黒バス小説『笠松女嫌い克服計画』

 笠松センパイが一人で黄昏てる。オレは彼に呼びかけた。
「笠松センパイ」
「おお、黄瀬か」
「オレもいるぞ」――そう言ったのは女子バスケ選手の藤倉理奈サン。オレは藤倉っちって呼んでるけど。
 ちなみにオレは黄瀬涼太。モデルと高校バスケ選手の二足の草鞋履いてます☆ 笠松センパイはオレのキャプテン。フルネームは笠松幸男。
「藤倉、暇なのか、お前……」
「チェインバース校は今は秋休みなんだよ」
 藤倉っちはアメリカに留学している。最近帰ってきたらしい。
「どーした笠松サン。んー。覇気がねぇぞ。俺で良かったら聞いてやる」と、藤倉っち。
 笠松センパイの話はこうだった。この間、「笠松君て女子と話あんまりしないねー」「硬派なのよ、きっと」という話が耳に入ったんだと言う。
 けれど――笠松センパイは女好きをこじらせて女苦手になってるだけのただのムッツリっス。こんなこと言うから肩パンされるんだな。オレ。
 でも、確かに笠松センパイは女苦手の域を超えてるんスよねぇ……。このままじゃ将来に響きかねない。藤倉っちとは普通に喋ってるんスがねぇ……。
「おい。笠松。お前、可愛い彼女欲しい?」
「まぁな」
「将来はその彼女と結婚したい?」
「――ああ」
「子供は男の子と女の子一人ずつ欲しい?」
「――何だよ急に。……欲しいよ」
「けっ。今時ニューファミリーかよ。ダッセェ」
「おめーが訊くから答えてるだけだよ!」
 笠松センパイが肩パンしないのは藤倉っちが一応女だからっスね。きっと。
「笠松サン、お前は女に慣れた方がいい。待ってろ。とびきりのいい女紹介してやる」
「――ほっとけよ」
 藤倉っちは笠松センパイの話も聞かないでスマホをかける。
「あー、しのーか? わりーけど今からこっち来てくれる? え? モモカンも一緒? そうだなぁ――じゃあ一緒に来いよ。紹介したいヤツがいるんだ。場所は――」
 そして――やってきたのはふわふわの茶色の髪の瞳の大きな美少女と、すんごいグラマーの長い黒髪の美女。
(レベル高過ぎっ!)
 オレでさえそう思ったくらいだから、笠松センパイなんかもっとそう思ったであろう。モデルでもなかなかいないよ、こんな可愛い女子達。
「笠松サン。こっちしのーか。胸のでけぇ方がモモカン」
「宜しくね」
 しのーかと呼ばれた女の子が笑う。可愛い……。女に慣れてるオレでさえ可愛いと思う。――笠松センパイは口をあんぐりさせていた。
「今からでもウィンドーショッピングでも何でも行って来い」
 藤倉っちが背中を押す。はっと我に返った笠松センパイがぎくしゃくしながら歩いて行く。
「大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
 しばらくして、笠松センパイ達が帰ってきた。藤倉っちがニヤつきながら訊いた。
「どうだった。美女二人従えてのデートの感想は」
「うう……」
 笠松センパイは口も満足にきけないらしい。女子二人は笑顔を浮かべていた。
「楽しかったですよー」
「まぁ、私と千代ちゃんだけで喋ってて、笠松君にとってはちょっと物足りないかな、と思ったりもしたんだけど」
 ……多分緊張で話どころではなかったと思うんスが。それにしても、二人とも性格いいなぁ。モデル稼業のせいで女のウラのウラまで見てしまったオレにとっても救いになったっス。
 二人が帰って行くと、笠松センパイは泣き出した。
「何だよあの可愛さ! あの優しさ! 辛いぜー。優しさが身に染みてかえって辛いぜー。あいつらはオレにとっては眩し過ぎるぜ」
「……どうしようもねぇな。お前……」
「センパイ的にはどっちが好みっすか?」
 オレが割って入る。
「う……胸の控えめな方」
「あれ? 笠松センパイはおっぱい星人じゃなかったっスか?」
「誰がだ」
「だって、合コンで音頭を取った時『おっぱ~い』って」
「わー。それやめろ。言うな黄瀬! オレの黒歴史なんだから!」
 笠松センパイ、キャパシティ越えたらしい。涙目になりながら藤倉っちにすがりつく。
「なぁ、藤倉。もっと俺に釣り合う女の子いねぇ?!」
「んなこと言われてもなぁ……あ、あいつがいたか。俺には劣るけど、なかなか可愛いコだぜ」
「お前に劣るって……一体どんなオカチメンコが来るんだ?」
「うっせ。んなこと言うと紹介してやんねぇぞ」
「ウソウソ。冗談だって」
「まぁ、こっちだってそれはわぁってるけどさ。――もしもしあかね? うん、すぐ来てくれ。頼む」
 場所を告げると藤倉っちが通信を切った。
「今電話かけた相手は岬あかね。俺の恋敵だ」
「あー、藤倉っち、何とか言う西浦のピッチャーが好きだって言ってたっスよね。そういえば」と、オレ。
「三橋だよ。――もしあかねが笠松とくっつけば、俺のライバルは一人減るってわけ」
「くっくっくっ。藤倉屋。おぬしも悪よのう」
「お代官様のお仕込みでございますれば」
 オレの悪ノリした台詞に藤倉っちも乗っかった。
「てめーらなぁ……悪代官ごっこはどうだっていいんだよ!」
 オレは笠松センパイに蹴られてしまった。この痛みはクセになる……。センパイもさすがに藤倉っちのことは蹴らなかったけど。
「こんにちはー」
「おー、あかね」
 藤倉っちが手をぶんぶんと振る。あれが噂のあかねちゃんか……。この子も結構可愛いな。何西浦! レベル高過ぎ?!
「あ……あ……笠松幸男っす。宜しく……」
 笠松センパイは絞り出すように言った。
「笠松さん……かっこいいんですね。男らしいし」
 そう! 笠松センパイは漢なんス! わかってくれて嬉しいなぁ。
「なぁ、黄瀬……オレ、さっきも上手くいかなかったし、女とのデートってわかんねぇよ。ついて来てくれるか?」
「――いいっスよ」
「あー、俺バスケ修行行かなきゃ」
「お前も来るんだよ。諸悪の根源」
 笠松センパイが藤倉っちにスコンとツッコミを入れる。
「ちょっと大人数になるけど、いいスか?」
 オレが言うと、岬さんが『はい』と頷いた。
 結果から言うと、デートは大成功だった。笠松センパイもぽつりぽつりだけど話すことができた。でも、あかねちゃんはやっぱり三橋が好きなんだって。笠松センパイが言った。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
 笠松センパイの笑みが儚く見えた。何故だろう。笠松センパイは童顔だけど、眉も太くて男らしいきっぱりとした顔立ちなのに……。
「それから、夢を見せてくれてありがとう……」
 笠松センパイは『夢』と言う単語を言った時、思わずと言った風に自分の掌を見つめた。現在の夢、将来の夢、敵わなかった夢――。そんな夢を見つめているように、オレには見えた。
 笠松センパイ……漢っス! 絶対いい恋人見つかるっスよ。つか、オレがなってもいいんだけど。
 オレ、女に生まれてたら笠松センパイに惚れてたな……。今でも惚れてるけど。
 それにしても、笠松センパイって、藤倉っちのことはどう思ってるんだろう。女扱いしてないのは確かだけど。
「なぁ、黄瀬。笠松サンて女に心閉ざしているとは思わねぇか?」
 笠松センパイがトイレに行っている時、藤倉っちが言った。
「そうっスね。でも、ああ見えて笠松センパイはきっと藤倉っちのこと好きっスよ」
 見つめ合うと素直にお喋りできない――そんな歌があったけど、笠松センパイはその逆という訳だ。
「ああ……何となくそんな気はしてた。けれど俺、三橋しか男に見えてないから」
 ちょっと妬けてしまうね。三橋君とやら。オレは藤倉っちに、「今の話、誰にも言うなよ。笠松サンにもだ」と釘を刺された。
 笠松センパイは多分、自分の恋心に気付いていない。こういうことは緑間っち並に疎いっスからねぇ。笠松センパイ……。
 藤倉っちは強力なライバルっスからね。藤倉っちが三橋とやらと恋人になったらめいっぱい祝福させてもらうっス。
 オレ、笠松センパイのことが好きっスから。笠松センパイは真の漢だと思ってるっスから。――女にはヘタレなところも好きっスよ。
 いつか恋が成就するといいっスね。相手は――オレだったらスゴク嬉しいんスけどね☆

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