黒子のバースデー

 WCも終わり、年も明けました。僕はいつも通り体育館へ向かいました。僕が体育館の扉を開けると――
 ドカドカドカッ!
 ――手痛い洗礼を受けてしまいました。
「な……何をするんですか?」
「あれ? ハイタッチのつもりだったんだけど」
 真顔で言わないでください。バカガミ君――いえ、火神大我君。
 火神君はこれでも僕の秘密の恋人なんです。え? 男同士じゃないかって? 近頃のアニメやマンガにはよくあることです。
 秀徳の高尾君もBLが好きで、よく互いの恋人の話をします。
 高尾君の恋人は緑間君です。インテリ眼鏡の変人です。物好きな――とも思いますが、緑間君はあれはあれで格好いいので、目が高いと言えるかもしれません。
 ――話が逸れましたね。
「悪かったな、黒子」
 尻もちついていた僕に火神君は手を差し出してくれます。もう――格好いいんですから。僕の恋人は。
「あー、それ、俺も前にやられたかんな」
 そう言ったのは誠凛高校バスケ部創生の男、木吉鉄平さんです。逞しくて皆の兄貴分です。
「もう少し加減してやれよ。な、みんな」
 手荒いハイタッチには木吉センパイも混じっていたようですが……。
「わりわり」
「ほら、2号も連れてきたよ」
 そう言ったのは、バスケ部のムードメーカー、小金井慎二センパイです。
 テツヤ2号――僕の名前、黒子テツヤから取った名前をつけられた2号。僕に懐いてくれています。可愛い僕達の部員の一人です。
「わんっ!」
 ちなみに犬です。目元が僕に似ているそうです。
「今日は……何かお祭りでもあるのですか?」
 皆さんうきうきしているような……。
「ばーか。今日はおまえの誕生日だろうが」
「は……」
 忘れてました。火神君にバカ扱いされるのは心外ですが、自分の誕生日を忘れていた僕も人のことは言えないですね。
 部員達の後ろからカントク――相田リコセンパイがやってきました。彼女はパンパンと手を叩きます。
「はいはい。アンタ達うるさくしない――おめでとう、黒子君」
「は……ありがとうございます」
 どうしましょう。頬が緩んで仕方ないです。
「今日は私が誕生日ケーキを作ってきたからね」
「……僕、まだ命が惜しいのですが」
「くーろーこーくん♪」
 あ、カントクいい笑顔です……こういう時のカントクは本当に怒っているのです。僕は正直に言っただけなのに……。
 カントクは料理が下手なんです。しかもそれを人に食べさせようとするのが趣味のようで。はっきり言ってありがた迷惑なのですが……。
 火神君が僕の耳元で囁きました。
「大丈夫だ。黒子。俺がすり替えておいた」
 火神君……!
 僕は感謝のキスを送りたいほど感謝しました。
 それに、火神君は料理が上手いのです。これは期待できそうです。
 というか、耳元で火神君の吐息が……。ちょっとくすぐったいけど、今なら幸せ過ぎて死ねそうです。
 って、誕生日に死んでどうするんですか! 僕!
「じゃ、ケーキ持ってくるわね」
 カントクが大きな箱を持ってきました。降旗君達がテーブルを持ってきてくれています。
「僕は何をすれば良いんでしょう」
「ああ、その辺に座っててくれ」
 主将の日向順平センパイが笑顔で言いました。今は素敵な笑顔ですが、試合中は性格も変わってしまいます。でも、何となくいつもより顔色が悪いような……?
「おめでとう、黒子」
 伊月俊センパイがやってきました。
「ありがとうございます」
「……はっ! ケーキを食べたら景気が良くなった。キタコレ!」
 伊月センパイは優しくてスマートで女の子にもモテて――しかし、ダジャレ好きで相手からは引かれてしまいます。
「はい。じゃ、ろうそく並べましょ。あれ?」
「ど……どうしたんすか? カントク」
「このケーキ、私の作ったのと違うみたい」
 バレた……?!
 全然喋ったことのない水戸部凛之助センパイもハラハラしているようです。
「あ、ああ……水戸部がね、気のせいじゃないかって」
 小金井センパイ……いつも思うんですがよく水戸部センパイの言いたいことがわかりますね。感心します。
 水戸部センパイもこくこくと頷いています。
「そっかー。気のせいか」
 ……カントクがあまり深く考えない性格で良かったです。いえ、バスケの時は鋭い観察眼を発揮しますが。そして、なんでも、日向センパイの幼馴染だとか。
 日向センパイもカントクのこと好きみたいだし、カントクも憎からず思っているようですし――。
 ――上手くいくといいですね。
「さ、ろうそくに火もつけたし、歌うわよ」
 立ち上がってケーキを見た僕はごくんと生唾を飲み込みました。
 何て――美味しそうなケーキなんでしょう。さすがは火神君です。
「ハッピーバースデー、黒子ー」
 ああ……中学時代にもキセキの人達に祝われましたが、高校でもチームメイトに祝われるとは思ってもみませんでした。
 感無量です。
「はい。じゃ、ろうそく消してー」
 僕はろうそくを消しました。みんなが拍手をしてくれました。
 火神君、木吉センパイ、日向センパイ、伊月センパイ、小金井センパイ、水戸部センパイ、土田センパイ、降旗君、河原君、福田君、カントク、2号――。
「皆さん、ありがとうございます」
 そこで拍手が起きました。
「黒子ー、おめでとうな」
 木吉センパイがおっきな手で僕の頭を撫でてくれます。
「おう。おめでとう。黒子」
 この声は火神君です。
「後でマジバで二次会しようぜー」
 小金井センパイは楽しいことを思いつくのが得意です。
「いいな。おい、バニラシェイク頼もうぜ。黒子。オレのおごりだ」
「火神君……」
「去年はマジおまえに助けられたもんな。オマエ、あそこのバニラシェイク好きだって言ってたじゃん。これからも宜しくな」
「――はい」
 僕も火神君に助けられたんですけどね……火神君だけじゃなく、バスケ部のみんなにも。
 僕がマジバのバニラシェイクを好きなこと、火神君は前から知っているのです。それがお互いの距離を縮めるアイテムのような気がして、僕はなんだか夢見心地になりました。
 まずはケーキを平らげてしまおうと、みんなでケーキを分けました。
 火神君が、ケーキを平等に切るのは難しいからとカントクから包丁を奪い取り――いえ、任せてもらってケーキを切りました。
 2号も食べたそうにしていましたが、お菓子の味を覚えると虫歯になりやすくなるし、2号にはいずれ犬用ケーキを買ってあげた方がいいような……。
 それはともかく、とても美味しいケーキでした。イチゴの酸味と甘くてふわふわした生クリームの甘さが見事に合わさって――。
「美味しい、です」
「ほんと? ありがとう!」
 カントクは無邪気に喜んでいます。カントク――そんなに嬉しがられては、ほんとのこと知ってる僕は罪悪感を覚えてしまうではないですか……。
 火神君が言いました。
「あー、カントク、そのケーキな。休み時間を使ってオレと水戸部センパイが作った……ました」
「えー?!」
 水戸部センパイも作っていたとは驚きですが、カントクも些かショックだったようです。尚、火神君は帰国子女のせいか、元々頭が悪いのか、敬語が苦手です。
「それじゃ……私、私の作ったケーキは……?」
「家庭科室に置いてある……ます」
「じゃあさ、私の作ったケーキはお土産って言うことで。おうちで食べて。ね?」
 カントクは極上の笑顔で言いました。……これは困りましたね……。
「あー、そのケーキなら、腹減ってたからオレが食った」
 日向センパイ!
「日向君……」
「結構旨かったぜ。……砂糖と塩を間違えなければな」
「……んもー! 私のケーキ、食べたいなら食べたいと素直に言えばいいじゃない!」
 カントクは照れ隠しに日向センパイの背中をバンバン叩きました。
「すまねぇ……オレ、疲れたから二次会出られそうもねぇ。先帰るわ」
 そう言って、日向センパイは体育館から出て行きました。
 ――大変です! 日向センパイにもしものことがあったらどうしましょう!
「黒子! 落ち着け。――漢のやせ我慢だ」
 火神君が僕の手を肩に乗せました。
「ほら、木吉センパイも行ったし、大丈夫だろ」
「――そうですね」
 やはり、火神君はチームメイト達のことをよくわかっています。彼は馬鹿だけど時々賢いです。
「しかし、キャプテン、ほんとにアレ食ったんだなー。すげぇわ」
「アレって?」
「黒子は知らない方がいい」
 どんな物体だか知らないけれど、それを一人で平らげたのはひとえに日向センパイの――
「――愛の力ですね」
 火神君は驚いたようだが、やがてふっと笑いました。
「だな」
「日向いないのに二次会行ったら日向に悪いな」
 小金井センパイは人間関係にとても気を遣うタイプんなんです。
「じゃ、この次にしましょ」
「――って、それじゃいつもと一緒じゃん」
「そうだそうだ」
 みんながどっと笑いました。僕も無論、笑いました。
 そっと扉から様子を見ると、木吉センパイが日向センパイを支えていました。
 その時――スマホが鳴りました。黄瀬涼太君からメールです。
『黒子っち~、誕生日おめでとう!』
 忙しいとこ感謝です、と返信しておきました。そして、メールは一通だけではありませんでした。
『おめっとさん、テツ』
『黒ちん、おめでとう~』
『黒子、誕生日おめでとうなのだよ』
『誕生日おめでとう。また皆で会おうな』
『テツ君。お誕生日おめでとう。またデートしてくれる?』
 青峰君、紫原君、緑間君、赤司君、桃井さん――。僕はスマホをぎゅっと抱き締めました。
 僕も――キセキの皆と会いたいです。パソコンなどからリアルタイムで顔を見ながらやり取りできる方法もあるということですが、残念ながら僕はやり方を知りません。お礼のメールを送信します。
 最近の青峰君情報によれば、荻原君は元気にしているということでした。
 ――高尾君からも来ていました。
『黒子、今秀徳近くのマジバにいるんだけど――オマエらも来ねぇ? 真ちゃんもいるよ』
 ちなみに、高尾君は緑間君のことを真ちゃんと呼んでいます。
 僕は――幸せ者です。高尾君は友達としては好きな部類に入るのでお誘いお受けしたいのは山々ですが……。
『すみません、僕今日行けません』
 と、返事しておきました。高尾君からは、んじゃ、そのうち暇になったら遊びに来てくんな、との返信が来ました。秀徳はここからそう離れてはいないので、いずれ遊びに行こうと思います。
「火神君。高尾君からマジバに誘われました」
「ん、そっか」
「――でも断りました」
「え? 何で」
 僕と高尾君が仲がいいのは火神君も知っています。
「これから日向センパイのところに行かなければならないですから」
 カンのいいところのある火神君はそれで気が付いたようです。
「そうだな」
 ちょっとした誕生会の片づけが終わると、僕と火神君は保健室へ行きました。日向センパイが横になっています。木吉センパイが付き添っていて、僕達を見かけると嬉しそうに、
「黒子、火神。来てくれたんだなー」
 と微笑みを浮かべてくれました。カントクも来て、
「――やっぱりここにいた。降旗君達の言った通りだったわね。日向君、大丈夫? ……私のケーキのせい……?」
 と、哀しげな声で言います。
「ああ」
「やっぱり?!」
 カントクはまたもショックを受けたみたいです。
「――こんなこと、大したことねぇって。オマエの料理に一番慣れてるのはこのオレだからな。それに、前より旨くなってるのは本当だぜ」
 日向センパイ、漢です。
「日向君……」
 カントクも涙を浮かべています。日向センパイが言いました。
「黒子、火神、――オマエらは先帰ってろよ」
「日向センパイ、木吉センパイ、カントク――今日はいろいろどうもありがとうございました」
 僕が言うと、日向センパイは口元を綻ばせました。木吉センパイもいつもの暖かい笑みを浮かべています。
「黒子君はこれから家? 今日は部活は休みってことになってるけど」
 カントクが、さっきの涙を拭いながら訊いてきました。
「――もうちょっと日向センパイに付き添いたいです」
「あんがとな。黒子。でも、オレに気ぃ遣わなくてもいいんだぞ」
 と、日向センパイ。日向センパイだって、カントクに気を遣っていたくせに。
「――いつもお世話になってますから」
 と、僕。
「世話になってるのはオレの方だ。オレ、木吉とカントクに話があるから、帰れ。な」
 有無を言わさぬ表情。
「……はい」
 ここは引き上げる潮時かもしれません。日向センパイのことは、カントクと木吉センパイの方がよくわかっているでしょう。ここは任せておくのが一番でしょうね。
「さようなら。日向センパイ、お大事にしてください」 
 僕達は保健室を出ました。戸を開けて立ち去る僕達に、またな、と木吉センパイが手を振っていました。

「――火神君、これから僕の家に来ませんか?」
「え? でも、狭いからダメだって……」
「火神君一人なら何とかなります」
 火神君は柔らかい表情になりました。
「じゃ、お邪魔するとすっか。――降旗達もおまえん家行きたがってたけど」
「そのうちお呼びします」
 でも今は火神君と一緒にいたい。火神君と肩を並べて歩きながら、この道が永遠に続けば良いとさえ思いました。

後書き
黒子、お誕生日おめでとう!
日向が美味しいところを持って行っている……(笑)。
2014.1.30


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