姫星ちゃんにっし

 私、佐々木姫星。口下手だけど、日誌なら、何とか自分のこと書けるの。でも、歌の方が好き。
 私、東京にいて、歌手も目指してたんだけど、素朴村にお母さんと一緒に引っ越して来た時、その夢、諦めた。
 ――それだけじゃないんだけど。
 私は無表情らしい。『綺麗だけど怖い』って皆に言われるもの。
 本当はニコニコして歌いたい。皆に歌を届けたい。
 一旦は諦めたこの想い。
 それが叶ったのは橘くんとことえさんのおかげ。
 橘サトシくんとことえさんは兄妹なの。
 橘くんは高校の同級生なの。変わったといえば変わったけど、変わっていないといえば変わっていない。
 そうね――少し胡散臭くなっていたかしら。私も人のことは言えないけど。
 でも、ことえさんはとても可愛い。性格も見た目も方言も。話しているとほっとできる。
 橘くんはことえさんの才能で金儲けしようと思っているみたいだけど、ことえさんは全然そんなこと考えてないみたい。
 ことえさんは本当に素朴村を愛している。
 ことえさんはネットでは有名な神絵師?みたいなの。私の歌の動画のイラストを描いたのもことえさん。
 橘くんやことえさんにはすごくお世話になってる……。
 動画も再生数伸びてるし。歌を作ったりしてくれた人や、ことえさんのおかげ……。
 たった一人で歌ってたところから、こんなに皆に歌を届けることができるようになったのは、橘くんやことえさん、東京の友達のおかげ。
 私、笑顔が苦手だったから。高校の頃も橘くんやクラスメートと仲良くしようと思っても避けられてしまって……。
 顔の造作は整っているみたいだけど、笑えないんじゃ意味がない。
 東京でもストリートライブとかしても、睨まれているんじゃないかと誤解されて人が去って行ってしまった。
 私も嬉しければニコニコできるのにな……。
 いつもニコニコは難しいな……。
 そう思っていた時、ライブの誘いがあった。
 ものすごく、嬉しかった。
 でも……また人が去って行ってしまうんじゃないかと……。あの頃のトラウマが蘇ってきて……。
 そんな時にお世話になったのがことえさんと橘くん。
 ネットの歌い手キティのコスプレ衣装を用意してくれたの。
 生まれて初めてのコスプレ……。
 ドキドキしながら着てみたら、全然違う自分になれた。
 ニコニコして、ちょっと男言葉使ってみて……男装女子みたいな感じで。
 ネットから抜け出したようだって思ってくれたら嬉しいな。
 キティは皆のアイドル。キティのイラストを描いてくれる若い子もいる。
 ――私とは全然違う。
 むすっとしてて怖いと言われている私とは。
 ありがとう、キティ。
 そして、きっかけを作ってくれたことえさん、ありがとう。
 ことえさんとは本屋のバイトをしている時知り合ったの。橘くんとは全然感じが違うから、最初妹とわからなかった。
 橘くんは妹のことえさんが描いたPOPのイラストを自分が描いたように言ったのよね、あの時。……いいんだけど。
 でも、後で、あのPOPのイラストを描いたのがことえさんだとわかったの。お客さんの一言で。
 ことえさんのイラスト、まるでプロみたいに上手かったから、すごいな、と思ったの。桃乳戦士もあの絵のおかげでよく売れたの。
 原作から飛び出したような――ううん、原作より上手だった。
 私は、ことえさんの絵に萌えてる。ことえさんにも言ったことある。
 橘くんの特技というのは、何だかわからないけれど、口がうまくて人を乗せること。そういうのをプロデュースと言うのかしら……違うかな。
 でも、ことえさんのお兄さんだから、悪い人ではないと思う。……多分。
 橘くんとはあまり話したことないからわからないの。向こうも何となく避けていたみたいだし。
 ――この頃、喋るようになったんだけど。ああ、やっぱりイメージ通りだなって、そう思った。いろんな企画立てて、いつも楽しそうで……。
 橘くん、いいプロデューサーになれるかもしれない。
 私はことえさんと話すことが多いけれど。友達だから。
 ことえさんみたいな素朴で性格のいい友達が出来て、私も嬉しい。
 お母さんも、
「姫星は最近明るくなってきたみたいね」
 って言ってくれているし。
 佐々木姫星という本来の私は変わった感じがしないんだけど、そうなのかしら。
 ことえさんのことは何となく秘密にしているけれど、いつか家に連れて行きたいな。お母さんが体調いい時に。――きっと、喜んでもらえると思う。ことえさんはいい子だから。
 ことえさんは控えめな性格だけど、もっと自分のすごさ知った方がいいと思う。
 多分、ことえさんは東京でも大成功するんじゃないかな。橘くんにはわかっているみたいだけど。やっぱりお兄さんだから。
 ――私もことえさんみたいな妹欲しかったな。
 でも、友達づきあいが出来ているのだから、それはそれで嬉しい。
 ことえさんのお友達が困っていた時にも、ことえさん、自分が買っていた服、即座に貸してあげてたし。
 こんなこと感じるのも私が性格悪いからかもしれないけど――その友達って裏がありそうな子で……。だけど、やっぱり根は悪い子ではなさそうだから……ツンデレって言うのかな。
 ことえさんは友達の為に役に立てて心の底からほっとしていたようだった。私には何にも言えないから黙ってたけど、その時は、ああ、ことえさんて本当にいい人なんだなぁ、と思った。下手に東京に出て来て悪い人に騙されないといいけど……。
 それから、イベントでは私のCDも売れたようで嬉しかった。これもことえさんや皆のおかげ。ありがとう。
 ことえさんがピンチの時には、また元気の出る曲聞いて頑張って欲しい。チアガールならやったことあるから、いっぱい応援できると思う。
 私は生まれて初めてのライブ出演に臨んでいた。でも、お母さんの病気が再発して、一旦出るのやめようと思ったの。だけど、夏祭りの時に歌うことができて良かった。これもきっとことえさんがお祭りのスタッフさんに頼んでくれたおかげ。
 お母さんは私を応援してくれているし、私もほんとはお母さんに歌聞いて欲しかった。でも、お母さん、私の動画にたくさんコメントつけるのはどうかと思う……。
 今回はお流れになるけど、ことえさんが動画配信の話をしなかったら、あんな大規模なライブの話が来ることもなかった。いつも、一人で歌ってて……。
 だから、ことえさんにも、協力してくれた橘くんにも感謝しなきゃ。
 ことえさんの初イラスト本も結構売れたみたい。良かった。
 だって、ことえさんの絵、綺麗だもの。色鉛筆で描いたモーモーピンクも綺麗だったけど。
『桃乳☆戦士モーモーピンク』で私達は縁が繋がったんだもの。以前からこの漫画好きだったけど。
 面白いし、絵が可愛い。
 だから、ことえさんの絵も可愛くて仕様がない。
 橘くんもハマってるみたい。最初はそんな素振り見せなかったけど。今、一番人気があるアニメじゃないかな。
 ことえさん達の作った桃乳戦士の本もとても面白かった。みやまえ食堂の宣伝チラシがあったのも良かった。
 だって、あそこのお蕎麦美味しいもの。
 橘くんはラーメン派らしいけど、私はお蕎麦、大好き。
 山田青梗斎先生という有名な作家さんもみやまえ食堂のお蕎麦食べに来るんだもの。公的には内緒だけど、田舎って噂広まるの早いから……。
 ちなみに、みやまえ食堂と言うのは、橘くんやことえさんの実家のお蕎麦屋さん。
 橘くんの家はコテージも持っていて、前に火事に遭って大変だったんだけど、今はもっと大きな建物に変わるみたい。
 そう言えば、桃乳戦士の本に青梗斎先生の文体によく似た小説があったけど……まさかね。
 橘くんは蕎麦屋継がされるの、高校の頃から嫌みたいだったけど、私はそんなに悪い話ではないと思う。
 東京ってそんなにいいところかしら。……いいところもあるし、歌手になるには東京は便利だと思うけど、素朴村も名前の通り純朴で、とても素敵なところだと思う。橘くんは東京にしきりに出たがってたらしいけど。
 ことえさんもこの村を愛しているし。
 郷土愛って言うのかな。それってとても大事だと思う。
 橘くんは方言を捨てたらしい。……勿体ない。私は方言で喋ることはできないけれど、あんなに味があるのに……。
 でも、私みたいな無表情な女が方言喋ってたら……変でしょ。
 一回方言使ったら、クラスメートの子達から、
「オラ達に媚びてるだ……」
 と言われてしまったし。私、あんまり口下手だから高校時代にはあまり友達いなかったけれど――。
 今はことえさんや橘くんと言った友達が出来て幸せ。橘くんともいろいろ話せるようになったし。橘くんは想像以上に面白い人だったの。ちょっと山師みたいなところがあるけど。
 この村も、なかなか悪くないべ。
 ――こう言う台詞は、ことえさんみたいな素朴な可愛い娘が使うから様になるんだろうな。私には真似出来ない。
 ことえさんが方言使って喋る度に、可愛いな、と思ってしまう。伝えたいと願ったこともあるけれど。ことえさんのおかげで、素朴村の方言がますます好きになったの。
 東京と素朴村。どちらも私のふるさと。この二つの地方のいいところを上手く取り入れたらいいと思う。
 お母さんにはきっと、素朴村が合っていると思うし、お母さんには東京はめまぐるしいところだから――自分で言ってたもの。
 姫星には好きな人生を自由に生きて欲しいと言ってくれたけど、私はお母さんを放っておくことなど出来ない。
 お母さんは私をこんな素晴らしい世界に産んでくれたんだもの。
 歌の才能だって、お母さんと、遠くにいるお父さんから授かったもの。
 だから、私は――ううん、『キティ』はこの世界に感謝して歌うの。今、悩んでいる人には、私の歌で慰めてあげたい。――例え他に何も出来なくても。
 それからお母さん。私、お母さんの為にも歌いたい……。やっぱりお母さんに一番聴いて欲しいから。

後書き
原作の姫星ちゃんはもっといい子なんですが。
ちょっと黒くなってしまったかな~と思うのは、私の性格の反映でしょうか(笑)。
しかし、ずらずらと書いたもんだべ(笑)。
2016.5.6

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