黒子が気になる

「黒子のヤツ、一体どうしたんだろうなぁ」
「さぁ……」
 降旗と福田が喋っている。実はオレも気になっていた。黒子……こんな雨の中を……。オレも行くべきか……。
 その時、ぽん、と頭に手を置かれた感触があった。この大きな手は……。
「木吉先輩!」
「――ん」
 木吉先輩はいつものように笑っていた。天然だけど太陽のような男だ。
「黒子のことが心配か? 火神」
 木吉先輩が優しい表情で訊いてきた。
「先輩……」
 オレは息を飲んだ。木吉先輩にはお見通しってわけか。確かにオレは黒子テツヤのことが心配だ。
「はいっス」
「んー、黒子もね、人に心配されるほど子供じゃないと思うけど」
「わかってます。でも、傘もないのに……」
「そのうち帰ってくるよ。お前は待っていればいい」
 ――黒子が帰ってきた。
「おせーぞ。どこ行ってたんだよ」
 黒子はタツヤのところに行ってたことを正直に話した。とても頼り甲斐のありそうな男だと言うことを。
「――おう」
 そうなんだ。タツヤはとても頼りになる兄貴分なんだ。久しぶりにタイガ、と呼ばれたのが少し誇らしかった。そうそう。オレの名前は火神大我な。こう見えても帰国子女なんだ。タツヤとはアメリカで知り合った。
「んで? どんな話をしたんだ?」
「――内緒です」
「ちっ」
 オレは舌打ちをした。まぁ、黒子は喋りたくない時は頑として喋んねぇかんな……。
 黒子には秘密主義なところがあると前々からオレはそう思っている。肝腎なことは必要がない限り話さない。
「ただ、ボクのことを応援してると」
「応援? バスケか?」
 ――まさかな。バスケではタツヤはもうオレらのライバルだし。
「違います。まぁ、エール交換みたいなことはしましたが」
 黒子がふふふ、と笑った。何か隠しているな。黒子め……。
 あ、そうだ。
「黒子、お前、ずぶ濡れだぞ」
 全く、傘もないのに出歩くから――。
「大丈夫ですよ」
「んなわけねーだろ、ほれ」
 オレがタオルを放った。
「ありがとうございます。火神君」
 黒子が微笑んだ。オレは一瞬どきっとした。
 そして、さっき黒子がタツヤとどんな話をしたのか物凄く気になった。
「黒子――お前、タツヤと……」
「氷室さんとの会話の内容だったら喋りませんからね」
「チームメイトなんだ。知らせてくれたっていいじゃねぇか。……ケチ」
「ケチで結構」
 黒子がまた笑っている。黒子、いい表情するようになったな。
 ――オレのケータイが鳴った。
「ん、何だ?」
 オレはぱかっとガラケーを開けた。
「はあ?」
「どーした? 火神」
 と、降旗。
「いや、カントクが今から来いって」
 何なんだろうな、本当に。
 それにしても、タツヤの置き土産――。すごかったな、あの技。オレのブロックすり抜けて行ったもんな。
 やっぱりタツヤはすごい。でも、オレも負けない。
「黒子」
「ん?」
「ウィンター・カップ、勝とーぜ」
「当たり前ですよ」
 オレと黒子はグータッチをした。
「ウィンターカップもあいつらに勝って……んで、優勝しようぜ」
「ええ。――火神君はやっぱりバスケ馬鹿なんですね」
「それのどこが悪い」
 お前だって人のこと言えねぇじゃねぇか。黒子。
「まぁ、僕もバスケは好きですが――ここでまた好きなものを見つけてしまいました。
 黒子が? バスケ以外に?
「何だよ。好きなものって」
「今は言いません。――ちょっと喋り過ぎてしまいましたね」
 何だよ……気を持たせて。知りたくなってしまうじゃねぇか。
「どうしても喋れねぇのか?」
「はい。――ヒントを差し上げましょうか。ボクは今、ある人に恋をしています」
「……お前が恋ねぇ」
 オレも結構黒子の傍にいたが、わかんねぇ。
 あ、あいつか。
「桃井か? あの胸のでけぇ女」
「…………」
 黒子は何も言わない。黒子の笑みは謎めいている。まるでモナリザだ。
「……違う、のか?」
「さてね」
「――ふぅん」
 これ以上かまをかけられてもボクはもう何も教えませんよ。黒子はそう言っているように見えた。
「あ、ほら、まだ濡れてるじゃねぇか」
 オレはわしゃわしゃと黒子の髪を拭いた。黒子は大人しくしていた。
「黒子には好きな人がいたのかぁ」
 木吉先輩はのんびりした顔でずれたことを言った。ほんと、この人天然だな。空気読んでんだか読んでないんだか。
「オレも気になるな」
 降旗が好奇心で目を輝かせている。
「それどころじゃないだろ、てめぇら……」
 でも、確かにオレも気になる。まぁ、まずオレも髪拭くのが先だな。
 オレは丈夫だけど、風邪ひいたらバスケどころじゃねぇもんな。黒子も自分で頭を拭いていた。木吉先輩は降旗達とじゃれ合っている。
 ――電車がやってきた。目指すは誠凛高校。だって、カントクに呼び出し食らったもんな。俺ら。
 ストバスの大会に出ること、話さなかったから怒ってんのかな。怒ることでもねぇと思うんだけどな。陽泉は草試合禁止みてぇだけど。紫原とかいうでけぇヤツがそう言っていた。

 オレ達が誠凛に帰ると、そこには桃井が――。
「テツ君!」
 そう言って桃井が黒子に抱き着いた。
 えーと……本当ならば黒子死ねばいいと思うとこなんだが……。
 オレは黒子の胸に一目散に飛び込める桃井の大胆さがちょっとだけ羨ましいと思ってしまった。
 そして、カントクがキレてたのもわかる気がした。オレだってキレてるもんな。
 相棒がモテるのはいいことじゃねぇか。オレは必死に自分に言い聞かせた。
 でも、何だろうな。この気持ち。このもやもやした気持ちは……。

後書き
黒バス小説の『好きな人のハートぐらい』の続編です。今度は火神視点。
2016.9.2

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