世界のきせりょ

「おい!桑谷玲二役の樹村了が降りたって?!」
「ええ。何だか役に不満があるらしく……」
「えーい、くそっ!出番は確かに多くはないが大事なシーンなのにな……」
「どうします?代役は……」
「どっかで見繕って来い!イケメンでバスケの上手い奴!」
「じゃあ……この子なんかどうです?」
「……おお!お誂え向きの人材がいたじゃないか……すぐに呼べ!」
「はいっ!」

***

オレ、黄瀬涼太。モデルのかたわら学生やってます!あ、学生モデルって言った方がいいっスかね。
「黄瀬ちゃん、映画からオファーだよ」
「またっスか?」
オレはちょっと嫌そうな顔をしてみせた。
「まあまあ、これは黄瀬ちゃん向きだよ。好きなバスケできるよ」
「バスケ……?」
「シーンはあまり多くないんだけどね。主人公とバスケ対決する役」
「うーん……」
正直あまり乗り気ではなかった。素人同然の俳優とバスケなんてなぁ……。
ま、もっとも、主人公役のヒトもバスケの練習はしているだろうけど、数々の強豪校と競ってきたオレにとっちゃ、素人同然だろうとたかをくくっていたワケで……。
「とにかく会ってみようよ、ほら、早く早く」
「うわー、袖引っ張らないで欲しいっスー」
連れて来られた先で、オレは主役の川端茂役の里見敬一クンに会った。オレと同じ16歳だ。
ちなみにオレの演る桑谷玲二は、川端の相手チームのエースだ。
「黄瀬涼太さんですね。川端茂役の里見敬一です。初めまして。宜しくお願いします」
ふわっとした感じがちょっと黒子っちに似ていた。
だからだろう。この仕事を引き受ける気になったのは。
「黄瀬涼太っス。宜しく」
オレ達は握手を交わす。里見クンはちょっと緊張しているらしかった。

そして、練習が始まった。とりあえずいつも通りバスケやればいいんだそうだ。時々監督が指示を出してんスけど。
しかし……酷いもんスね。里見クンは。他の演技はともかく、バスケはね……。
でも、監督に怒鳴られながら決してネを上げない里見クンに、オレは黒子っちと同質のモノを見た。

「やっぱり黄瀬さんは違うなぁ。オレよりよっぽど演技上手いじゃん」
「里見っちだって、俳優なだけあるよ」
「里見っち……?」
「ああ。オレね、尊敬するヒトには必ず名前の後に『っち』をつけるの。今日からキミを『里見クン』でなく、『里見っち』って呼ぶよ。イヤ?」
「ううん。オレの方こそ、黄瀬さんのこと尊敬してたのに」
「尊敬?」
「うん……オレ、バスケ下手だけど、観るのは好きなんだ。バスケ雑誌も集めてるんだよ。だからこの映画にバスケシーン出るの知って嬉しかった。しかも有名な黄瀬さんと演れるなんて。もし黄瀬さんが『NO!』と言われたらバスケシーンは泣く泣くだけど削ることになるよって監督に脅されていたからね……」
里見っちは興奮しているのか、頬を紅潮させながら喋る。
「バスケシーンは大事なところだって、監督言ってたのになぁ……オレのせいで削られるのはイヤだなぁ……了くんだってオレを見限ってやめて行ったんだし……」
そう言って今度はしょげる里見っち。長い睫毛が影を落とす。
オレの中にある思いが猛然と突き上げてきた。
オレ、こいつの力になりたい!
「里見っち、練習っスよ、練習!」
「え……?」
「近くにコートがあったっス。そこ行こそこ!」
「……はい!」
オレ達は夜遅くまで練習した。幸い、オレ達の他には誰も来なかった。
「どう?」
「はい……ちょっと疲れました……でも心は晴れ晴れとしています」
「体力あるんスね。何でバスケやんなかったの?」
「だって、オレ下手だし……演技の方が向いてると言われたから……」
「オレ、似たようなヒト知ってるんだけどね……」
オレは黒子っちの話をした。
「そのヒトはバスケが好きで好きで……ちっとも上手くならないのにだよ。でも、あるきっかけで、従来のバスケのスタイルを超えてしまったっス」
これは黒子っちから聞いた話だけど……きっかけを与えたのは赤司っち。赤司征十郎だった。
「そうなんだ!」
里見っちは子供のように目を輝かせて聞いていた。
「だから、バスケが好きってこと自体、里見っちにも才能があるってことっスよ」
それから、里見っちと自販機の前でバスケのことについて延々と語り合った。その時の里見っちの顔は、イケメン俳優・里見敬一ではなく、一人のバスケ大好き少年の顔だった。

撮影は順調に進んで行った。監督と助監督がカメリハの時、話し合っていたことを思い出す。
「敬ちゃん、バスケの時の動きの固さが取れてきたじゃない」
「何でも、黄瀬涼太とほとんど毎晩練習していたらしいっすよ」
「きせりょ仕込みのプレイか……よし!黄瀬の起用は成功だったわけだな」
よく言うよ。里見っちを脅しておいて。
それは置いておくとして。里見っちはオレが相手をすると急激に伸びて行った。俳優なだけあってカンはいいし、センスなら黒子っちよりあるかもしれない。
「監督。オレ、黄瀬さ……いいえ、桑谷さんのチームと真剣勝負したいです」
そう申し出たのも里見っちだった。監督も面白くなりそうだからとOKを出した。もちろん、里見っち……いや、川端茂のチームが勝つこと前提で。だからホントは真剣勝負なんて名ばかりなんだけど、これは里見っち主演の映画っスからね。オレはせいぜい里見っちを引き立たせればいいワケで……。
里見っちが一人抜いてゴールを決める。
(ノッてるっスね、里見っち)
さて、そろそろ置き土産をして行きますか。里見っちと、それからこの映画を観るかもしれない黒子っち達の為に。
(火神っち、悔しいけど技借りるっスよ)
「メテオジャム!」
その瞬間……世界は動きを止めた。
ボールがリングに吸い込まれる。決まった。けれど……。
(初めてっス……こんな感覚は……)
オレは数秒の間呆然としていた。周りも静寂に沈んでいた。
その後……。
わああああっ!と喧騒がなる。同じチームメイト役のヒト達が次々にオレに向かってハイタッチをしてくる。それは演技ではなかった。
最後に、里見っちがシュートを決めて勝負は終わった。試合後に彼は言った。
「黄瀬さん!ありがとうございます!あんなすごい技見せてくれるなんて!」
「褒めるなら……火神っちを褒めるっスよ」
「火神さん……そっか。そういえばその人も黄瀬さんのライバルなんでしたっけね。すごい人なんだぁ。……黄瀬さん、オレすっかり食われてしまったよ。アンタのプレイに見とれてたもん。きっと皆もそうだったと思うよ」
里見っちは全開の笑顔を見せた。

試写会での挨拶で、花束を抱える里見っち。彼にインタビュアーがきいた。
「この映画について、監督やスタッフさん達の他にお礼を言いたい方はいますか?」
里見っちは言った。
「そうですね……お父さんとお母さん……そして、黄瀬涼太さん……『世界のきせりょ』に!」
オレは……涙ぐんでいた。
いつもだったら『世界のきせりょ』なんてオオゲサな、と思うけど、里見っちから言われると最高の賛辞に聞こえる。
「ありがとう」
思わずオレは呟いていた。

「じゃ、オレもう行くから。手紙出します」
「手紙なんてまどろっこしいっスよ。電話するっス。里見っちの連絡先は知ってるし」
「オレも」
里見っちは今度は福島に行くのだという。
「元気でね。里見っちは……オレの友達っスから」
「……うん。あのね、黄瀬さん、これだけは言わせて」
「何?」
「黄瀬さんはいずれ世界に羽ばたく人だよ。モデルとしても……バスケ選手としても」
「うーん、世界とか言われてもあまりぴんと来ないけど……里見っちに言われると嬉しいっス」
「じゃ、また会おうね。オレもがんばるから」
車の窓がするすると閉じる。オレは彼の車が見えなくなるまで手を振った。

後書き
きせりょ三部作その三。
黄瀬とオリキャラの話です。
『ガラスの仮面』に里美茂というキャラが出ていたことをこの話を書いてから思い出しました(苦笑)。
読んでくれた方々に感謝を!
2013.8.28

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