黒子テツヤなんか怖くない

「おー、また青峰が点入れたぞー!」
 帝光中のベンチの連中が歓声を上げる。
 当然だろう。青峰と黒子のコンビに勝てるヤツは他にありゃしないのだよ。
「わー。良かったっスね。黒子っち」
 黄瀬がアホ面を下げて喜んでいた(尤も、この顔が女どもにとってはイケメンの笑顔だというからついていけないのだよ)。
「全く……相変わらず憎らしくなるほど息がぴったりなのだよ」
「ありがとうございます。黄瀬君。緑間君」
 ――ちなみにオレは緑間真太郎と言う。
「だよなー、オレとテツだったら天下取れるぜ」
「――はい」
 黒子が青峰に対して笑顔で答える。これが相棒というものか。
 ――そういえば、その笑顔はオレに対して向けられたことはなかったな。
 まぁいいのだよ。オレはオレでシュートを極めるのみ。いずれコートのどこからでもシュート決められるようになってやる!
 オレの中学でのバスケ人生はまずまず充実したものといえた。
 そう、あの日が来るまでは――。

「あ、荻原クンですか? ――あはは。そうなんですか」
 む? 黒子がケータイで誰かと喋っている。相手は誰だ?
 ――オレは馬鹿なのだよ。黒子が『荻原』ってちゃんと喋ってるのだよ。
 でも、どんな関係なのだ?
「あはは。荻原クンはいつも面白いですね。え? キセキの世代? そうですねぇ……」
 キセキの世代……オレ達のことか。
 気になる。黒子にどう思われようと知ったこっちゃないが、気になる。
 ――いや、オレは本当は、黒子にどう思われていたのか知りたかったのだよ。いつも、いつでも――。
「そうですねぇ……紫原君はいい人ですよ。ちょっとネジがユルんでますけど。赤司君はしっかりしてますね。将来きっと人の上に立つ人だと思います。今でもそうなってますね」
 赤司はオレ達のリーダーだ。何となくそうなっていた。帝光バスケ部の主将である。
「黄瀬君は――力はありますが……え? ああ、ボクにとっては普通ですね」
 黄瀬は黒子が好きなのだが、バッサリ切り捨てられた。ざまぁ見ろという思いと、憐憫の情が交錯する。
「青峰君は――本当にバスケが好きです。だから、ボクも彼とプレイしているとわくわくして来ます」
 それが相棒というヤツか……。
 思えば、オレには相棒というヤツがいない。
 寂しいとは思わんが、少し青峰が羨ましくなることがある。黒子という相棒がいて――。
「それから緑間君は――」
 オレの心臓がどきんと高鳴った。
 喉がからからに乾いてくる。オレは、黒子にどんな風に見られてたんだ?
「あの人は――正直言って苦手です」
 神よ……。
 わかっていたのだよ。オレは――黒子と何ら関わり合いを持とうとしなかった。――部活以外では。
 でも、まさか疎まれていたなんて……。
 そりゃ、オレのことをいろいろいうヤツはいた。いたけど、オレは平気だった。そんなのは負け犬の遠吠えだとな。
 しかし、黒子テツヤ。お前もか。
 黄瀬のことは笑えんな……オレは黄瀬より低評価じゃないか。
 何故? 泣きたくなるのは何故だろう。
 いいのだよ。黒子。オレはお前を超えてみせる。
 パスでは敵わないけれど、いつか、いつの日か――。
 オレは、その場を去った。黒子の電話はまだ続いているらしい。

 緑間真太郎は知らなかった。
「緑間君、ボクは苦手ですが、正義感の強い人ですよ。――ちょっと変わってるけど、本当はいい人なんです」
 と、喋っていたことを――。

 そして、オレのいた帝光中バスケ部はバラバラになる――。
 黒子もどうしていいかわからないみたいだった。青峰も変貌するし。
 オレはただただマイペースにシュート練習に打ち込むしかなかった。
 それでも、時折頭に浮かぶのは黒子のこと――。
 こんな練習何になる、と思わない日がないでもない。でも、オレにはバスケしかなかった。好き嫌いをいうまでもなく、バスケしかなかった。
 他の選択肢など思いつかなかったのだよ。
 オレは、目が悪い。ど近眼で――だから度の強い眼鏡をかけている。妹も目が悪いから、遺伝だろうな。
 そして、成長期なのかにょきにょきと背が伸びる。去年着た服がもう小さい。
 これは190㎝は超えるだろうか。超えたらバスケに有利になるかな。
 嬉しいことがひとつある。
 それは、黒子を見下ろすことができることだ。
 オレは赤司よりも背が高くなったが、ヤツにはどうも見下されているような気がしてならない。
 オレと黒子の関係は、つかず離れずだった。
 黒子を視界の下に見て、思った。
 もう、黒子なんか怖くない。
 いや、出会った頃から怖いなんて思っていなかったが、パスに特化した『幻のシックスマン』として、一部の者に恐れられる存在になるとは夢にも思わなかった。
 オレも、黒子のパスに魅せられた一人なのだよ。
 その黒子に苦手と思われるのは、一人の選手として認められた証か――オレは無理やりにでもそう思うことにした。
 それにしても――近頃の青峰は何か変だ。
 黒子がいても、いないようなプレイをする。
 人のことを言っても仕様がない。オレはオレのプレイをするだけ。
 おは朝を信じて、人事を尽くして最高のプレイをするだけ。
 黒子――。
「近頃、青峰君が変です」
 オレがシュート練習している最中、黒子がぽつんと呟いた。オレに言ったのだろうか。
「オレに言っているのか?」
「はい。その通りです」
 だったらオレに声をかければいいのに。水臭いヤツなのだよ。全く。
 尤も、あっちはオレのことが苦手らしいからな。
「そういうことは、赤司にでも言えばいいんじゃないのか?」
「赤司君は――それでも青峰君を利用しようとしています」
 ふむ。それはオレも思った。
 勝利こそが全て。それが帝光中の理念だった。オレは半分肯定して半分疑問に思っている。だから、疑問については考えないようにしている。
 しかし、このオレ、緑間真太郎に相談するとは、よっぽどのことじゃないか?
「あいつは――あいつも悩んでいるようなのだよ」
 色恋沙汰や人間関係には疎くても、バスケのことならよくわかる。
「あいつのプレイは荒れているのだよ」
「そうですね」
「黒子――寂しいのか?」
「はい。青峰君が荒れていくのをみるのが――それに比例するかのようにバスケの才能に磨きがかかっているのが。もうボクなんかいらないんじゃないかと思えて」
「黒子! お前がそれではいけないのだよ! 確かに今の青峰は神がかっている。だが、悩みも多い。お前を必要とする時期が、きっと来るのだよ。例え敵だとしても」
「緑間君……」
 そうなのだよ。黒子。オレはもう、黒子テツヤをライバルとしてみている。いずれ、青峰でも誰でもいいから、お前を必要とする選手と一緒に、このオレにかかって来い。
 黒子がいつもより小さく思えた。
 お前が――オレに相談するとは思わなかったのだよ。
「黒子、いずれ、オレはお前と雌雄を決する時が来ると信じている。それまでに……突破口を見つけろ。お前はオレのライバルなのだからな」
「緑間君……光栄です」
 黒子の台詞にオレはちょっと笑って、またシュートを決めた。高校は、黒子とは重ならないようにしたい。黒子と――戦う為に。
 青峰も黒子と戦うことになるかもしれない。その時は本気を出せよ、と、オレはこの場にいない青峰に念を送った。

後書き
帝光中時代の話です。
緑間は本当は黒子のことも好きだったのではないでしょうか。苦手と言われて可哀想。
でも、それをバネにしてがんばって欲しいです。高校では高尾という相棒とも出会うことですし。
緑間君、私は大好きだぜぇぇぇぇぇ!
2015.7.21


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