国と共に生きし者

 今日はダチの葬式だった。
 みんな故人を偲んで泣いたり思い出を語ったりしている。
 俺は――、その輪の中に入らなかった。入れなかった。
 五十年――長いようだがあっという間だったな。
 俺は墓に向かって呼びかけていた。
「今度生き帰ることがあったら……またフランスに生まれて来いよ」
 五十年、ケンカしたり仲良くしたり一緒にろくでもないことやったり――。
 楽しかったな。
 俺の名はフランシス・ボヌフォア。フランスの国そのものである。

 俺はアーサーの家に飛んだ。この懊悩を分かち合えるのはあいつしかいない。
 俺の訪問にアーサーは驚いたようだった。事情を話すと入れ、と言ってきた。
 尤も、
「本当は迷惑なんだからな!」
 と付け加えるのも忘れない。
 全く、いつまで経ってもツンデレなんだから。この坊っちゃんは。
 俺が育てたのを忘れたか!
 そう言うと、頼んだわけじゃねぇ、とツッコミが入るわけだが。ちゃんと俺に育てられたという恩は忘れていないわけだ。
 ぶっとい眉毛が紳士のたしなみだとわけのわからないことを言うアーサー・カークランド。イギリスという国である。俺より三歳年下だ。
「なるほどな」
 アーサーはこくんと紅茶を飲み込んだ。イギリスのハイ・ティーは旨い。料理音痴のクセに。
「でも、そういう想いだったら俺もたくさん感じたことあるぜ。ジョンとかサニーとか……」
「ああ、そうだな。おまえさんだったらわかってくれると思っていたよ」
 いつまでも若いままの俺達。いいことももちろんあるが、時々耐えきれなくなる。
「……ハンカチ貸してやる。だから……泣くな」
「すまねぇ、坊っちゃん」
 俺はアーサーの貸してくれたハンカチで流れる涙を拭いた。
 人はいつか老いて死ぬ。
 そんな当たり前の権利さえも失った俺達は神に呪われているんだろうか。
 そう話をするとアーサーに、
「ばぁか!」
 と、デコピンされた。
「祝福されない存在なんてねぇよ。俺も、そして多分おまえも、祝福されて生まれて来たんだ。それにな――」
 アーサーは一呼吸置いた
「俺には、おまえらがいるからな。一人では発狂していたかもしれないけど」
 ああ、そうだ。
 俺達『国』同士がやたら仲良い理由、それは……。
 永遠の孤独を抱えているからだ。
 もちろん、国が消えれば俺達も消える。けれど、しばらくは消えたくないし、消えそうにない。
 俺にはアーサー達がいるから……。
「俺はおまえさん達に甘え過ぎているかねぇ……。依存しているかねぇ、アーサー」
「いいんじゃねぇの?」
 アーサーは簡単に片づけた。いや、アーサーにとっても簡単な問題ではないかもしれないが。
「なんか辛気臭くなったな。フェリシアーノ呼ぼうぜ」
「そうだな」
「ルートがいたらルートも」
「うん」
「菊も呼んでやってもいい」
「ああ……」
「……聞いてんのか? フランシス」
 俺がただ生返事をしているだけだということに気がついたらしい。アーサーは顔を覗き込んだ。
「――大丈夫か?」
「ああ……明日になればいつものお兄さんに戻るから。世話かけたな……」
「今日は泊まっていくだろ?」
「悪いけど何もする気になれないよ……」
 アーサーは赤くなった。そして怒鳴った。
「馬鹿野郎! 深読みすんじゃねぇ!」
 深読みしているのはそっちだ。でも、そういうことだ。
「ははっ、今は坊ちゃんにはアルフレッドがいるからな」
 俺の言葉を無視して、
「フェリ呼ぶぞ。あいつのふにゃふにゃした顔見てたら悩んでいるのも馬鹿らしくなるって――今日は眠れそうか?」
「――は?」
「隈ができてるぞ」
 アーサーは目の下をとんとんと叩いた。
「あ、ああ……」
 なんだかんだ言って心配してくれてんだな。アーサーの奴。
 これだから坊っちゃん大好きさ。元ヤンの優しい友達。
「――すまないね。心配かけて」
「何言ってんだよ。おまえらしくねぇな」
「アルも呼んだら?」
「え? ――呼んでいいのか?」
「だってあいつも俺の友達だもん」
「そうか……じゃあ呼ぶわ」
 その声の中に弾んだ響きはなかったか。俺はちょっとだけアルに嫉妬した。もう俺達は恋人ではないのに。アーサーはアルのものなのに。
「ま、アルのアホ面しばらくぶりに見るのも悪くないなと思ってさ」
「おまえ、それひどいんじゃね? まぁ、確かに頭に脳みそじゃなくハンバーガーが詰まっているような馬鹿ではあるけれどさ」
「おまえさんの方がひどいよ」
 けれど、悪口はアーサーの親愛の表現だ。俺にとってもそうだ。
(おまえさんがいて良かったよ。アーサー)
 俺は心の中で言った。
 けれど、死んだダチのことを思い出すと……涙がまたこぼれそうになる。――今でも。
 ろくでもないいたずらさんざんしたな。――ピエール。
 おまえさんが若い頃からの付き合いだったよな。おまえが俺呼び止めて詰問してさ。俺、あれ嬉しかったぜ。俺の存在はああいうもんだと納得して適当に付き合ってくれる奴が多い中でさ。
 おまえは言ったっけ。
「俺が年取ってじいさんになっても、おまえは若いままなんだな。なんか、そんなのって――ずるい」
「ずるかないさ。その分の対価はしっかり払ってるんだぜ」
「――まぁいいけどさ。俺が死んでも、おまえは俺のこと忘れてくれるなよな」
 忘れるよ。すぐに。
 でないと俺の頭は死者の記憶でいっぱいになる。そんなことは――耐えられない。
 ピエールに告げることはできなかったけど。
 どうしても忘れて欲しくないなら、俺のおまえさんとの記憶が薄れた時にまたフランスに生まれてくれ。そしたらすぐにわかるから。
「――――」
 俺は何かを口走っていたらしい。アーサーがそっと俺の頬を撫でた。
「おまえ……本当に優しいんだな」
 本当『に』? 本当『は』でなく、本当『に』?
「優しいのは坊ちゃんの方だよ」
「俺なぁ……一時期だけでもおまえに育てられて良かったよ」
「おや、珍しいね。坊ちゃんがそんなこと言うなんて」
「……今の台詞は忘れろ」
 ツンデレな坊ちゃんが金髪に覆われた丸い後頭部を見せる。明日は晴れそうな気がした。

後書き
フランシスの誕生日にアップしたいな、と思いながら……。
「じぇじぇっ! もうフランシスの誕生日とっくに過ぎてるやんけ!」
と慌てました。
でも、まだ誕生月は過ぎてないからいいよね(汗)。
大いに遅れましたが、お誕生日おめでとう。フランシスさん。
2013.7.23


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