こちらも大変!

「なんだ! この記事は!」
 きちんと服を着込んだアーサーは、読んでいた新聞を床に叩きつけた。
 フランシスとマシューが載っているものである。
「どうしたんだい? アーサー」
 まだ情事の名残のあるベッドから、アルフレッドは眠い目をこすって起き上った。
「フランシスの馬鹿野郎!」
 確かに、マシューとフランシスは、親密さを見せつけていた。というより、フランシスがマシューに言い寄ったのだ。
 舞踏会での二人の行動は、そのままだったら、お祭り騒ぎのちょっとした無礼講ということで済んだかもしれない。だが、これは……。
「フランシスの奴……」
「アーサー……」
 アルフレッドが新聞を拾って開いた。
「わお! フランシスとマシューの記事が出てるよ!」
 アルフレッドが、驚いたような声を上げた。
「マシューもなかなかやるもんだなぁ」
「あいつがそんなことするわけない。きっとフランシスがたぶらかしたんだ」
「どうしてわかるのさ」
「フランシスはそういう奴だからだ。飽きたらポイだぜ、きっと」
「ふぅん。ずいぶんフランシスに詳しいね」
「長い付き合いだからな。腐れ縁ともいうが」
「――君とフランシスは恋人として騒がれたこともあったらしいからね」
 アルフレッドは眉を顰めた。
「だから、詳しいんだ」
「おいおい。冗談やめろよ。あいつとのことは、本気じゃなかったんだぜ」
「本気じゃない? それはますますいけないよ」
 アルフレッドが、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「とにかく、俺は君とフランシスとのことは許さないんだぞ。たとえ、遊びだったにしても」
 どうして、俺のことを待っていてくれなかったんだい? 俺は、ずっと前から君の恋人になる予定だったのに。フランシスよりももっとずっと本気だったのに。だが、その台詞は、胸に仕舞っておいた。
「俺だって、おまえがいなければ、フランシスとは寝なかったさ」
 アーサーが言った。アルフレッドが、アーサーにぐっと顔を近付けた。
「な……なんだよ」
「その言葉に、嘘偽りはないね」
「あ……当たり前だろ」
「まぁ、でも良かったよ。フランシスとマシューがくっついてくれれば、それだけライバルも減るってもんさ」
「彼がフランシスに泣かされるのを、みすみす見逃すわけにはいかないだろ。俺、フランシスとは関わらないよう、マシューに電話してくる」――アーサーは、自分の目の前からアルフレッドの頭をどかした。
 しかし、アルフレッドはめげずに口を開いた。「やめときなよ」
「なんで」
「フランシスの恋路を邪魔する気かい?」
「おまえが考えているのは、あいつのことより、自分のことだろ。それに、このままじゃマシューが可哀想だ」
「へぇ。お優しいんだね。君は」
 アルフレッドは皮肉を言った。
「なんでマシューが可哀想なのさ」
「だって……このままフランシスに弄ばれると思うと」
「フランシスは、君の言うほど悪い奴じゃないし、マシューだって、君が思っているほどやわじゃない」
「マシューは繊細なんだ」
「マシューのことは俺の方がよくわかってる。彼が繊細なら、俺だって繊細さ。君はフランシスのことも、マシューのこともほっといたっていいよ」
「冷たい奴だな」
「冷たくて結構」
 アルフレッドはおかんむりのようであった。
「あの二人は、今スキャンダルのさなかにいるんだぞ!」
「俺達には関係ないよ! 油断している方が悪いのさ!」
「この野郎!」
 アーサーは拳を握って、またその手を開いた。
「――どうしたんだい?」
「ちょっと頭冷やしてくる」
 そうして、アーサーは、玄関から出て行った。
 アルフレッドは、悲しそうな顔をしたが、相手には気付かれなかった。
 それは、独立戦争の時、アルフレッドが見せた表情だった。
 それから、長い間焦がれてきた。独立してからもずっと。
(それなのに、もうバイバイかい?)
 アルフレッドは、密かにフランシスとマシューを憎んだ。逆恨みとわかってはいても。
(仲直り、しなくちゃなぁ……)
 でも、自分の方から謝るなんて、死んでもごめんだった。変なところで頑固なのだ。自分でもそれはわかっている。
 だが、アルフレッドにも、そういう時に行く先の二、三ケ所は心当たりがある。
(菊が大使館にいるって聞いたぞ。行ってみよう)
 アルフレッドはのろのろと脱いだ服を着直して、日本の大使館に行った。

「それは、大変でしたねぇ」
 アルフレッドの話を菊が、親身になって聞いてくれる。それに多少気を良くしたアルフレッドが、いろいろ喋っている間に、時間は過ぎて行った。 
「だろう? 俺とマシューのどっちが大事なんだって思うよね?」
「まぁ、マシューさんよりアルフレッドさんの方が大事だとは思えませんが」
「菊、君まで!」
「冗談ですよ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるよ」
 それでも怒る気になれないのは、この千年以上生きてきた男の人徳というものであろう。
「アーサーさんは、アルフレッドさんのことが一番お好きなんです。私にもそれはわかります」
「そうかい? ――ホントは俺だってマシューのことは嫌いじゃないんだぞ。ちょっとトロイけど、一応兄弟だし。フランシスが本気なら、俺、二人のこと祝福するぞ」
「あなたもマシューさんのことを想っているのですね」
「そうだよ。兄としてね」
(アルフレッドさんも大概鈍いですねぇ……)
 菊は、マシューがアルフレッドを好きなことを知っていた。
 だってマシューは、一生懸命アルフレッドのことを目で追っていたのだから。
(あんなに視線を送っているのに、気付かれないんですからねぇ。可哀想なのは、アルフレッドさんだけじゃありませんよ)
 フランシスがアーサーを好きなことも知っていたが、あまり彼らのことに深入りしないようにしている菊だった。
 その時、電話が鳴った。
「はい。日本大使館です。え? アルフレッドさん? いますけど」
 菊は、アルフレッドに、ずい、と受話器を差し出した。
「フランシスさんからです。アーサーさんと一緒にいるようです。彼、昼間から酔っぱらっているようですよ」
「やぁ、フランシス」
 アルフレッドは、菊から受話器を受け取った。
「よぉ。アルフレッドか。酒場でアーサーに捕まってしまってさぁ。あいつ、おまえに対しても悪態ついて大変なんだぜ。早く来てくれよ。俺もマシュー絡みで怒られたけどさ。――あいつ、なんだかんだ言っても、おまえのこと好きなんだぜ。だって、今はおまえのことばかり言ってるもん。あいつ、酔いが回ると、おまえの話ばかりになるんだからなぁ――たとえ悪口雑言でも。おまえら、喧嘩でもしたのか? 早く仲直りしろよ」
 アルフレッドは、ご機嫌な顔をした。
「喧嘩の責任の一端は、君にもあるよ。でも許してあげる。アーサーにすぐ行くから待ってて、と伝えておいて」
「わかった。じゃあな」――フランシスは電話を切った。
 アルフレッドさん、どうしてそんなにうきうきしているんですか?――菊がそう尋ねると、
「ああ。アーサーは素直じゃないからね。虚勢ばかり張っているんだから。でも、悪く言われたって、全く気にかけてくれないより、マシだろ?」
 と、アルフレッドはにっと笑った。
 アーサーは、今でいうツンデレであろう。
 やれやれ、あてられますね――菊はそう思った。そして、(私も久しぶりにヘラクレスさんに電話しましょうか)と思った。

後書き
うーん。ちょっとまとめるのが難しかったです。
マシューが出せなかったのが心残りです。
まぁ、いいや。好きな米英書けたし。
希日もちょっと入ってます。
そして、フランシスがいい人になってます(笑)。
2010.4.19

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