フランス兄さんの恋物語

「えいっ! えいっ!」
 ジャンヌ・ダルクは今日もレイピアの稽古に余念がない。
「おー、がんばるねぇ」
 若き日のフランスが、鍬の柄に顎を乗せ、揶揄するように言う。その頃はまだ、トレードマークの髭も生やしていない。
「フランス、ちょっとお相手願えませんこと?」
 ジャンヌが頼む。
「やだね、俺は女とは戦わない主義なんだ。だいたいジャンヌ。君はドレスで装った方が美しいよ。そしたらもう男どもから引く手数多だろうに」
「失礼ね。だいたい、何で私が戦っているのか……誰の為に戦っているのか……私はあなたの為に……!」
 そして、ジャンヌは目に涙を溜めて、悔しそうにレイピアを放り出し、走り去って行った。
「おーい。フランス。いいのか? 追いかけなくて」
 さっきから離れたところで一部始終を見ていた農夫の一人が、声をかけた。
「ああ。俺は、叶わぬ恋はしない主義でね」
 ジャンヌは人間。フランスは国。
 人間と国とでは、寿命も生い立ちも違う。
 それに――
(ジャンヌは早死にしそうだからなぁ)
 ともすれば彼女に心傾きそうになる自分を時折叱咤する。
 ジャンヌが好きだ。けれども、その思いだけでは結ばれない。
 それに、彼女は神に選ばれた人間だ。一介の国でしかないフランスに、どうすることができたろう。
 フランスの予感は当たって、ジャンヌ・ダルクは十代の若さで処刑されることとなる。
 こうして、フランスの初恋は終止符を打った。

 そして月日は流れ――
「バーカバーカ! 百年バーカ!」
 短めの金髪と眉毛が太いのが特徴のイギリスが、フランスに毒づいた。
 このイギリスとは、他愛無いことでよく喧嘩になるが、今回の理由は、アメリカのことだった。
 しかし、今日は明らかにいつもと様子が違った。
「イギリス……アメリカから相手にされないからって、ふてくされんなよ」
「ふてくされてなんかねぇよ。バーカ!」
「でも、今のおまえさん、今にも泣きそうな顔してる」
 普通ならここで、イギリスが何か言うところだが、
「何も知らないくせに!」
 と捨て台詞を吐いて、酒場を出て行った。
(追いかけないのか? 俺)
 フランスは、どこかで似たようなことがあったなぁ、と思い返した。
 さらさらと流れる長い金髪の持ち主、ジャンヌ。
 あの時、フランスは追いかけなかったのではない。追いかけることができなかったのだ。
 あれから幾星霜――フランスは、アメリカの後釜でもいいと言う気持ちにまでなっていた。
 国同士、わかり合えることもあるだろう。たとえ、相手が男でも。
 イギリスとは、殺し合いに近い喧嘩も度々やってきたが、それだけに、相手のことをよく知っている自信はある。昔、イギリスが真似をして長髪にしてきた時は、内心嬉しかった。その頃は、まだ恋と呼べる段階ではなかったが。
 フランスが、イギリスへの恋心に気が付いたのは、つい最近なのだから。
 そのイギリスは今、アメリカに恋をしている。アメリカも、口ではなんだかんだ言っていても、憎からず思っているみたいだった。
(本気の恋は、叶わない運命なんだなぁ)
 フランスは、心の中で嘆息した。
「お勘定、ここに置いとくからな」
「――足りませんが」
「悪いが、後はツケにしておいてくれ」
 外に出ると、夜の寒気が刺すように冷たい。吐く息が白い。
(ジャンヌ……今、天国でどうしてるかい? 俺のことなど忘れて、神様とよろしくやってくれ。本当はお前さんに惚れていた、馬鹿な男のことなど忘れて――)
 古い恋とは決別し、新しい恋に生きる。たとえ、イギリスへの恋が破れても。
 フランスの姿が、夜の街に消えていった。

後書き
この物語の主人公は、フランスです。一応。


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