二人のフレグランス 街角のショーウィンドウでふと見つけた香水。それには、 『WILD TIGER』 とあった。 偶然それを目にしたバーナビーはゴクンと生唾を飲み込んで、 (欲しい……) と思った。 「あっ、バーナビー様だわ」 「嘘っ! ほんと?!」 かしましい女性達の声が聞こえてきたので、今は冷静さを保てる自信のなかったバーナビーはそのメンズショップに入った。 「あ…あの…っ」 品のいい初老の男性の店員に声をかけた時も平静ではなかった。つい声が裏返ってしまった。 「これは…バーナビー様?!」 相手も驚いたようだった。 「あの『WILD TIGER』という香水、いくらしますか?」 店員が値段を告げた。思ったよりも安かった。 「私どもの方では、『BARNABY BROOKS Jr.』という香水も取り扱っておりますが、何しろそちらは人気商品でたちまちのうちに売り切れてしまって……」 「この『WILD TIGER』はどんな商品なんです?」 バーナビーは店員の言葉を一旦遮って言った。 相手はまた説明を始めた……。 バーナビーはカードで香水をいくつか購入するとまず自分の家に寄り、その後虎徹の家へ向かった。 「虎徹さん」 「よお、バニー、何の用だ?」 「いい物持ってきました」 バーナビーは器用にラッピングを外し、買ってきた物をことん、と机の上に置いた。 虎徹は口をへの字に曲げた。 「香水か?」 「……あまり嬉しそうじゃありませんね」 「いや、んなこたねぇけど」 虎徹が毎日整えている顎の下の髭を撫でる。 「名前がいいんですよ。『WILD TIGER』ですよ、ワイルドタイガー、ね」 「ほう。そいつはいいな」 虎徹も身を乗り出した。 「つけてあげましょうか?」 「どうすんだ?」 「下半身につけると、上半身にも香りが行き渡って、全身がその匂いに包まれるそうですよ」 「下半身て、おい……」 「大丈夫です。今回は足首につけるだけですから。でも、太ももや腰につけるのも良さそうですが」 「足首、だけだぞ」 「……わかりました」 太ももや腰は次回のお楽しみにとっておこう、と、バーナビーは心の中でほくそ笑んだ。 スパイシーな香りが広がる。 「ほう。悪くないじゃねぇの」 「実は僕もつけてます」 「……何となく違う匂いなんだけど」 「虎徹さんにつけたのはまだトップノートの段階で、時間が経つとこんな感じに落ち着くんだそうです」 「甘い香りだな」 「そのうち同じ匂いになりますよ」 それが嬉しいバーナビーが心からの笑顔で言った。 「実はな、バニー」 虎徹の言葉に、バーナビーは、 「何です?」 と首を傾げた。 「俺もおまえに贈り物があんだけど……ほら、バディとしていろいろ世話になってっからさ…」 虎徹は何となくいつもより歯切れが悪い。 「何です?」 と、バーナビーはもう一度問うた。 「誕生日でもねぇのにこんな物贈るのは女みたいで気がひけたんだが……見つけちまったんでついな」 えーと、あ、これこれ、と言いながら虎徹が出してきたのは……。 『BARNABY BROOKS Jr.』 売り切れになったって聞いてたのに。 わざわざ購入してくれたのか。 自分と同じく、おそらくただどこかで見かけたというだけで。 「虎徹さんが買ってきてくれたのですか?」 「おうよ」 「香水には縁遠い人だと思っていたのに」 「……悪かったな。香水に縁のないおじさんで」 「拗ねないでください……嬉しいんですよ。……ありがとうございます」 「いいっていいって。通りすがりに手に入れただけだもんな。柑橘系の匂いがするらしいぜ、それ」 バーナビーが蓋を開けた。 「あ、本当だ」 バーナビーは、自分でも気持ちが和むのがわかる。 虎徹が微笑んでいるから。 「後で使いますね。虎徹さんにもつけてあげますよ」 「そいつはどうも」 部屋には心地好いフレグランスが漂う。 カーテン越しの日だまりの中、バーナビーは虎徹の隣で、何となく幸せな空気を味わっていた。 後書き 『WILD TIGER』と『BARNABY BROOKS Jr.』、という香水が発売されるようです。 それを記念してこんな短編を。 香水ネタ、もう書いた人いるかな。 フレグランスを表す語彙が貧弱ですみません。 2011.9.12 |