恋心の行方

 ブルーローズに恋し、楽屋泥棒の罪で逮捕されたアイドルマニアのNEXTの男が、
「ブルーローズちゃんに会いたい」
 と言った。
 彼女は案外あっさり承諾した。
 バーナビー・ブルックス・Jrとワイルドタイガ―を護衛に連れて。相手は仮にもNEXTなのだから。
「あ、ブルーローズちゃん!」
 檻の中の男が檻にしがみついた。
 ブルーローズはしかめ面をしたが、やがて言った。
「もう楽屋泥棒なんてやめてね。――それから、もう少し肉をつけなさいよ」
 それだけの台詞を残して、義理は果たした、といったようにくるりと背を向けて大股で歩き出した。
「やあ、すんませんねぇ、あいつ、こういうやつだから」
 ワイルドタイガ―が済まなそうに謝ってついて行った。
 バーナビー・ブルックス・Jrも出て行こうとすると、後ろから声がした。
「僕は……ブルーローズちゃんが好きなんだ……だからブルーローズちゃんの楽屋も……」
 貧弱そうな男は泣かんばかりの声音になった。
「貴方は恋してフラれて傷つくのが怖かったんでしょう」
「はい……はい……」
 バーナビーの台詞に、男は鼻水を啜りながら答えた。
「でもね、傷つくことを恐れる男に恋をする資格なんてありませんよ」
 バーナビーが半分だけ振り向くと、男はくず折れていた。
「君みたいな……君みたいないい男にはわからないんだ」
 理不尽な言葉である。恋は顔でするものではない。
 だが、言い過ぎたかなとバーナビーは思った。少々男が気の毒になったのだ。
(憐れみか? この僕が)
 けれど――今の台詞はそのまま自分にもあてはまる、と考えた。
 この男と同じく、恋に対して臆病なのだ。
 それにブルーローズ。彼女も恋をしている。
「変わりましたね。ブルーローズさん」
 部屋を出た後、バーナビーはブルーローズに声をかけた。
「そんなこと――ないわよ」
 いつもだったら本人にもっときつい言葉を吐いていた彼女のことである。しかし――
「何かあの男見てると苛々するっつーか……でも、気持ちわかるっていうか……」
 そして慌て出した。
「あ、だからって、楽屋荒らしは論外だけど。好きな人からもらったものは大切にしたいっていうか――」
 混乱しているのか、言っていることは支離滅裂だ。
「そうですか。……ところで虎徹さんは?」
「缶ジュース買いに行ったけど」
「ただいまー」
 天下泰平な声が聞こえた。
「ほら。ペプシ買ってきたぞ」
「ありがとうございます」
「さんきゅ。タイガ―」
 バーナビーとブルーローズが礼を言った。
「今、何話してたんだ?」
「何でもない」
「何でもありません」
 虎徹の問いに、二人は殆ど同時に答えた。
「そうかー。じゃ、行くか」
 虎徹はふらふらと歩いて行った。
 バーナビーとブルーローズは顔を見合わせた。そして、少しバツが悪そうに視線を外す。
 彼らが恋している相手。それはこのワイルドタイガ―……鏑木・T・虎徹なのである。
 二人は虎徹の後ろ姿に目を遣った。
 バーナビーもブルーローズも、互いにそのことを知っている。二人は互いに恋敵でありまた、同志なのだ。
 ブルーローズが今日ここに来たのも、
『会いたいって言うんだ。ちょっとだけでもあの男に会ってやったらどうだ?』
 という虎徹の台詞がきっかけである。その時はバーナビーもその場にいた。
「さっきの話だけどさ」
 ブルーローズが切り出した。物想いに耽っていた我に返ってバーナビーは彼女の方を振り向いた。
「――ハンサム、アンタも変わったわよ」
 ブルーローズはバーナビーをハンサムと呼ぶ。確かに、バーナビーは貴公子と呼んでもいいような整った顔立ちをしている。
 しかも強い。ヒーローなのだから。
 バーナビーが流し眼をくれただけで失神するファンがいたとかいなかったとか。そんな伝説もある。
 しかし、バーナビーの目には、虎徹しか映っていない。
 ブルーローズも虎徹に淡い恋心を抱いている。バーナビーの激しい想いに比べれば、本当に淡いものだけれど。
(虎徹さん……)
 さっきはアイドルマニアの男に偉そうなことも言ったけど――
(ははっ。僕も人のことは笑えませんね)
 バーナビーは切なげに微笑んだ。そして、それを誤魔化す為にペプシのプルタブを開けて口をつけた。
「ブルーローズ、送ってくぞ」
 虎徹が言った。
「ほんと?」
「――ああ。どうせ俺の車で来たんだし」
 ブルーローズは車の後部座席に乗り込んだ。バーナビーは当然のように虎徹の隣に座った。そして、いつもの場所へ。
「着いたぞ」
 トレーニングルームでは、他のヒーロー達が集まっていた。
「ね、どうだった?」
 ネイサンがブルーローズに質問した。
「どうって?」
「アンタのことだから、貧弱男にガツンと言ってやったんじゃないかと思って」
「言ったのは少しだけよ」
「ブルーローズにしては大人しかったぞ」
 虎徹が口を挟む。
「タイガ―……あたしを何だと思っているのよ!」
 虎徹はそれには答えず肩を竦めた。
「まぁまぁ。虎徹さんに他意はないんですし」
 バーナビーがとりなした。
「そうそ。バニ―ちゃんの言う通り」
 今度は虎徹も頷いた。
 バーナビーは、虎徹に『バニ―ちゃん』と呼ばれるのを嫌っていた。しかし、今は何も言わない。それどころか、うっすら微笑みさえ浮かべている。
(僕は変わった――ブルーローズも)
 虎徹には何ひとつ変わったところがないのに。――いや、虎徹も変わってきた。
 褒められると虎徹は嬉しそうに笑う。バーナビーは、そんな笑顔が見たくて、また持ち上げる。
(僕達、変わりましたよね)
 バーナビーは何も知らずに仲間と喋っている虎徹に呼びかける。
「また見てる」
 ブルーローズ――今はカリ―ナ・ライルに戻った彼女が軽くバーナビーを睨んでいる。
「何をですか?」
「タイガ―よ」
「見てちゃ悪いですか?」
「悪くはないけど、男同士の恋愛なんて実りがないわよ」
「でも、仕方ないでしょう」
 僕は間違っていた――恋をするのに資格なんて関係ない。
 相手が男だろうと女だろうと構わない。自分の心がそのまま相手に惹きつけられる――それが恋だと、バーナビーは思った。
 この恋心は、確かに無益なものかもしれない。けれど、生まれてしまったのだから仕方がない。
 せめてバディとして、虎徹と共に命をかけて、シュテルンビルトの為に戦おうとバーナビーは心に決めた。

後書き
私の恋愛観を入れてみました。私も、恋をするのに資格は関係ないと思います。
2011.11.14

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