天使の子守唄

「じゃあな、友恵。しっかり休むんだぞ」
「ママ、早く良くなってね」
「ありがとう、虎徹くん、楓」
 友恵――鏑木虎徹の妻の鏑木友恵は、家族に向かって手を振った。
 オリエンタルタウンはもうすっかり冬景色だ。
「あら、雪」
 窓の外を眺めていた友恵の前に――光る人影がひとつ。
「な……何?!」
 それは美しい男性だった。赤と白の革ジャンに赤いブーツを履いている。
 金色の髪に、けぶるような長い睫毛。緑色の瞳。
「わ……私、天使でも見ているのかしら……」
「僕は天使ではありませんよ。友恵さん」
 外見に似合った美しい声だった。 
「私を知っているの?」
「写真で顔を拝見したことがありますので。僕はバーナビー・ブルックス・Jr。未来の虎徹さんの恋人です」
「こ……恋人?! 虎徹くんの?!」
「そうです。友恵さん。だから、虎徹さんのことは安心して僕に任せて天国へと旅立ってください」
「何か、最高の笑顔で最低なこと言ってるわねぇ……」
「自覚はしています」
「タチが悪いわね。楓はどう思うかしら?」
「ああ。楓ちゃんはすっかり僕のファンですから」
「ますますいけすかない人ねぇ」
「貴方も口が悪いですよ」
「あなたにだけは言われたくないわ。虎徹くんと楓をあなたの毒牙にかけるわけにはいかない。百まで長生きしてやるんだから!」
「僕が毒牙にかけたいのは、虎徹さんだけです。恋……それは甘美な毒……」
「へ……変な人ねぇ。虎徹くんには私と楓がいるのよ」
「でも、貴方はもうすぐ死ぬ……」
「バーナビーさん、あなたになら、もっとふさわしい人がいるはずよ」
「ふさわしい……?」
 バーナビーはきょとんとした。
「そうよ。あなたに似合いの、可愛くて、素敵な女性。身近にいないの?」
「はぁ……いることはいますが……ブルーローズという若くて可愛い女性が」
「本当? じゃあ、その子と恋をしなさいよ。応援するわ」
「ブルーローズも虎徹さん狙いなんですがねぇ……」
「あら、そうなの……」
 少し、間が空いた。
「やはり、私は死ぬのかしらね」
「……あまり言いたくはありませんが……」
「そう……」
 友恵は、結婚指輪を撫でた。
「あ、結婚指輪」
「え? 何?」
「虎徹さんも結婚指輪をはめてらっしゃいますよ」
「そう。虎徹くんが……」
 嬉しいわ。ありがとう、虎徹くん……。
 涙が手にぽとりと落ちた。
「亡くなった貴方を想う虎徹さんが、僕は大好きなんです」
「あなた……本当はいい人なのね」
「ええ……でも、僕の最大のライバルは友恵さん、貴方なのですから。僕がいかに魅力的でも、死んだ人には敵いません」
「あなたって……変な人ね」
「失敬ですよ」
「あなただって」
 二人ともふっと笑った。
「でも、虎徹くんのどこがいいの?」
「貴方こそ。虎徹さんのどこがいいんですか? あんなにずけずけ言いで、無責任で、嘘つきで――」
「――言うじゃない」
「……でも、一生懸命人の役に立とうとがんばっている姿が好きです。そして――」
 バーナビーは続けた。
「格好悪くてもがむしゃらに生きる姿が好きです」
「まぁ……」
 友恵は驚いた。
 この人も――虎徹くんをちゃんとよく見てるのね。
「わかったわ。私が亡くなったら――虎徹くんをお願いね」
 友恵は泣いていた。
「友恵さん……」
「楓のことも、宜しくね」
「どうして僕に任せてくれるんです? 僕は貴方にひどいこと言ったんですよ。それに、さっきは百まで生きるって……」
「任せてって言ったのはあなたじゃない。それに、あなた悪い人じゃなさそうだもの。どの道ね、自分の命が短いのはわかってるんだから、あなたみたいな、虎徹くんと楓をサポートする人がいてもいいんじゃないかって……」
「何言ってるんです! もっと怒ってくださいよ! どうして自分の運命を呪わないんですか!」
「呪ったって仕方ないもの。あなたは天使ね。私を安心させる為に現われた――。ひとつ、訊いていいかしら?」
「はい?」
「未来の虎徹くんと楓は幸せ?」
「――当たり前ですよっ! というか、僕が幸せにします!」
「ありがとう――」
「ああ、そろそろ行かなくては。何か虎徹さん達に伝言はありますか?」
「そうね――」
 友恵は考えたが、やがて、言った。
「死んでも愛してるわ、虎徹くん――」
「必ず、伝えておきます」
 バーナビーの頬に、一筋、涙が伝った。
 その後友恵は、天使の子守唄でも聴いたように安らかな顔で眠りについた。

「という夢を昨日見たんですよ。何故か友恵さん視点でしたけど」
 と、バーナビーは言った。
「そうかい……」
 虎徹は朝ごはんのメロンパンを食べるのをやめなかった。
「まぁ、信じてくれないなら、いいいですけどね……」
「俺の夢は、例によってわけのわからない夢だよ。友恵視点の夢でも、あいつに会ったおまえが羨ましいよ」
「あ、妬いてるんですか」
「馬鹿言え。それにしても、死んでも愛してるわ――か」
 虎徹の口元が綻びた。
「もちろん僕だって――」
 死んでも、愛してますよ。虎徹さん。
 そう耳元で囁く。
「うっわ!」
「どうしましたか?」
「耳が……くすぐったくて」
「貴方、耳が弱かったんですか?」
「そういうわけじゃねぇけど――なんか照れくさいじゃねぇか」
 虎徹が赤くなりながらぽりぽりと頬を掻いた。その姿が可愛いと、バーナビーは思った。
 虎徹くん、か……。いつか是非とも友恵と虎徹の馴れ染めを聞いてみたいものだ。

後書き
だーーーーーっ!!
ちょっと看板に偽りありになってしまいました。どこが子守唄やねーん(ハリセン)!
冬の間にアップできたのは良かったですが。
私は小説の仮題をつけてから書き始めるので、途中でタイトルと中身が違ってくることがあります。直す時には直しますが。ええ。
しかし、兎虎はいつこんなにデキたんでしょうなぁ……。私にもわからん! その経過も書きたいかな、と。

追記
風魔の杏里さんが「その後友恵は、天使の子守唄でも聴いたような安らかな顔で眠りについた」というセンテンスを考えてくださいました。今回、許可を得て使わせてもらいました。快諾してくださった杏里さんに感謝! この一文で内容がぐっと引き締まりました! ありがとう! そしてありがとう!

2012.1.12

BACK/HOME