた?」
「ああ……してたしてた」
「やっぱり――ねぇ、ルート」
「なんだ?」
「俺達も仲良くしよっ」
 そのフェリシアーノの言葉に俺は思わずたじろいだ。
「いや、いやいやいや、いかん!」
「どうして? そんなに悪いこと?」
「悪いことというか……そんなとこ兄さんに見られたらどうなるかわかったもんじゃない!」
「ギルベルト兄ちゃん? 優しいから大丈夫だよ」
「おまえにはな」
「ルートにだって優しいよー」
「あー……まぁなぁ……」
 兄さんはちょっと変わった男だけど、悪い人ではない。いや、ずる賢いけど、どこか抜けてるというか――だから、フェリシアーノも兄さんのことが好きなんだろうな。
「よぉ、ルート」
 噂をすれば、だ。
「フェリちゃんも一緒かい?」
「うん! 今、ルート見つけたのー」
「そうか、良かったな」
 兄さんはフェリシアーノの頭をわしゃわしゃと撫でる。それがいかにも自然で、俺には多少羨ましかった。
「ローデリヒのアホはエリザベータと一緒だよ。ちょっ、ちょっ。俺だけ仲間外れにしやがって」
 兄さんは舌打ちをしている。本当に悔しそうだ。しかも、エリザベータはこの頃なんだかローデリヒに急接近している。
「兄さん……兄さんも俺達と行かないか?」
 こういえば、実は寂しがり屋の兄さんはのってくると思ったんだ。
 しかし、兄さんはにやりと笑うとこう言った。
「おまえらだってカップルだろ? 俺は邪魔したくないんでな。――あばよ。あ、そろそろ花火の時間だかんな」
 そう言って、一人楽し過ぎるぜー、とかぶつぶつ呟きながら兄さんは去った。
「ルートー。花火見に行こー」
「ああ、そうだな」
 微笑んでいるのが自分でもわかった。
 花火か……。アーサーもアルフレッドも花火を見られるといいな。
 ベタベタし過ぎてタイミングを逃すということも有り得るけどな。
 アメリカのインディペンデンス・デイはお祭り騒ぎだ。
 せっかく国民が祝ってくれているのに、あのアルフレッドときたらアーサーしか目に入らないのだからな。
 まぁ、俺も人のこと言えた義理ではないが……。
 ホテルを出て深呼吸をした。爽やかな風が吹いている。淀んだ空気を吐き出すように息を吐く。
 アルフレッド――アメリカの誕生日が晴れで良かった。
 みんな、めいめいに祭りを楽しんでいる。
 酒を片手に笑っている者、楽器を鳴らしている者、それに合わせて踊っている者、家族連れ、買い物に夢中な者、食べ歩きをしている者――。
 早くアーサーの病気が良くなるといい。あの男はいつまで経っても、アルフレッドを弟としか見られないらしい。――アルフレッドがぼやいていた。
 でも、そのうち何とかなるだろう。
 そんな風に能天気になったのは、きっとフェリシアーノのせい。
 フェリシアーノはどんな魔法を使っているのだろう。敵国の者でさえ、こいつには優しい。
 フェリシアーノは、「ヴェ、ヴェ」と嬉しそうに鳴きながら俺の腕にぶら下がっている。こいつは珍獣か。
 でも、不思議と憎めない。こいつの人徳のせいだろうか。
 こいつといると、誰もが笑顔になる。
「ルートヴィヒさん、フェリシアーノさん」
 菊が俺達を呼んだ。
「ああ、菊」
「会えて良かったです。ちょっとさっきお宝映像が撮れたもので」
「お宝映像?」
 フェリシアーノが首を傾げる。
「まぁ、それはおいおい原稿に反映させる予定ですが」
 菊が意味深ににんまりと笑った。また同人誌、というやつを作っているのだろうか。菊の好みは今一つわからない。最近ではヘラクレスにも手伝いをさせていると聞くが――。
「ルートヴィヒさんとフェリシアーノさんの仲も萌え、ですね」
「も、萌え……?」
 言いなれない語句に舌を噛んでしまった。
「はーい。こっち向いてくださーい」
 思わず菊の方を見ると写真を撮られた。
 いや、それは構わないのだが、どういう扱われ方をするのか少々心配ではある。エリザベータの写真は紛れもなく芸術作品であるが。
「あ、花火が始まりますよ」
 最初の一発が上がった時、人々は歓声を上げた。
「たーまやー」
「なぁにそれ?」
 フェリシアーノが訊く。菊が答えた。
「ああ。花火が上がった時の日本での掛け声ですよ」
 そして、何発もの花火が夜空に星となって彩りを添える。
「たーまやー」
「フェリシアーノさん、次は『かーぎやー』と言うんですよ」
「へぇー、そうなんだ。――かーぎやー」
 菊とフェリシアーノのやり取りを聞きながら、今度はフランスの建国記念日だ、フランシスのところにも顔を出さなくてはな――とうっすら考えていた。

後書き
フランス革命の日はフランスの建国記念日だそうで。いずれにしても、もうその7月14日もとっくに過ぎてしまいましたが。
2012.7.19


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