アレックスさん、こんにちは

「アメリカまで、あと一週間だなー」
「何だ? シゲ。急に」
「楽しみだなー」
 すっかり昔の元気を取り戻した荻原シゲヒロが、黒いダウンジャケットを着た、隣で土手を歩いている青峰大輝に声をかけた。
「オマエ、すっかり元気になったな」
「うん、黒子と青峰と――それからみんなのおかげだよ」
 そう言って、荻原は手をそっと結んで開いた。
 荻原は一度バスケを捨てた。あんなに好きだったのに、バスケに失望したのだ。
 試合中ラフプレーで怪我したり、ズルをされたとかいうのではなかった。それだったら、まだマシだったろう。
 荻原達の母校、明洸中のバスケ部は、『キセキの世代』に弄ばれたのだ。あの中で黒子だけが同情してくれた。いや、一緒に悔しがってくれた。
 黒子のことも好きだが、青峰達が荻原の友達になった。青峰は『キセキの世代』エースだったのに。
 これだから、人生はわからない。わからないからこそ、楽しいのだ。
 自分の心は永遠に凍てついたままだと思ってたのに――。
 荻原は青峰には何でも言えたし、青峰だって心を開いている。そして――。
「荻原っち~。青峰っち~」
 後ろから黄瀬涼太がぎゅっと二人を抱き締めた。
「おわっ」
「黄瀬、てめぇ……不意をつくんじゃねぇ! ったく、これがマイちゃんだったらいいのに……」
 青峰が黄瀬に怒鳴る。
「へっへ~ん。堀北マイちゃんじゃなくてわるぅござんしたっスね!」
「マイちゃん! オレも超好きっす!」
「おう、シゲもマイちゃん好きか! どこが好きだ?」
「あのでっかいオッパイ!」
「おう! マイちゃんのオッパイに顔埋められたら、窒息死したって本望だぜ!」
「ちょっと! 置いてかないでくださいっスよ~」
 ああ、この青峰と黄瀬ともしばらくお別れだ。
「――オレ、アメリカ行くのやめようかな」
 荻原は誰とはなしにポツンと言った。
「は? トートツに何言って……さっきと言ってること違うしよ」
「そうっスよ! どーせすぐ帰ってくるんだし」
「アレックスもでっかいオッパイしてるぞ。パツキン美女だしな」
「パツキン……」
 荻原は一瞬マイちゃんを忘れた。
「黙ってりゃ美人だぜ。ま、本場仕込みのバスケ、体験してくんだな。ついでにあっちの方も体験して来い!」
「ええっ?! そんな……」
「青峰っち、荻原っちに変なこと吹き込まないでくださいっスよ~」
「うるせぇ! 女殺しのデルモ!」
 金髪のイケメン、黄瀬は女子に超モテモテのアイドルモデルなのだ。男にとってみれば、実にやな奴である。
「いや~、面と向かって褒められると恥ずかしいっス~」
 しかも、馬鹿である。
「褒めてねぇっての」
 青峰が吐き捨てるように言う。
 そんな黄瀬だが、彼も『キセキの世代』――俗にキセキと呼ばれる五人の中の一人である。
「今のまんまじゃオレらの相手になんないんだっつーの! いいから少しでも強くなって帰って来い!」
「そうっスよ~。青峰っち、荻原っちとバスケやんの、楽しみにしてるんスよ」
「そっか……まぁ、確かにオレ、青峰に勝てねぇもんな」
「オレに勝つとかそういう発想自体が間違ってるんだよ! オレに勝つのはバカガミだけで十分だ。そのバカガミだってオレが倒してやんよ! それにシゲ! 何だよ、試合中あんなにしつこくマークしやがって! オレぁ女にもあんなにしつこくされたことはなかったぜ!」
「でも、青峰っちモテるじゃん」
 と、黄瀬。
「オレはマイちゃん以外に興味はねぇの。大体の女はさつきが彼女だと思って離れて行くしな。さつきはテツ命だって言ってんのに」
「でも、オレ、さつきちゃん、いいと思うぜ」
「シゲ、オマエはさつきの致命的な欠点を知らないからそう言うことができるんだ」
「致命的な欠点……?」
「それはな……」
 青峰が怖い顔を近づけた。荻原も思わず息を呑む。
「料理が超ヘタだということだ」
「なーんだ」
 荻原のあっけらかんとした答えに青峰は、
「知らないということは恐ろしい……」
 と、呟いた。
「そっスね~。桃っち、料理苦手なのに、その料理、人に食べさせようとするんスもんね~」
「その被害者は、主にオレだ……」
「いいなぁ~」
「バカだ。こいつはバカだ……」
 青峰は頭を抱えた。
「知らないということは恐ろしい。――今度さつきに弁当作ってもらえ」
「うん。そうするっす~」
 黄瀬の語尾がうつった荻原は、口笛拭いてスキップした。
「どうなってもしらねぇぞ~」
「治療費はこっちが出しますからね~」
 青峰と黄瀬は本気で荻原の心配をしているようだった。
「ま、アレックスに頼めば、オマエ、強くなるよ。シゲ」
「な……何だよ。青峰」
「まぁ、オレには敵わねぇけどな。テツよりはセンスあると思うぜ。テツは――ありゃ、一種の天才だけどな。あれでも」
「わかってるよ」
「オマエなら高尾クラスにはなれるよ」
「オレがどうしたって~?」
「わぁっ!」
 青峰は背後から来た高尾にびっくりして声をあげた。
「てめぇ……気配殺すな。テツじゃあるまいし」
「それより、今、オレの話したっしょ」
「ああ。緑間ならともかく、高尾ぐらいには強くなるんだよ、シゲは。そう言っていたところだ」
「ストレートっスね、青峰っち……」
 黄瀬が苦笑していた。
「ん~、でも、オレだってホークアイあるし?」
 高尾がオレンジ色の瞳を光らせた。
「あ、そうだな。でも普段は緑間の金魚のフンだろうが」
「……まぁね。だってオレ、真ちゃんのこと好きだぜ」
「どこに好きになる要素があるんだよ、あんなヘンクツ眼鏡の」
「えー。美人じゃん。才能あるし。でもね、オレが真ちゃんのこと好きなのはもっと別なとこ」
「――どこだよ」
「優しいとこ」
 高尾がウィンクすると、青峰がゲラゲラ笑い出した。
「あいつが優しいって――あいつが優しいなら、オレは聖母マリアだぜ」
「青峰っち、それ女……」
 ツッコみながら黄瀬も笑いをこらえていた。しかし、実情を黒子から聞いている荻原は、
(やっぱり緑間も優しいのかもしれないな――)
 荻原の心の危機を知って、わざわざ黒子や青峰達にこちらに訪ねるきっかけを作った。母に暴力をふるった荻原を厳しく叱咤した。――それは、結果的には荻原の為になった。
「じゃ、オレ、真ちゃんの迎えに行ってくるから」
 高尾は近くに止めておいたらしいチャリアカーに乗って消えてしまった。
「アレックスってどんな人かなぁ」
「そりゃオマエ、行ってみりゃわかるって。変だけど美人だ」
「面白そうな人だなぁ」
「いーか、シゲ。アメリカは危ないトコだぞ。バカガミはともかく、オマエなんか引っかかりそうだからなぁ。おめー、人見知りだからよ」
「それを言うならお人良しだろ」
 荻原がツッコミを入れる。
「まぁ、その――なんだ? 無事で帰って来い」
「強くなって帰ってくるっス」
「うん!」
 きっと、黒子のおかげで――青峰は、そして、黄瀬や緑間は、人間らしくなった。紫原や赤司は遠方にいるから知らないけれど――。
(いろんな縁があるんだなぁ)
 ――そして一週間後、機上の人となった荻原は、アレックスがどんな人かを想像を巡らしていた。が、第一にまず挨拶が大事だよな。うん。
(オレ、あんまり英語は得意じゃねぇけど、バカガミ――じゃなかった、火神がアレックスは日本語も得意だぞと言ってくれたから助かった。火神、あれでも帰国子女だもんな。英語の日常会話も教えてくれたし……)
 火神は黒子の相棒で、お互いに信頼し合っているという感じだった。だから荻原は、火神になら黒子を託せると思った。
 そんな火神を育ててくれたアレックスさんはどんな人だろう。青峰は変だとか、でも美人だとかでっかいオッパイだとか言ってたが。
 アレックスさんに会ったなら……。
(アレックスさん、こんにちは。えーと、それから……)
 まっ、いっか。
 眠くなってきた荻原はアイパッチをつけた。

後書き
荻原君シリーズはこれで一応終わりです。あ、でも、アレックスさんとのやり取りとか書きたいかも。
後は……番外編があるかな。
2014.1.23


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