黒子クンと荻原クン

「黒子ー」
「荻原君」
 黒子テツヤの姿を見かけて声をかけてきたオレ、荻原シゲヒロに、黒子が応える。
「ていうか、それ、犬?」
 黒いところと白いところの混じったモフモフの犬が嬉しそうにわんわんと吠える。
 いいなぁ……オレ、犬好きなんだよ。猫も好きだけど。
「こんなところまで来るなんて珍しいですね」
「たまには遠出を、と思ってさ。その犬は? 何か黒子にそっくりだな」
「2号です。テツヤ2号」
「ワン!」
「ははは、誰がつけたんだよ、その名前」
「確か小金井センパイだったかと。みんなも2号って呼んでますし」
「嬉しそうだな、黒子」
「はい! ……ちょっと歩きませんか?」
「……だな」
 黒子とオレが並んで歩き出す。ここは荒川の土手に風景が似てるが金八先生が突然現れたりするようなことはない。ちょっと期待してたんだけど。
「オレ……荒れてて学校も行ってなかったけど……オマエのことは心のどこかで信じていたと思う」
「荻原君、ボクは……」
「いいっていいって。キセキの世代も鬼じゃないってことがわかったしな。でも、オレにとっては黒子は特別なんだ」
「でも……」
「キセキの世代は冷たい目をしてたけど、黒子、オマエの目だけは温かさを失わなかったよ。オマエのおかげで……オレは生きてこられたような気がする。例えバスケをやめてもな」
「最近はまたバスケを始めたじゃありませんか」
「ま、そうなんだけど」
「それに――ボクはキミのところへ行けなかった。怖くて――行けなかった。緑間君の後押しがなければずっとあのままだったでしょう」
「緑間……」
「彼は性格キツいし、本音ズバズバ言いますが、悪い人じゃないです……まぁ、ボクは苦手ですが」
 黒子はくすっと笑った。
「ははっ、オレも」
「でも、彼のおかげでキミのところに行くことができました――あの時の約束、守れなくてごめんなさい」
「いいよ。オレ、今のオマエと対戦がしてみたいな。2号の散歩が終わったら1on1しようぜ」
「……はい」
 黒子の唇の端が綻んだ。
「あ、でも、2号もいていいと思います。2号はバスケがわかるんですよ」
「そりゃオマエ、飼い主馬鹿じゃね」
「そうでもないですよ。2号は誠凛バスケ部全体で飼ってますので」
「ふぅん……」
 立ち止まったオレは、屈んで2号の頭を撫でた。
「オレ、荻原って言うんだ。宜しくな、2号」
 2号はまた「ワンッ!」と吠えた。
「――オマエとはパス練もしてみたいな。あ、でも、ボールがねぇや」
「バスケットコートがちょうど散歩のコースですよ。ついでにちょっと一緒に見に行きましょう。見に行くだけでも。誰か来ているかもしれないし」
「そうだな」
 コートに人気はなかった。オレ達は上手い具合に転がっていたバスケットボールを見つけた。
「借りよっか」
「そうですね。少しの間だけですからね。――じゃあ待っててください。バスケ部のカントクに連絡しますので」
「エライな、オマエ。それに、今日日曜じゃん」
「みんなバスケがしたくてうずうずしてるんですよ。それで日曜も」
「バスケ好きばかりなんだな」
「はい。みんなバスケが好きなことがわかったから、誠凛を選びました」
「誠凛を選んだって……バスケ好きってわかるのか?」
「はい。中学時代試合を見たことがあります。みんなバスケをプレイすることを楽しんでました」
「オレ、誠凛に編入してもいいかな」
「キミのお父さんが許せばね。でも、荻原君はアメリカに行きたいんじゃなかったでしたっけ」
「うん……だから、今、迷ってるんだ。火神みたいにアメリカで修行することもいいかなって」
「少しの間アメリカに行ってみるんでしたよね。水が合うようだったらアメリカの学校に行くのもいいじゃないですか?」
「うん、ありがと。黒子」
 黒子はカントクに電話をかけた。
「――いいそうですよ。2号がいるから遅くならないようにって釘刺されましたけど」
「ほんと?! じゃあ早速やろうぜ! まずパス練からな」
 黒子のボール捌きはキレッキレでオレはすっかり参ってしまった。
「すっげぇな、黒子。オマエのパス」
「ありがとうございます」
「さすが帝光の幻の6人目と言われただけのことはあるよ」
「でも――ボクは今は誠凛のメンバーですよ」
 黒子は、誠凛のバスケ部員であることに誇りを持っているようだった。黄瀬が海常のバスケ部エースとしてのプライドを持っているようにだ。
「黄瀬も似たようなこと言ってたぜ」
「キミは青峰君や黄瀬君とすっかり友達になったようですね」
「ああ、あいつら、気性が面白くてよ――なんかいいヤツって感じでさ」
「良かったですね」
「黒子のおかげじゃねぇの? 目が前よりずっと人間らしくなっていたよ」
「いいえ」
 向かい合っていた黒子が真剣な表情になった。
「彼らは自分で答えを見つけたのです」
「そっか」
 答えは自分で出すしかない。
 一見シビアなように見えるが、それしか方法はない。でも――。
「オレも目が覚めたよ。やっぱりオレ――バスケが好きだ。でも、しばらくはテレビでバスケの試合やってても観るのも嫌でさ」
「…………」
「オレ、結局逃げてたんだよな」
「でも、今は逃げていないじゃありませんか」
「うん。青峰や黄瀬と対等にバスケするのが夢なんだけど、あいつらほんとに天才だからなぁ」
「天才だからって何してもいいとは思いませんけれど。荻原君、あの時は――彼らを止めることができなくてすみませんでした」
「だーかーら。黒子は悪くないの」
 それに同意するかのように、
「ワンッ!」
 と2号が尻尾を振りながら吠えた。近くに立っていた鉄の棒に2号のリードが繋がれている。2号が逃げたり人に飛びかかったりしないようにだ(2号は賢いからそんなことはしないだろうと思うけど一応ね、と黒子が言っていた)。
「ほら、2号も黒子は悪くないってよ」
「あ……ありがとうございます。荻原君。まさか……キミとこんな話ができる日が来るようになるなんて思いもよりませんでした」
「……黒子が優しいからだよ」
 キセキの世代――あいつらが人間らしくなったのも黒子の存在が大きかったのだと思う。黒子は周りの人に勇気を与えてくれる。
 ――昔、黒子には何度も世話になったよ。主にケータイや手紙でだけど。
 励まし合って、ここまで来れたんだ。
「オレ、黒子に負けないようにがんばるよ」
「はい、がんばってください」
 黒子が拳を突き出す。オレはそれに答えた。
「あ、そのリストバンド……」
「使わせてもらってました。返しましょうか?」
「いや、いいよ。それ、黒子がやった方が似合うって」
「ありがとうございます」
 オレが愛用していたリストバンド。黒子に使ってもらっているならオレも嬉しい。
 黒子ががんばっているんだ。――オレももっと強くなって悔いの残らないようなバスケがしたい。
「じゃあ、今度は1on1な! 遅くならないように、一回だけ」
 オレがそう言うと凛々しい顔つきになった黒子が頷いた。

後書き
『青峰クンと荻原クン』よりも前の話っぽいですね。書いたのもこっちの方が先だったと思います。
黒子クンと荻原クン、これからも仲良しだといいと思います。
2014.6.23


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