一緒に暮らそう 僕――バーナビー・ブルックス・Jrには悩みがあった。 どうしたら虎徹さんと一緒に暮らせるようになるだろう……。 虎徹さんも独り暮らしだ。だから、僕の気持ちもわかるはずだ。 もう、一人はごめんだ。 前は心地よかった孤独も、今は耐えがたいものになってきつつある。 彼のせいだ。 僕は――彼に恋をしてしまっている。子持ちのおじさんの、鏑木・T・虎徹に。 KOHの呼び名も高いこの僕が、こんな叶わぬ恋をしてるなんて。せめて、虎徹さんが女であれば……。 女性になった虎徹さんを想像して、僕はちょっと赤くなったに違いない。 男性でも女性でも、僕は虎徹さんが好きなのだ。 不毛な恋だ、バーナビー。 そう自分に言い聞かせても、この想いは止まらない。 好きだ、虎徹さん。彼をこの腕にしたい。 虎徹さんも虎徹さんだ。僕のプライベートが気になるなら、いっそ住み込んでしまえばいいのに。 僕は勝手なことを思っているかもしれない。 だって、少し前までこの家には誰にも入らせたくなかったのだから。 でも、今は――虎徹さんならこの家に入れてもいいと思っている。 ――同棲生活か。 そこで僕はまた頬が熱くなるのを感じた。 同棲って、僕は、また、そんなことを……。 それは、その……虎徹さんにいろいろなことができればいいとは思うけれど……。 ああ、でも、恥ずかしい……。 僕にとって恋愛が鬼門だったなんて、思いたくなかった。 僕が色恋沙汰に無関心だとわかると、みんなは「ストイックだ」と言ってくれた。かなり好意的な意見だと思う。 でも、本当の僕は……。 虎徹さん相手にあらぬ妄想をしてしまう変態なんだ……。 男が男を好きだなんて、変態だと思う。その手の男にも言い寄られたことがあるし、その度つっぱねてきたのだが。 虎徹さんか……。 僕はふうっと息を吐いた。相手が悪過ぎる。 僕の仕事上のパートナーで、年上で……楓ちゃんという娘さんがいるくらいだから、絶対経験済みで……。 あ、そうそう。楓ちゃんは僕のファンらしい。いい子だ。さすが虎徹さんの娘だ。 でも、楓ちゃんの成長を待っているわけにはいかないし、だいたい、僕には虎徹さんしか見えないのだから。 僕なんて、知識を総動員しても、一蹴されたりして……。 それは……耐えられない。 僕がこんなに一人で悩んでいるのも、臆病になっているのも――。 みんな貴方が悪いんです。虎徹さん。 いや、本当は虎徹さんが悪いのではないのはわかっている。でも、そうやって八つ当たりしたい気分なのだ。 ワイン(もちろんロゼだ)でも飲もうと立ち上がりかけた時だ。 来客を知らす音が鳴った。 ここの住所を知っている人は数多い。僕はプライバシーも有名税の一つと考えて利用しているからだ。 だが、ここはセキュリティが万全な為、怪しい奴は入れない。 じゃあ、誰だ。怪しい者でないことは確かなのだろうが。 ――また音が鳴った。 「はあい」 僕は来客を確かめる為、テレフォン型の機械に飛び付いた。 「おー、バニ―ちゃん」 相手は虎徹さんだった。僕の鼓動が高鳴る。 「バニ―じゃありません! バーナビーです!」 ほっとしたのと照れたのと、そのぐちゃぐちゃになった心理状態の化学変化のおかげで、僕はつい怒鳴ってしまった。 ほんとはバニーでもバーナビーでも、どっちでもよくなって来てはいたんだけど……。 「怖いなぁ、何怒ってんの? 遊びに来たの、迷惑だったか?」 「いえ……」 僕は気を取り直した。 「入ってください。これからワイン飲むところだったので」 「一人でか?」 「いけませんか?」 「いけなかないけど、寂しいねぇ。お相伴する奴の一人でもいないの?」 「放っておいてください」 ああ、また憎まれ口を言ってしまった……。 もちろん、そんなことを気にする虎徹さんではないことは重々承知のつもりだが。 事実、虎徹さんは大して気にも留めていないようだった。 僕の城に虎徹さんが入る。それは何度味わっても慣れることのない、けれどわくわくするような、心躍るような体験だった。 そして……今日こそ言うんだ。僕と一緒に暮らしてください、と。 虎徹さんはずかずかと上がる。今日も傍若無人だ。これにも慣れなければ。 「いろいろ買ってきたぜー。ちゃんと食ってないバニ―ちゃんの為に」 「食べてます!」 「どうせサプリメントか何かだろ。今は若いからいいけど、後で響くと思うぞ」 「結構です」 ああ、虎徹さんの手料理……喉から手が出るほど欲しい。 それなのに、僕のこの口は素直にならない。 しかし、僕のツンに対抗するには、虎徹さんはあまりにも強靭な心の持ち主だった。 「台所借りっぞー。鮭ときのこのホイル包み焼きでいいかー?」 虎徹さんが作ってくださるなら何でも結構です。 そう言おうとしたのだが……。 「食べられるもの作ってくださいよ」 ああ、どうして僕はこうなのか……。 虎徹さんの鼻歌が聴こえる。かなりご機嫌なようだ。 尤も、虎徹さんは機嫌がいい時の方が多い。仕事中以外はだ。 僕ももう少し、人当たりを柔らかくして、いろんな人と付き合おうかな、と思うほどに。 鏑木・T・虎徹が僕の運命を変えた。 一緒に戦い、喧嘩もしょっちゅうして、でも、いつも一緒に笑って協力して……。 ああ、いつ切り出そう。一緒に暮らそう、と。 僕がもやもやとしていると――。 「もう少しでできるからなー」 と、虎徹さんの声。 まるで結婚したみたいだな……またあらぬ妄想をしてしまった。 僕達はまだ体を繋げたことはないが……虎徹さんは僕のことをどう思っているのだろう。 やっぱり、いけすかない若僧とでも思っているのだろうか。それならそれでいいんだけど。 彼に軽蔑されるのが一番辛い。 (一緒に暮らしましょう、おじさん) そう言ったなら、虎徹さんはどんな反応を見せるだろう。 あの琥珀色の目に侮蔑の色が浮かぶだろうか。口元に冷笑が現われるだろうか。 それは、僕が散々他の人にやってきたことだった。相手はもう名前も忘れた人達だった。僕はそれらの人々に密かにごめんなさい、と謝った。 「できたぞー」 ホイルから出てきたのは、鮭としいたけと……この細いきのこは何だ? えのきだけか? 「ポン酢かけると旨いぞー」 「ありがとうございます」 「ご飯もあるからな」 「はい」 僕達はそれから黙って食べていた。僕はロゼワインにも手をつけなかった。虎徹さんも特に催促しなかった。 やがて、虎徹さんが口を開いた。 「旨いか?」 「はい。とても」 「よかったぁ」 そう言って虎徹さんは嬉しそうに笑う。その笑顔は反則だ。 「いやぁ、いつも作りに行けたらいいんだけどなぁ……バニ―ちゃんの生活が心配だよ、俺」 「じゃあ、いっそのこと一緒に暮らしませんか?」 言った! とうとう言えた! しかもさりげなく! ああ、心臓がばくばくいってる……。 でも、断られたら? 断られる率の方が高い。どうせ始めから無茶な望みだったんだ。虎徹さんには虎徹さんの生活があるんだし。 案の定、虎徹さんはしばらく思案していた。が、 「よし、そうしよう!」 との答えだったので、さすがに僕は仰天した。 「え、えええええ?!」 つい叫んでしまった。 「今日中に荷物運んどくな。後は……今まで住んでた家をどうするかだが……」 ちょっと待ってください、神様! 何でこんなにとんとん拍子に話が進むんですか?! まぁ、嬉しくないと言えば嘘になるけど……。 「いやぁ、俺もこんな家に住みたいと思ってたところなんだよね。ここは見晴らしもいいし」 「夜はもっと綺麗ですよ。一緒に夜景を見ましょう」 「……良かった。バニ―ちゃん機嫌直してくれて」 「え?」 「だって、バニ―ちゃんいつにも増して変だったから」 「いつにも増してってどういうことですか!」 「だって、何か怒ったかと思えば暗くなったり……」 やはり、虎徹さんは僕のことをよく見ている。そんな素振りは少しも見せずに。 ブルーローズも目が高いな。まぁ、虎徹さんを渡す気はありませんが。 それより何より……え? 僕が虎徹さんと共同生活?! 降って湧いた幸運に僕自身ついていけないのですけど。 「ま、これから宜しくな」 「は、はい……」 僕は虎徹さんが握手しようと差し出した手を握った。 一緒に暮らすということは、あんなことやこんなこともできるチャンスも増えるわけで……。 ああ、神様ありがとうございます! 天国のお父さん、お母さん、安心してください。僕は必ず虎徹さんを幸せにしてみせますから。 取り敢えず今夜は虎徹さんと一緒に夜景に酔い痴れよう。 後書き バニ―ちゃん! 絶対恋愛免疫ないよこの子! ……という妄想から生まれた物語です。 しかし、虎徹が炒飯しか作れないのは知りませんでした。 2011.11.8 |