アーサー・カークランドの苦悩

俺はアーサー・カークランド。イギリスの別名だ。
モテることはモテる…と思う。男にだけど。
でもなあ……どうして俺が女役なんだああああ!
アルもフランシスもまるで当たり前のように俺を抱いた。俺はそんなに貧弱か?あいつらに女扱いされるほど。
あいつらは言う。
「ずうっと前からアーサーを抱きたかったんだぞ!」
「お兄さん、どうしてもおまえさんに欲情しちゃうんだよね」
ったく。こんな口悪くて生意気な俺が性欲の対象なんて参るぜ……。
おっと、嬉しくなんかないんだ。本当に困ってる。
アルのヤツは三日間くらいしてねぇとしつこいくらいに誘ってくるし、フランシスも今は大人しいが、どうやらチャンスをうかがっているみたいなんだ。
それに……ああ、ピーター……。
今はアルの恋人です、な俺だから、アルは俺に対して何してもいいと思っているようなんだけど、ピーターがじーっとこちらを見ているのに気付かないもんかね。教育に悪いぜ……。
それをアルに告げたら、ヤツは、
「君が教育を云々できる柄かい?」
そう言って、ふかーい溜め息を吐いてくる。
うん、そうだな。俺、子育てにはかなり失敗してるよ。
アルも俺のこと性の対象として見ているようだし……どこで間違った!俺達!
アルも昔は甘えん坊で可愛かったんだがなあ……まあ、その、今が可愛くないってわけじゃねぇけど。
でもなあ……あんな風に育つとは思ってなかったわけよ。ベッドの中で悦んでいる俺も俺だが…あああ。
「こんな歌があるよ。俺の気持ちにぴったりなんだ」
そう言ってアルが寄越したのが、ケン・ヒライの『君の好きなトコ』の英語バージョン。
なるほど。いい歌だ。でも、アルがそんなことを考えながら俺を見てると思うと少々こっぱずかしい。別段いやらしい歌ではない。ほのぼのとした、恋人への歌ではあるが。
フランシスもフランシスでよくわからない。あいつとはもう二度と寝たくない。わけは……あいつはあまりにも気が多過ぎる。俺にはアルもいるし。だが、あいつも今はマシューに夢中だし、それでいいかと思ってる。マシューは気が弱そうな面してるが、案外器がでかいかもしれない。あんな倒錯趣味の浮気男を相手にしているんだから。
そのことはまあいい。
アルフレッドは今まで弟だと思っていた。今でもそれは変わらない。だから、拒めねえのかなあ。
いや。はっきり言ってしまおう。俺はアルが大好きだ。気の狂ってしまいそうなほど。だから、あいつが俺を『好きだ』というのが信じられない。俺の自慢はガーデニングと料理の腕と眉毛ぐらいなものだもんな。ちなみにこの話をフランシスにしたら奴は、「坊ちゃん…一番最初のはともかく、後の二つについちゃ…自覚がないのね…」と呆れたように言った。アルは子供の頃から、俺の作った料理で育ってきたんだぞ!今は、「君のスコーンは不味い」と言われるけどさ。あの時はちょっとめげたけど、けどでも。
「君が作ったのなら、焦げてても甘くて美味しいぞ。君と同じように」
と言ってくれたんだぞ!文句あるか!
まあ、アルは好きだ。
フランシスも嫌いではない。今ではいい飲み友達さ。ははん。
菊とかも友達として好きだけれど、あいつにはヘラクレスがいるしな。
まあ、だから、俺は自分が幸せなのか不幸なのか、実はよくわからない。
俺の周りの奴って、みんな一癖ある奴ばかりだからな。フランシスは、
「坊ちゃんも含めてね」
と言ってたけど、おまえには言われたくないぞ。変態のくせによ。しかも年々変態度が増している。髭も胸毛もすね毛も生やしているし。昔あんなに美少年だったのによ。んでもって、俺は年上のあいつに密かに憧れていたわけだ。髪も真似して伸ばしたし。ああ、黒歴史……。
でも、俺はあいつみたいになれない。だから、嬉しかったんだ。『好きだ』って言われた時にはよ。けど、俺のどこを好きになったんだ?あいつも、アルも。
美貌……ではないだろうな。あいつら、ひとりひとり見ても、難はあるけど結構いい男だしな。
昔アルの奴に、
「アーサー、君は自分の魅力に対して自信持つべきだよ」
と言われたが、意味はさっぱりわからねえ。大体、あいつあの時はシラフではなかった。でかい図体して大型犬みたいだな、と思ったのを覚えている。
アルの相手は楽しいし気持ちいいけど、時々しんどい。あいつは体力にまかせて朝まで一晩中寝かせてくれなかった、なんてこともざらだからな。かといって、アルと寝るのが嫌だっていうわけでもないが。
アルもこっそり研究してるみたいで、やる度上手くなっているが、それでもテクニックはフランシスにかなわない。アルには当然、言ったことないけど。あいつが俺の過去を気にしたり、傷ついたりするのはごめんだ。それに……だんだん俺もアルとのセックスが良くなってきている。慣れのせいだけじゃない。
俺は昔、アルは俺のことが大嫌いなんだと思ってた。憎まれ口は叩かれるし。でも、あいつは可愛い弟だった。……独立戦争の時までは。
あの雨の中、俺はアルを撃たなかった……撃てなかった。アルはもう、俺より大きくなっていた。繋いだ手を離す時だ。嫌だけど、そう思っていた。
それなのに……何だあいつ!自分の方がうわてなような態度取りやがって!
そりゃいろいろ問題あったかもしれねえけど、おまえをあそこまで育てたのは、俺だぞ!
……と言うと、またアルに、
「子供扱いして!」
と怒られるから口にはしねえけどさ。思いっきりガキのくせに、指摘すると怒るんだ、あいつ。
優しいには違いないけどさ、下心のある優しさだったなんて……はっきりいって俺は気がつかなかったぞ。俺から離れる為に独立した。だけどそれは嫌いだからではなく、その反対だったとは……そう知らされた時、俺は笑みを浮かべてしまう自分を隠せなかった。まあ、一個の国が独立するのだ。それだけの理由とは限らないのはもちろんだが。
「アーサー!ちゃんと鍋見てるのですよ!」
ピーターの声だ。今日はピーターが俺の家に泊まる。ピーターとは……まあ、俺の今の弟みたいなもんだ。別名シーランド。
「今日は優しいシー君がイギリス野郎のマズい料理を食べてあげるのですよ」
ピーターは自分のことをシー君と呼ぶ。
……こんなガキにまで馬鹿にされるほど料理下手か?俺……。
いかんいかん。落ち込んでいる場合ではなかった。
見ると鍋がふきこぼれている。蓋を開けるともわっと白い蒸気が顔にかかった。スープがぐつぐつと沸騰している。早く火を止めないと。あちあちあち。
何とか火を消すと……。
キンコーン。
ベルが鳴った。誰だ?こんな時に。
男だったら絶対紳士じゃねえな。そう思いながらドアを開けた時だった。
「やあ、アーサー」
いつものフライトジャケットを着たアルフレッドが立っていた。
「せっかく近くに来たから遊びに来てやったんだぞ」
「おまえか……まあ、上がれ。ピーターも来てるぞ」
俺は扉を閉めながら誘った。
「ピーター?ピーター・カークランドかい?」
アルの顔が強張ったように見えた。
「あの子も来てるのか」「まあな。おまえら仲良かっただろ?精神年齢が近い者同士」
「失礼な。俺はもう子供じゃない。ついでに言うと既に君の弟でもない」「わかったわかった」
俺はアルの背中を押してやる。アルは不満そうだったが気にしない。
「アメリカ野郎!」
アルを見たピーターが言った台詞がこれだった。
「いい子にしてたのかい?ピーター」
「アメリカ野郎よりはいい子なのですよ、シー君は」
「それならいいけど、アーサーに手を出したら許さないからね」
ああ、もう!また始まった。
このアルの俺に対する独占欲。ガキに嫉妬するなっつーの。……それが嬉しくない俺も問題だが。
なんだかんだで食事の用意が整った。
「さ、スープが冷めるぞ。今よそおってやるからな」
その時だ。今度はドンドンと何かを叩く音。
「何か……聞こえねぇか?」
「はあ?君の友達じゃないか?」アルが言う。
「そうかもな。妖精はピュアな心の持ち主にしか見えないらしいし」
「俺だって宇宙人の友達がいるんだぞ」
……止めよう。アルとはこの問題でゆうに一世紀は口論している。
また、ドンドン。どうやら表玄関の扉を叩いているらしい。誰なんだ、全く。チャイムぐらい鳴らせよ。
「はーい」
俺はまたドアを開けた。そして……閉めた。
「ん?誰か来たのかい?」
アルがのほほんとした顔 で聞いてくる。
言えるわけねえ!外に全裸で股間を薔薇で隠している性犯罪スレスレのフランシスがいるなんて!胸毛もすね毛の生えた足もすっかり出している。
「おーい!坊ちゃん!開けてくれよお」
「か~え~れ~!」
俺達が扉を間に押し問答しているとアルがやって来た。
「何だ。お客さんか」
「あ、アル……開けるな……」
キィーと木扉の軋む音がする。そして……。
パタン。
「俺、ちょっと疲れたから幻覚を見たんだぞ」
「ああ。それだけのことだ」
「誰か来たのですか?」
ピーターがいつの間にか玄関にいた。
「変な男がちらっと見えたのですよ」
仕方がない。ピーターの教育上好ましくないが……俺は渋々ドアを開けた。
「坊ちゃん元気~?!」
「うわっ!」
「あっ!フランシス!アーサーに抱きつくんじゃないんだぞ!」
アルは俺からフランシスを引き離そうとする。
「変態ですか?変態ですね!シー君がやっつけてやるです!」
「ま、待てよおまえら!お兄さん遊びに来ただけだから!」
「てめえ!マシューはどうした!」
俺が問い詰めると、
「いやあ、このカッコしたら、マシューが泣いて泣いて……しまいに俺は外に追い出されたってわけ」
無理もねえ。俺はマシューに同情した。
「坊ちゃんはエロスの国だろ!わかってくれるだろ?!」
「わかるか!」
てか何で俺がエロスの国なんだよ!
「服ぐらい着ろ。俺が見繕ってやる」
「でも、坊ちゃんの服で、俺のセンスに合うの、あったかなあ」
「我慢しろ!」
ぐだぐだうるさいフランシスをクローゼットに引っ張っていく。
「おら、これなんかどうだ?」
「……古臭い」
「じゃあこれは」
「……あまり」
うー、いちいち注文の多いヤツめ!変質者のくせに!
「あっ!これいいねえ」
何だ?と思って見てみるとそれは俺のバスローブ!
「勝手に着てるんじゃねえぞ!変態!」
「えー?」
フランシスは袖口に鼻を近づけてクンクンと嗅ぐ。
「坊ちゃんの匂いがする~」
花を飛ばしてやにさがる。
「てめえ!気色わりいぞ!脱げ!」
「え~?!いいじゃない、俺と坊ちゃんとはあんなこともこんなこともした仲だしい」
「馬鹿!アルに聞こえたらどうすんだ!」
「とっくに聞こえてるよ」
アルの怖い声。フランシスが壁に押しつけられた。
「ねえ、フランシス。これからは俺のアーサーに手を出したら、君相手でも手加減しないんだぞ」
フランシスはぐっと息を飲んだようだった。俺は不覚にも、アルがかっこよく思えてしまい、また惚れ直した。
「じゃ、ご飯を食べるか。アーサーのまっずい夕飯をね」
アルはフランシスから手を離した。まっずいは余計だ。くそっ!
「じゃあ、お兄さんが作り直してあげるよ。お兄さん料理上手いからね。楽しみにしててよ」
そう言ってウィンク。
「てめ、何仕切ってんだよ」
「いいじゃないか。好きにさせてあげようよ」
アル……おまえさっきはフランシスに敵意剥き出しにしてたじゃねえかよ。……この裏切り者。
「フランス料理ですか?僕も食べたいのですよ!」
ピーター!おまえもか!
まあ、俺も昔はフランシスに料理作ってもらってたから、文句は言えねえけどさ。実際かなり旨いし。
あ……また落ち込んできた。
アルがとんとんと俺の肩を人差し指で叩いてきた。そして耳に囁いた。
「もちろん、君の料理も大好きなんだぞ。マーマイト以外は」
それで俺はかなり立ち直った。アルが俺の料理を好きだと言ってくれたから。
俺の周りは、変わっているけどいいヤツばかりだよな。ああ、いつだったか菊が、
「そういうのを類は友を呼ぶ、と言うのですよ」
とコメントしてなかったっけ?じゃあ、俺も変わってるってことか?まあいいや。連中と騒ぐのも悪くないから。

後書き
タイトルに悩みました。そんなに悩んだように見えるタイトルではないですか(笑)。
アーサーが不幸に見えて実は幸せ(はあと)。
2011.2.18

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