恋するアイラ
アリアンの王宮では、アイラ・ユルキアイネンが所在無げにベッドの上で輾転反側していた。その顔には覇気がない。
――レイジがいなくなってしまったからである。
このアリアンの王子であるレイジだが、また急に姿を消してしまったと使用人達は慌てている。尤も、帰還した時に姿を消したその理由をレイジも一応説明しておいたのではあるが。
だから、表面は慌ただしげだが、みんなレイジを信じて待っている。
レイジはイオリ・セイのいる世界に行ったのだ。
アイラは知っている。レイジがセイに好意を寄せていることを。
レイジの、セイを見る目が優しかったことを。
レイジのあんな目、私には見せたことない――
「――ってもうーーーーーっ!」
アイラは起き上がって枕にあたった。
何であんな奴のことばかり考えてなきゃなんないのよ!
冗談じゃないわ!
早く帰って来てよ、レイジ!
アイラは枕を投げ捨て、またごろんと横になった。
「レイジの……バカ……」
レイジは今でもセイが好きなんだ。アイラはそう信じ込んでいる。
コンコンコン。
ノックの音がする。
「どうぞ」
「あの……アイラお嬢様?」
お手伝いのベッキーが入ってくる。
「お茶の時間でございますが」
「――今行く」
むすっとした顔のまま、アイラはベッキーに連れられて食堂へ向かった。
王宮の食堂は広い。しかも毎日ご馳走が出てくる。
いつもなら大喜びで平らげるご馳走も、今は喉を通らない。
(何かあったんですかね)
(馬鹿ね。あの娘は王子を好きなのよ。いなくなって寂しがっているのよ)
(我々が元気づけてさしあげなくてはなりませんね)
使用人達のそんな言葉も、意気消沈のアイラの耳には届かない。
「さぁ、お茶ですよ」
王宮のハイ・ティーも、今のアイラには美味しく感じられなかった。
――まずい。
はっきり言ってそう思ったが、口にするのは憚られた。
レイジの客人というだけで、アイラは最上級のもてなしを受けているのだから。元々アリアンの人達はとても性格が良くて優しいからかもしれないが。
レイジは今、セイといるのだろうか。
ぼそぼそとマフィンを食べながらアイラは思う。
もっと美味しそうに食べなきゃ――そうは思っても、どうしても意気が上がらないアイラであった。
それもこれも、レイジがあの世界――元はアイラも住んでいたあの世界に行ってしまったから。
(レイジの……バカ)
また、アイラは思った。
レイジとはガンプラバトルで知り合った。
最初は義務でしかなかったガンプラバトルの楽しさを、レイジ達が教えてくれた。
勝つのが当たり前。その重責から解き放ってくれたのが、レイジであった。
そして、気がついたらレイジに恋をしていた。
彼がアリアンの王子でなくても、アイラは恋をしていただろう。というか、レイジが王子様だなんて知らなかった。あんまり口が悪いから。
(私の昔の暮らしとは正反対ね)
アイラは貧しい暮らしをしていた。今は違う。毎日豪勢なご馳走が出る。
でも、レイジと一緒でなければ、何を食べても美味しくない。
(レイジったら、鈍いんだから――)
でも、そこがレイジのいいところでもある。
そしてアイラはレイジを追ってアリアンに来た。
「アイラお嬢様?」
その声に、アイラは我に返った。
「お茶、淹れ直しますか?」
考え事をしているうちに、すっかり紅茶が冷めたらしい。
「いいわ。もう――」
「えっ?!」
「何驚いているのよ」
「そんな、別に――」
いつもは大食漢のアイラが、もういいと言う。驚くのも尤もであった。
「アイラお嬢様……やはり王子のことが……」
「レイジのことは言わないで!」
アイラはきっとベッキーを睨みつけた。
「あ、す、すいませ……」
ベッキーは怯えている。そこでアイラは言い過ぎに気付いた。
「ごめんね。ベッキー。私は何か変なのよ」
「あ……いえ……」
「ごめんね。あなたが悪いわけじゃないの。ただ、食欲がなくて……部屋に帰るわね」
「後で健康にいいハーブティーをお持ちいたしましょうか?」
「――ありがとう」
アイラは寂しく笑って部屋に戻った。
考えるのはレイジのことばかり。
第一印象は最悪だった。
けれど、数々の行動を共にするうちにレイジに惹かれていった。
私もあのぐらい自由に振る舞ってみたい。そう考えるようになった。
暇だから――ガンプラでも作ろうかな。
アリアンにもガンプラバトルのステージがある。プラフスキー粒子はこの国でも使えるようになったらしい。プラフスキー粒子を新たに開発したのはニルス・ニールセン。あっちの世界の天才少年。技術はマシタ元会長と秘書がアリアンに齎した。
アリアンとあの世界の垣根はいずれ簡単に越えられるようになるだろう。その為の開発計画も進んでいる。
私も帰ろうかな。あの世界。
レイジと――セイがいるあの世界に。
レイジ……あなたといた時は、私、普通の女の子だった。当時は作られたガンプラバトルの女戦士だったけれど。
レイジが私を変えてくれた。あなたがいたから、今の私がいる。
会いたいよ……会いたい……。
「レイジ……」
膝を抱きながら涙をぐっと堪えた。その時だった。
「お嬢様! アイラお嬢様!」
ベッキーの声だ。何かしら。ハーブティーでも持ってきたのかしら。
「よう」
「レイジ!」
会いたいと思っていた人が、そこにいた。アイラは思わず抱きついた。
「レイジ、レイジ――!」
「おいおい。止せよ。ベッキーが見てるだろ」
ベッキーはこっそりその場を離れようとしていた。アイラと目が合うとパタパタと駆け去って行った。
アイラが言った。
「帰って来てくれたのね! レイジ!」
「ああ、ちょっとな。またセイ達のところへ行くから、そのう……おまえも来い」
「え……?」
「つまんねんだよ、おまえがいねぇと!」
レイジはそこまで言わす気か!という顔でそっぽを向いた。
アイラの頭の中でリンゴーンと鐘が鳴った。
「ま、行ってあげてもいいわよ。レイジ。――会いたかった。もしかしてあなたも?」
レイジはぶっきらぼうに「――まぁな」と答えた。
後書き
アイラのレイジに対する物語。
レイセイも好きですが、レイアイも好きです。
設定にはいろいろ捏造があります。
2014.4.19
BACK/HOME